V.S. シフエ東京 5
「真っ向勝負って……ジローを中心にして、それこそパスヴィアらしいゲームを組み立てていたじゃないですか。それが通用しなくて、前半は点を取れなかったんじゃ……?」
「意味が違う。お前だけに言ってるんだよ、大峰」
どういう事だ?
口角をわずかに上げて、やはり楽しそうに監督が言う。
「戦術を駆使して崩そうとしなくていい。お前の実力で伊藤をねじ伏せろ、そう言ったんだよ。細かい事は言わないぞ。あとは自分で考えろ」
そう言い残し、監督はピッチに向かって歩いて行った。
「監督のあんな表情……初めて見ました」
新しい遊びを思いついた子供みたいだった……と言えば、監督は怒るだろうか。
「西川監督もああ見えて気分屋やけんな。歯ごたえのある相手は久しぶりやけん、楽しいっちゃろ」
中田コーチもさっきより表情が穏やかになっている。
「はは。倉田がパスヴィアに来た時の事を思い出しますね」
「そうやな」
「何かあったんすか?」
「コーチ! 三上さん!」
倉田さんが顔を真っ赤にして飛び込んできた。倉田さんがここまで狼狽してしるのは珍しいな。一緒についてきたジローに、すかさず三上さんが耳打ち。
「……オー! オミーネ、クラタ was actually ……」
「ジロー!」
「「「ははは」」」
気づけば、事の成り行きを見守っていた他のパスヴィアメンバー達から、笑い声が上がっていた。西川監督のおかげで、ついさっきまでの鬱々とした雰囲気はどこかに吹き飛んでしまったみたいだ。
まだ試合は終わったわけじゃない。
悲観する事はない。
強い相手と試合できる事は……確かに楽しい事だ。
思い返せば俺自身、ここ最近試合でワクワクした覚えがないな。
……よし。
真っ向勝負。伊藤さんと勝負しよう。
そうする事で……
「大峰」
寝転がっていたはずの池内さんが、いつの間にかユニフォームを着直し、戦闘態勢を整えていた。
「緊張はほぐれたと思っていたんだがな……やっぱり固くなってたみたいだ。そこをあのくそガキにつけ込まれてしまったが……もう好きにはさせねぇ。みんなに作った借りは……ピッチの上で返す」
「……はい」
引き締まった顔の池内さん。
かと言って、試合前のように緊張した雰囲気は感じられない。
ミーティングルームに引き返してからのおおよそ10分間を、誰よりも有効に使ったのは池内さんに違いない。
「点は……取られても、取り返せばいいんです」
「……珍しいな。お前がそんな事言うなんて」
「倉田さんのセリフをパクりました」
対人コミュニケーション能力が低い俺の、精一杯の激励。
少しだけ顔を綻ばせた池内さんを見る限り、どうやら俺の意図は伝わったようだ。
「……俺の本来の持ち味はお前やジロー、倉田をサポートする事だ。俺がお膳立てするんだから……決めてくれよ」
「了解っす」
「よし。ちょっと早いがピッチに出ようか」
中央に立つ三上さんに全員の注目が集まる。
「前半を劣勢で折り返すのは久しぶりだ。久しぶりついでに……後半開始前に円陣組まないか?」
「よっしゃー」や「やりましょう!」と言った言葉が、三上さんを取り囲んでいたパスヴィアメンバー達から展開される。
メンバー、コーチ、スタッフ。
全員が無言で輪をつくる。
「9連勝なんてしてしまって……プレッシャーを感じたり、固くなってるヤツもいた事だしな。昔のノリに戻るのも悪くないだろう」
賛同の意を込めた多数の苦笑が三上さんに返された。
「去年までの成績を思い出してみろよ! 俺たちはまだまだ挑戦者だ!」
「「「うぃっ!」」」
「うぬぼれるにはまだ早いぞ!」
「「「ういっ!」」」
「強い相手と戦えるなんて、プロとして最高の喜びじゃないか!」
「「「ういっ!」」」
「楽しもう! そして……最後は勝つぞ!」
「「「おおぉっ!」」」
「行くぞ!」
狭いミーティングルームを男達の咆哮が貫き、ガラス窓がビリビリと震えた。足取り軽く、スパイクのポイントをカツカツと鳴らしながら、パスヴィアの選手達は一斉に流れ込む。ピッチという名の、戦場に。
『では後半が始まるまで、ハイライトシーンをご覧頂きながら、前半を振り返ってみましょう。今井さん、この前半すぐのパスヴィアの攻めは良かったですよね?』
『はい。これは素晴らしかったです。パスヴィアのジローによる、流れるようなプレー。フランス代表だった当時を思い起こします』
『しかし……倉田が決めきれない』
『この場面、倉田の横から大峰と池内が走り込んでますよね? シフエとしてはそれぞれをマークするべき状況なんですが……見て下さい、ここ。シフエDFが全員中央の倉田に寄ってます。これがすごいというか、なんというか……』
『どういう事ですか?』
『結果的に倉田がドリブル勝負で攻めてきたから止められたものの、もしパスを出されていたら、間違いなく得点されてた場面ですよ』
『このように前半猛攻を仕掛けたパスヴィアでしたが、結局、ゴールを奪えませんでした』
『そうですね』
『そして試合が動いたのが……この場面。大峰のシュートを後ろから追いかけた伊藤がスライディングでブロックします』
