V.S. シフエ東京 3
『今井さん、パスヴィアは攻めてるんですが、うまくいかないですね』
『うーん、いい攻めを見せてるんですけどね……。それに引き換え、シフエの守備はここ最近の試合に比べればバランス悪いですよ。簡単にゲームメイクを許してしまってます』
『パスヴィアのジローが特にいいパスを出してますね』
『そうですね。絶妙なスルーパスを何本も出していますが、パスヴィアは決めきれないんです』
『どういう要因があるんでしょうか?』
『うーん……難しいですね……。シフエの伊藤君に至っては、動きもあんまり良くないんですけどね……』
『……あっ! パスヴィアのジローが抜け出しました!』
『これはチャンスですよ!』
『……さぁ、中央でボールをキープして……絶妙! 最前線の倉田にスルーパスが通りました! GKと一対一!』
『これはいけ……あー! シフエGKの飛び出しが早い!』
『そのまま衝突! あーっと笛が鳴ります。これは……ファールでしょうか?』
『倉田のキーパーチャージですね。微妙なタイミングでしたが、ボールを掴んでいたGKに接触した、とジャッジされたんでしょう』
『シフエGKが立ち上がれません。大丈夫でしょうか?』
『ちょっと心配ですね。いやー、それにしても先程の飛び出しは絶妙でした。まるで抜け出してくる事だけに集中していたようでした』
現在、時計は前半25分で止まり、プレーが中断されている。
スルーパスを受け、抜け出した倉田さんがシュートをしようとしたところ、飛び出したシフエGKと激しく接触してしまい、倉田さんはファールを取られた。シフエGKが悶絶の表情でうずくまっていたが、駆けつけたシフエスタッフの落ち着いた表情を見る限り、大事には至ってなさそうだ。
当の倉田さんはシフエGKの肩をポンポンと叩いて、そうそうに自陣近くへ引き返していた。さも「あれがファールかよ……」とでも言いたげな表情をして。
この中断時間を利用して、選手達は給水と短い作戦会議を行っていた。俺と三上さんは片手に持ったドリンクと共に、パスヴィアベンチから必死に声を張る中田コーチの言葉を飲み込んでいた。
「こんな展開、初めてだな」
「そうですね」
果たして、この会場にいる何人が現状を理解しているだろう。
この「異常」な状況を。
崩せない。
……いや、この言葉は現状を正しく表せていない。
うまく踊れない。
表現は拙いが、この方がまだしっくりくる。
前半も半分以上経過したが、ボール支配率は圧倒的にパスヴィア有利。
シュートも5本は打っていた。この数字は、攻撃的サッカーを信条とするパスヴィアを基準にしてもなお、通常より多いと言える。
だが、1点も取れていない。
依然、0―0。
シフエのプレスは相当にキツいが、パスやドリブルでそれなりの攻撃の形は作っていた。
なのに。
感覚として、攻めている気がしない。
そう。「踊らされている」と感じてしまう。
それも、たった1人の選手に。
「あの#18(伊藤さんの背番号)、展開を読む力がすごいな。未来予知の能力でもあるのか?」
「……まさか」
三上さんがこう思ってしまうのも無理はない。
サイドから、中央から、細かいパスから、スルーパスから……。
再三、いろいろな形で攻めるパスヴィアは、毎回それなりの形を作る。練習通りのお手本のように。
なのに、最後の一手を完全に詰まれる。
伊藤さんに。
もしくは伊藤さんの指示に。
シフエのディフェンスに穴が無い訳ではない。
むしろ中盤での穴を見つけるだけなら、前節のスリアロ戦のほうが、まだ厳しかった。
この穴を突いて俺やジロー、池内さんがゲームを組み立てるが、バイタルエリアでは伊藤さん、その他の地域には伊藤さんの「指示」が飛ぶ。
こうしてフィニッシュを邪魔され、仮にシュートを打てたとしても、体勢を大きく崩されているか、シュートコースを潰されていた。
これが「思考型ゾーン」の特徴なんだろうか。
三上さんに伝えるべきか……判断に迷う。結論が出ていない、中途半端な憶測を伝えれば、逆に混乱の種になる可能性が高い。
「まぁ、と言っても#18自体はそれほど脅威ではないだろう」
「……そうっすね」
伊藤さん自身のフィジカルは決して強くない。
パワータイプの池内さんがぶつかれば間違いなくよろめく。実際、池内さんが伊藤さんと体を合わせた事が何度かあったが、池内さんが押し負けた事は一度もない。だが、伊藤さんは大きく体勢を崩さない。粘り強い。
「今#18は池内のマークにつく事が多い訳だし、うちとしてはミスマッチじゃない。逆にお前やジローにつかれた方が厄介だ。前半はこのまま攻めよう」
「……はい」
これが気になっている、もう一つの点。
伊藤さんが池内さんのマークについている理由がわからない。
アンカータイプの選手は、本来、バイタルエリア付近で攻撃の芽を摘んだり、CBのカバーに入るのが主な仕事のため、特定の選手に張り付く事が少ない。実際にここまでの9節で、伊藤さんはスタンダードなアンカータイプの仕事をしていた。
