V.S. シフエ東京 8
「おらぁぁぁぁ!」
――池内さん!
逆サイドのポスト付近にて、絶妙のタイミングでジャンプした池内さんがヘディングでボールをクリア!
――ナイスです!
スカスカの逆サイドにボールが流れる。
「走れぇぇぇぇ!」
三上さんが叫んだその時には、俺はシフエゴールを目指して走っていた。
こぼれたボールに、パスヴィアMFが駆け寄るのが見えた。
絶対に繋いでくれる!
現在パスヴィアのペナルティエリア周辺にほとんどの選手が集まっていた。
この場にいないのは……センターサークル付近にいる倉田さんとシフエCBの2人だけ。
つまり……ここをスタートラインとしての、スプリント勝負!
あとどのくらい時間があるか分からない。
だが、30秒あれば……決められる!
試合も終盤の終盤。ほとんどの選手の体力が切れていた。今現在シフエゴールに走っているのは、おそらく5人程度。
当然その中に――伊藤さんの姿があった。
正真正銘、これが最後の勝負!
全力で走る俺の上をボールが通過していく。倉田さんを目指して。
倉田さんはボールを胸でトラップすると、一旦足下でボールを落ち着ける。間髪入れずにシフエCBが倉田さんにプレッシャーを与えるが、積極的に足は出さない。
それはそうだ。シフエCBからすれば、ここで倉田さんに抜かれれば戦犯確定。時間をかけてディレイする事に意識を集中させている。
倉田さんはセンターサークルのやや左サイド寄りでボールをキープ。
その間に俺はやや右寄りを全力疾走。
あと2〜3秒で倉田さんのラインに追いつく。
ここで倉田さんからパスが出た。
シフエCBは俺が走って来ている事を当然知っている。俺へのパスは当たり前のように警戒していた。
結果、シフエゴールを背に、シフエCBを背負った倉田さんが選択したのは――ヒールパス。ちょうどセンターマーク付近に。
そこっすか!
全く優しくない、鬼のようなパス。
真っ直ぐ走っていた俺はそれを確認し、急遽対角線上にコースを変更。
倉田さんについていたシフエCBが素早く反応し、懸命にスライディングをしてきた。おそらくファール覚悟。ここでファールになって一旦試合が止まれば……チャンスはつぶれる。結果、そこでこの試合は終わる。
ボールをカットさせず、かつ、ファールももらえない。
迷わってる暇はない! いくしか――
――――ここで!?
全力でボールに向かっていた俺は本日3度目のゾーンに入った。
……理由なんてなんでもいい!
今は――走れ!
ようやくボールまであと2歩の距離まで近づいたところで……俺の左側からシフエCBが体ごと滑ってきた。
スライディングをしていたシフエCBの足が、俺より先にボールに近づく。このタイミングだと俺が先にボールに触るのは無理。シフエCBのスパイクがボールを捉え、ボールが転がる速度をわずかに加速させた。
このままいけば雪崩のように迫るシフエCBの突進に巻き込まれてしまう。
かといって、ジャンプして飛び越えればボールには触れない。
だが……。
ここからが俺の真骨頂!
極限まで体を酷使しながら……頭をフル回転させろ!
全力疾走から――左足1本での、急ストップ。シフエCBの目前でギリギリ止まった。
左足ふとももから伝わる、ブチブチと筋繊維が断裂していく不快な感覚を必死に押さえ込み、限界まで踏み込む。
そのまま体のバランスを保ち、流れるようにヒザを曲げてエネルギーを充填。
俺の右へ流れていくボールへ――ステップして追いかける。
「はぁ!?」
ゾーンに入っている俺の視界は、まるでハイスピードカメラのように時間を細かく刻み、変化するものを逐一再描画していく。
勝ち誇っていたシフエCBの顔がみるみる曇っていく様を、克明に。
左足1本で右にジャンプした俺に、シフエCBと衝突する危険はなくなった――が、まだボールは俺の右前方にある。右足で着地した俺がこのままボールに触るのは難しい。
かといって左足を地面についている暇はない。
左後ろから――伊藤さんが迫っている!