『伊藤君のこの対応は神がかってましたね。上空からカメラで見ていると良く分かりますが……ジローがドリブルフェイントを見せたその時には、もう大峰君のところに走ってます』
『そして今日初めてカウンターをおこなったシフエが……PKを獲得。ゴールを奪います』
『いやー池内はわざとじゃないんでしょうけどね。モロに手が当たってしまいました』
『さぁ、今井さん。後半はどうなると予想されますか?』
『正直……この試合は予想が難しいですね。こうなったら、大峰に頑張ってもらいたいです』
『自身の持つ9試合連続ゴール記録を塗り替える事ができるか……期待しましょう』
なんだか……楽しい。
シフエは1点を守りきるべく、前半よりさらに守備にウェイトを置いていた。こうなれば、当然ボール支配率は圧倒的にパスヴィア有利。
この戦況自体は、前半と大きく変わらないのだが……。
「オミーネ! ハリーハリー!」
「オッケー! ジロー!」
中盤でボールを受けとった俺は、ジェスチャーで「俺にこい!」とアピール全開のジローにパスを出す。ここまでされてシフエが黙っているはずもなく、すぐにジローは2人からのプレスを受けた。ジローは右サイドのライン際。抜け出すスペースはない。
だが、ジローはシフエのプレス等なんのその、と言った顔。右から左から繰り出される足を、ひょいひょいと躱していく。
業を煮やした3人目のシフエ選手が応援に駆けつけた瞬間――俺にパスを返す。わかりやすく激昂したシフエDFの表情が俺の目に入った。俺はトラップしてボールをコントロールすると、すぐさま逆サイドのパスヴィアMFにロングパスを出した。
オーロラビジョンを見上げれば、もうすぐ後半の30分。
この30分の間にパスヴィアが放ったシュートの本数は……わずかに2本のみ。結果だけを見れば前半の方が良い攻めができた、と感じる人は多いだろう。
パスヴィアは前半と戦術を大きく変えてシフエディフェンスに挑んでいた。
いや、戦術と呼んでいいものか迷うが……。
ありていに言えば、直感のみでプレーをしていた。後半に入って監督やコーチからの指示は一切ない。その場その場で思いつくアイディアを使っている。
当然練りに練った作戦ではないので、ミスも多い。前半の緻密な連携に比べれば非常に拙い。まるで小学生のプレーのようだ、と言われても……俺は反論できない。
先程のジローのプレーなんか、その典型例だった。あの場所で作戦なしにパスをもらったところで、次にはつなげにくい。3人目のプレスがきた時点で、早々に俺のもとへパスを返しているところを見ても、ジローの心中は「とりあえずパスをもらったけど、何も思い浮かびませんでした」ってとこかな。
この直感に全てを委ねたプレーというのが――勝負のかかったプロの試合でこんな事言うのは不謹慎なのかもしれないが――非常に、楽しい。
特にジローのような元気が有り余っている人がやりたい放題始めちゃうと……もう手が付けられない。こんなとこから攻めるの? とか、そこでスルーかよ! みたいな。さっきから心の中でツッコミのオンパレード。
心なしか、前線でパスをもらう倉田さんの動きも予測できなくなってきたような気がする。ジローに感化されたんだろうか。
対照的に、イライラを募らせているシフエメンバー。
右往左往にかき回される心中は決して穏やかではないだろう。
しかも、好き勝手にやっているパスヴィアだが、システムはきちんと整っている。主に好き勝手やっているのは俺とジローと倉田さんの3人。俺らがあちこち動き回って生じる穴を、パスヴィアの選手達が連携よく埋めてくれていた。この統率のとれたバックアップのおかげで、仮にボールを奪われたとしても、シフエは決定的にパスヴィアを攻め切れていなかった。
そして劇的に変わったのが……伊藤さん。
前半に比べて明らかに曇った表情。
現在は池内さんのマークにはつかず、従来通りアンカーの仕事に徹していた。
相変わらずスゴいカバー能力と指示能力だが……前半に比べると、その精度が落ちてきていた。もしかしたら……と思う場面がチラホラ出てきている。
後半に入って疲れが出てきたのか。
それともパスヴィアの攻撃に翻弄され始めたのか――
と、ここで俺は無理矢理、思考を切り替える。
あれこれ考えながらプレーするのは、前半で止めたんだった。
ボールの行方を追っていくと、パスを受け取ったジローがまたシフエの選手達に囲まれていた。なのに顔はとても楽しそう。状況と表情のミスマッチが異様。
「行ってこい。こっちは大丈夫だ」
「行ってきます」
池内さんとの短いやり取り。後半すぐの場面では、伊藤さんが池内さんにマークをしていたのだが、池内さんは特に精神的に崩れる事はなく、淡々とプレーをこなしていた。これ以上崩せないと判断したのか、それから伊藤さんはアンカーの仕事に戻っている。
現在ボールは、やや左サイドよりでジローが近くのパスヴィアMFとパスを交換しながら、突破口をうかがっていた。
さて、じゃあいきますか!




