V.S. シフエ東京 7
『……大峰素晴らしいドリブル! 伊藤とGKを躱して……ゴォォォォォォル! い……今井さん! やりました! 大峰がやってくれました!』
『素晴らしいです! 文句のつけようがない!』
『大峰前人未到の10試合連続ゴール! また一つ歴史に名を刻みました! 今井さん! 日本サッカー界にスターは数多くいますがここまでの逸材はいたでしょうか!? いやいません! サッカー実況歴15年の私徳田が保証します! テレビをご覧のみなさん! 彼が大峰! まもなく日本、いや世界を背負って立つ男です!』
『あの身のこなし……J1どころか一流の海外リーグでも滅多に見れないですよ』
『さぁ、これで試合時間も残り10分強となったところで、試合が振り出しに戻りました』
『いやー見応えがある試合ですね。個人的にはジローのプレーに惚れ惚れとしてしまっています』
『体力の切れてくる後半戦。ここからは気持ちの勝負ですね』
『そうですね。シフエの組織的なサッカーも完全に崩された訳ではありませんし、まだ一山あるかもしれません。あとは……伊藤君がどうでるか』
『20時を過ぎたところですが、東京の夜はまだまだ熱く燃えています! この試合、最後まで目が離せません!』
「オミーネ!」
ゴールを決めた俺のもとに真っ先に飛び込んできたのは、ジロー。ものスゴい助走をつけて真正面から俺に抱きつく。
「Amazing! you are beyond my wildest dream!」
「はは。わかんないよ、ジロー。褒めてくれ……おわっ!」
続けて、三上さんや他のパスヴィアメンバーが一斉に俺目がけてダイブをしてきた。ただでさえジローに抱きつかれて体勢を崩していた俺は、ジローを巻き添えにして、なす術なく地面に倒れ込み――
「よくやったぞバカ息子っ!」
「何なの!? お前何なの!?」
「この足か! どこに秘密を隠してるんだコノヤロー!」
「まっ待って! 脱がしても何も出てきませんってば!」
矢継ぎ早にお褒めの言葉を頂いていた。みんなのテンションが異様な上がり方をしているのが恐ろしい。
……痛たたた!
ちょ……ちょっと! 脱げちゃう脱げちゃう!
……はぁ。
なんとかみんなの手荒い祝福を抜け出した俺は、スタンドを見渡していた。シフエサポーターに比べれば数は少ないが、向かって左手の方に旗を振ってくれているパスヴィアサポーターの一団を見つける。
普段はゴールパフォーマンスなんてしないんだけど……何の気なしにその一団に向かって手を振ってみた。
『ワアアアァァァ!!』
『おおみねぇぇぇー!』
『大峰! 大峰! 大峰ぇぇぇ!』
おお。
凄まじいほどのリアクションが返ってきた。
……喜んでくれると、嬉しいもんだな。
……っといけない。試合はまだ振り出しに戻っただけだ。集中集中。
「僕もジローさんと同じ感想を持ったよ、大峰君」
自陣に戻ろうとした俺を伊藤さんが呼び止める。
「あの体勢からのシュートフェイント、ルーレット……化け物だね、君は」
「前半俺も同じ気持ちでしたよ、伊藤さん」
ポーカーフェイスを貫いていた前半と打って変わって、現在は感情を表に出していた。心底驚いた、とでも言いたげに苦笑している。
「君はゾーン中でもプランの変更が……いや、そうすると……まさか、ゾーン中でも思考が止まらないのか?」
「さぁ、どうなんですかね」
「……僕はサッカー選手失格だな。試合の結果は二の次で、君ともっと勝負したいと思ってしまった」
「じゃあ俺もサッカー選手失格っすね」
今日初めて伊藤さんが笑う。大声を出して。
もはや最初に受けたミステリアスな印象は欠片も残っていない。
今の印象は見た目通り……人の良さそうなお兄さん。
「はは。試合中に笑ったのはこれが初めてだよ。絶対負けたくないと思った選手が現れたことも」
「同じく」
一瞬だけ、伊藤さんと笑顔を交わす。
「あと10分ちょっと。全力を尽くさせてもらうよ。シフエの実力はまだまだこんなもんじゃない」
「負けませんよ」
伊藤さんの顔を残像として目の奥に残したまま、俺は後ろを振り返り、自陣に引き返す。
ボランチのポジションに戻っていた俺は、リスタートを待ち構えていた倉田さんとすれ違った。
「まぁまぁだったな」
「倉田さんのおかげです」
「ふん」
視線は全く俺に合わせず、そっぽを向いてそっけなく言う倉田さん。
……ん?
「まぁまぁ」って褒め言葉……だよな?