そこにきて、今日の伊藤さんは池内さんに張り付く事が多い。
ジローにつくならまだわかる。パスヴィアのゲームメイカーを最優先で潰そうとしてきたチームはこれまでにもたくさんあった。
池内さんは、2列目(FWの1列後ろに位置するMF)からの飛び出しを得意としている。後ろから飛び込んでくる池内さんに張り付いているため、この試合の伊藤さんは、本来のアンカーの仕事ができていない。
なにか意図があるのか……。
だめだ。
今日はいろいろな事を考えながらプレーしているが、一つとして答えが出ない。
「いくぞ。考え過ぎるな。相手の思うつぼだぞ」
「そうですね。もっとシンプルにいきます」
気がつけばプレーが再開されようとしていた。
シフエGKがボールを蹴ろうとしているところを見ると、怪我はなかったようだ。
1度大きく首を振る。
俺が、頭を空っぽにしたい時によくやる癖。
相手は伊藤さんじゃない。シフエ東京だ。
シフエGKが高く蹴り上げたボールを見ながら、俺は自分のやるべき仕事をもう一度心の中で確認した。
もう少し。
もう少しで……イメージが固まる。
現在の戦況をシンプルに考えれば、チャレンジするべき戦術はいくつか思い浮かぶ。その中でも俺が最も得意なプレー。
流れを変えるためにも、ここは多少強引な手に出よう。
「オミーネ」
おそらくジローも同じ事を考えていそうだな。プレー中は多くの言葉を交わさずとも、チームメイトと意思の疎通が取れるから不思議だ。
後ろを振り向き、三上さんにもアイコンタクト。
くいっとアゴを前方に突き出されたところを見ると、おそらく心中は全員一致だな。
ここで、右サイドのシフエSBにプレスをかけていたパスヴィアのサイドMFが、比較的高い位置でボールを奪う。
グッジョブっす!
すかさず、ジローが本来の左から右側にポジションをチェンジし、俺が左サイドを走る。これを見た池内さんが後ろに下がり、ちょうど3人で正三角形の頂点をローテーションした形になった。
ボールを奪ったパスヴィアサイドMFにジローが駆け寄り、ボールをもらう。
シフエSBが1人マークに走るが、ジローは右足の裏を使って華麗にターン。一瞬にしてシフエSBを抜き去る。
そこへ伊藤さんがすかさず詰め寄る。
思い通り!
伊藤さんはアンカーの仕事をして来ない!
普通なら中央付近に残ってバイタルエリアをケアするはず。
それをしないという事は……今度も最終的に指示を出して攻撃を防いでくる。
ならば。
指示を与える暇なく決めてやる!
加えて今日初のジローと伊藤さんのマッチアップ。
超絶テクニックと、多彩なアイディアを誇るジローのプレーを完璧に予測する事は、さすがの伊藤さんでも出来ないはず!
――ジロー!
俺はピッチの中央、やや左寄りを走る。
ボールを持ったジローは、目線を正面の伊藤さんに固定したまま1度、2度とフェイントを入れ、ドリブルでの突破を図った。
伊藤さんは足を出さず、体を半身にして一歩後ろに下がり、ジローとの距離を保とうとした――
その瞬間を狙ったジローから、真横に走り込む俺への鋭いパス。
ボールを左足のインサイドでトラップすると同時に、俺の神経に電撃が走る。
一瞬にして俺の世界から音が消える。
体は自動的に最適な動きを開始し、目に映る景色はスローモーションに変わった。
――――ゾーン! 入った!
俺の前方で構えているシフエDFまでは4〜5mの距離がある。
このままワントラップでシュートを打てば、どんなに完璧な指示を出されようがシフエDFにカットは出来ない。
ゴールまで約20m。
俺の得意な距離!
もらった!
左足でトラップしたボールは俺の前方1m前に転がり、流れるように右足でのシュートモーションに入った俺の右目の片隅に、信じられない光景が映る。
スライディングで俺の前に躍り出る、伊藤さん!
このタイミングで――スライディング!?
いくらなんでもチェックが早すぎる!
ジローのドリブルに対応していれば必ずワンテンポ遅れるはず。現に伊藤さんは半身になって一歩後ろに……まさか。
ドリブルに対応して下がった訳ではなく――
最初から俺の元に行くために――
ありえない!
俺はすでに軸足をボールの左に置き、足を振り切ろうとしていた。
一度始めたシュートはいくらゾーンに入っていても、止められない。
タイミングは……際どい!
果たして――
ボールは伊藤さんのつま先に当り、コースがズレる。
ゴール右隅を狙っていた俺のシュートはシフエGKの正面に飛んでしまい、難なくキャッチされてしまった。
「カウンター!」
シフエGKがすかさずシフエSBにボールをスローし、シフエメンバーが一斉にパスヴィア陣内になだれ込む。
この状況で……カウンター?
確かに、パスヴィアは前線に何人か残ってしまっているが、劇的に体勢が崩れている訳じゃ――
……!
伊藤さんが……前線に走っている!
こんな展開……今までの試合にはなかった!
まずい!
嫌な予感がする!
慌てて思考を切り替えた俺は、全力で伊藤さんの後ろを追った。