――ならば!
着地していた右足を軸に、反時計回りに体をコマのようにまわす。
ゴールを決めた時と同じ技――ルーレット。
遠心力で勢いがついた左足のヒールでボールを前に転がす。間髪入れずに体をひねり、そのままドリブルの体勢に入った。
「同じ手は2度もくわないよ!」
「勝負はここからっすよ!」
左肩で激しく伊藤さんとぶつかる。
センターサークルを抜け、シフエ陣内に入った俺の前には、シフエGKがいるのみ。
まだ試合終了の笛は吹かれていない。
おそらくこれが最後のワンプレー。
絶対に負けられない!
思考回路をショート寸前までヒートアップさせ、あらゆる可能性を模索する。
パワーは互角。競り負けはしない。
スピードは……ドリブルをしているため、俺のほうが若干分が悪い。このままいけばシュート時にブロックされる可能性がある。
ここからシュートを打つ事もできるが……ショルダータックルで頻繁に体勢を崩されていた。成功する確率は……多分低い。
このまま突っ込めば……良くて五分五分。
大方考えはまとまった。
ここで俺が取るべき選択は――パス!
「……パス!?」
隣で伊藤さんが驚いている様子が手に取るように分かる。
左足のアウトサイドで、伊藤さんの左前方にボールを転がし――そこに倉田さんが走り込む。
倉田さんがこの状況で走ってこない訳がない!
さぁ、これで二対一!
倉田さんはスピードに乗った状態でパスを受け取り、そのままドリブルでシフエゴールに突き進む。伊藤さんが倉田さんに向かって走っていく。
俺はオフサイドにならないよう、倉田さんと伊藤さんの少し後ろを並走する。
倉田さんがペナルティエリアに入った。
シフエGKが飛び出す。
伊藤さんが倉田さんに肩をぶつけ、体勢を崩そうとしている――が、倉田さんは崩れない。なおもドリブルでシフエ陣内をえぐる。
おそらくこのまま倉田さんはフィニッシュまでいくだろう。俺はボールがこぼれてきた時に備え、ペナルティエリア中央付近に留まった。
倉田さんが左足でシュートの構えを見せ、同時に伊藤さんが倉田さんの右から足を差し入れる。さらにシフエGKが倉田さん目がけて猛進する。
倉田さんの左足が閃光のようにきらめく。
ボールは――シフエGKの左手にかすって少し軌道が変わり――
ガンッッ!
ゴールバーに激突した。
『オオオオォォォォ!』
『ああああぁぁぁぁ……』
両サポーターがそれぞれの感情を音にのせる。
――まだだ! 落下点を予測しろ!
バーに跳ね返されたボールは……こっちにくる!
俺は落下予測した地点に走り込み――俺の左から伊藤さんも走り込む!
ゾーン中の俺の動きにも食らいついてくる。
「「おおおおぉぉぉ!」」
ボールが2mの高さまで落ちてきた。
2人同時に宙を舞う。
2人同時に左足を振り抜く。
バンッッッッ!
ボールは……
高く舞い上がり――ゴール外に弾き出された。
ピィィィィピッピィィィィー!
試合終了のホイッスルがデイブロック・スタジアムを包んだ。
『いやー今井さん、興奮しましたね』
『間違いなく今シーズンのJ2ベストゲームでしょう。本当に最後の最後までハラハラさせられましたね』
『パスヴィアは連勝記録を9で止めてしまいましたが、大峰の連続ゴール記録はまた一つ数字を伸ばしました』
『彼は……もうなんと形容してよいものかわかりませんね。黒田監督へ与えた印象も強かったでしょう。これは……代表招集の可能性大です』
『伊藤についてはいかがですか?』
『伊藤も十分アピールできたと思います。特に今日はこれまでの試合で見せなかった、攻撃的な側面を示してくれました』
『えー、それでは時間になりました。来週のU―23代表発表を楽しみに待ちましょう。それではまた。今井さん、ありがとうございました』
『ありがとうございました』