は……初めて褒められた……。
感激で涙が出そうになった俺は、ブンブンッと2回頭を振る。スッと思考を切り替え、リスタートに備えた。
「ここは絶対に止めるぞ!」
「おうよ! 大峰っ! お前は中に入れ! 高さを稼いどけ!」
「はいっ!」
三上さんと池内さんの声がピッチに響く。
先程アディッショナルタイムが2分と表示されたので、試合時間は……残り3分弱。
同点に追いついたあとも相変わらず好き勝手に攻めているパスヴィアに対し、シフエは連携度合いをさらに強め、細かいパスを回してパスヴィアを崩しにかかってきた。
俺はボランチとしてボールを追い回しながら攻撃のチャンスをうかがっていたところ、シフエが最後の勝負に出た。
全員攻撃。
両翼のシフエSBまでもがパスヴィア陣の最奥まで攻め込んできた。
倉田さんだけをセンターサークル付近に残し、パスヴィアも全力守備でシフエを迎え撃つ。
「左! 3列目からも来ますよ!」
やや大型のシフエCBが中央付近に流れ込んでくる。
現在ボールは左サイドでシフエMFがキープしており、パスヴィアMFがマンツーマンでマークについていた。そのボールホルダーをシフエSBがオーバーラップして追い越していく。シフエMFとパスヴィアMFの駆け引きが一層熱を帯びる。
逆サイドはといえば……ほぼスカスカ。シフエ選手達はそのほとんどが中央に集まってきていた。
クロスを入れて……出たとこ勝負でくるのか?
高さ勝負なら……ほぼ互角。
枚数もほぼ同数。
シフエからすれば、一か八かの勝負には悪くない条件。
「ここで決めさせてもらう!」
「……簡単にはいかせないっすよ!」
ファーサイド側にいた俺のもとへ、シフエCBの選手が張り付いてきた。身長は俺と数cmも変わらないが、パワーは圧倒的に向こうが上だろう。前半の伊藤さんと池内さんのミスマッチを思い起こす。
ボールはといえば……今にもクロスを入れてきそうな状況。パスヴィアMFが相手を上手くサイドに押し込めているが、ボールを奪うまでには至っていない。
そういえば伊藤さんは――
「ナンバーエイティーン!」
俺の思索をぶった切ってジローの声が耳に届く。
ボールをキープしていた左サイドのシフエMFへ、伊藤さんがフォローに向かっていた。
伊藤さんはボールを受け取ると、そのままパスヴィア陣内中央を目指してドリブルを開始した。
伊藤さんがドリブルで攻撃参加するのは……これが初めて。
てっきりクロスを上げてくるとパスヴィアの選手達は思っていたため、突然のドリブルに面食らってしまう。
「カモン! ボーイ!」
この展開を読んでいたジローが伊藤さんと並走して走る。
伊藤さんはなおも進路を中央に向けたまま、ドリブルで切り込んできた。
このまま突っ込めば多くの選手がいる中央付近に近づく、というところで――左足の裏、右足の裏と、ボールに2タッチ。2タッチ目で左を走るジローを背にして体を90度回転。
マルセイユ・ルーレット。
俺が先程ゴールを決めた際の技に良く似た妙技。
「……!」
ジローが振り切られる。
ものすごい体のキレ。ターンの速さ。
試合終盤でこのパフォーマンス。
これはもしや……。
そのまま左ポストを目がけ、ペナルティエリアの中に入ってきた――伊藤さんの前に俺が立ち塞がる。
――来ると思っていたよ、大峰君!
――こっちのセリフっすよ!
無言で視線を交わす。
不思議とお互いの気持ちがリンクしている感覚になる。
伊藤さんがフォローに行った時点でこの展開を予想していた俺は、すぐに伊藤さんのもとへと走っていた。こちらに走る直前、三上さんとアイコンタクトができたので、中央にオーバーラップしてきたシフエCBのケアは多分大丈夫だろう。
もとよりこの状況。
目の前の伊藤さんを全力で止める!
そしてこの場合……おそらくパスはない!
俺はペナルティエリアを突き進んできた伊藤さんとちょうどゴールの間にポジショニングする。サイドライン際からは、パスヴィアSBが応援に駆けつけている。
あと一呼吸遅らせる事ができれば……伊藤さんを囲める。
逆に言えば……伊藤さんは今、このタイミングで――仕掛けてくる!
伊藤さんが一度ドリブルのスピードを緩めた。
これを見て俺は一歩距離を縮める。
伊藤さんが続けて左足のアウトサイドでボールに軽く振れ、ドリブルに入ろうとする。
これは――フェイント! 俺はその場に留った。
次の一瞬で伊藤さんは大きく右に動き、俺との間にスペースを作る。右足のアウトサイド。
ヤバい! 動きキレ過ぎでしょ! ワンテンポ遅れーー
気づいた時には右足でシュートを打たれていた。
足を出したが間に合わず、振り返ってボールの行方を追う。
大きく回転をかけられたボールは……ゴールファーサイドに緩やかに飛んでいた。
パスヴィアGKの小森さんはニアサイド――つまり、ボールが飛んでいる逆サイド――にて構えていた。
小森さんのポジショニングはセオリー通り。
よりゴールに近いサイドで構えるのは当然。
ここは百人が百人、伊藤さんを褒める場面だろう。
結局――誰も伊藤さんの動きについていけなかった。
小森さんが懸命に逆サイドへ走る。
ボールはゴール上隅へ飛んでいく。このコースだと間違いなく枠内。
だめか……!
ボールの速度、コースと、小森さんの動きを照らし合わせ、諦めの空気が俺の頭をよぎった――その時。
アウェー用の白いユニフォームを着た、たくましい体つきの選手が1人、空中へとその身を躍らせた。




