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V.S. スリアロ広島 5

 ゴールを決めた倉田さんはジャンプして格好良くガッツポーズを決める――前に、パスヴィアメンバーから揉みくちゃにされていた。

 倉田さんの黒い短髪をくしゃくしゃにしているのは、三上さんだろうか。

 倉田さんは嫌がる素振りを見せているが……まんざらでもなさそう。されるがままに体があっちこっちに泳いでいた。

 

 パスヴィアが得点を決めるためには、おそらく2つの方法があった。

 1つは、前半と違う戦術を使って攻めること。

 もう1つは、あえてスリアロのオフサイドトラップ攻略に乗り出すこと。

 

 前半、オフサイドトラップを攻略することができなかったせいで、パスヴィアは苦戦を強いられた。後半に入ってからは倉田さんが前半と違う動きを見せたため、スリアロのDF陣は「前半うまく抑えたから後半は別の戦術で来た」と思っていただろう。

 実際、俺がミドルレンジからのシュートモーションを見せたことで、その意識に拍車がかかったはずだ。

 結果、倉田さんへの意識が薄くなり、オフサイドトラップを攻略することが出来た。

 

 それもこれも、倉田さんが前半から何度も何度も裏を狙ってくれたおかげ。

 

 ……良い仕事でした。さすがっす。

 

 本人を目の前にすると多分褒められないので、くしゃくしゃにされている倉田さんを遠目に眺めながら、心の中で賛辞を贈る。



* * *



『……ご覧の通り、試合は2―0でパスヴィアが首位攻防戦を制しました。今井さん、結局はパスヴィアの完勝と言える内容でしたね』

『そうですね。スリアロはボール支配率こそ大きくパスヴィアを上回ったものの、決定的な場面をほとんど作ることができませんでした』


『そういう意味では、パスヴィアの倉田は欲しい時にゴールを決めることが出来ました』

『大峰、倉田、三上の連携は素晴らしかったですね。完全にスリアロDFを翻弄していました。今日も大峰のゴールがありましたし、パスヴィアとしてはほぼ満点に近い内容じゃないでしょうか』


『これでパスヴィアが独走の9連勝。一方のスリアロは今日別会場で行われているシフエ東京の結果次第では、順位を下げる可能性も出て来ました。

『シフエ東京もパスヴィアと同様、ノリに乗っているチームですからね。次節の直接対決がとても楽しみになって来ました』


『確か……シフエ東京にも高校生Jリーガーがいましたよね?』

伊藤翔太いとうしょうた選手ですね。去年まではシフエ東京のユースチームに所属していましたが、ここ最近メキメキ頭角を表しています』


『次世代を担う高校生が主力の2チーム。これは来週の試合も大盛り上がり間違い無しです』

『大峰の活躍で来場人数もうなぎ上りみたいですからね。最近経営が悪化しているJ2のクラブが多いようなので、パスヴィアが良い見本になるといいですね』


『それではまた来週、次節は第10節、シフエ東京戦でお会いしましょう。今井さん、本日もありがとうございました』

『ありがとうございました』



* * *



 広島から福岡へ向かう新幹線の中。

 試合が終わったら観光――なんてする暇は当然ない。その日の夜には福岡へトンボ帰り。

 試合後で疲労がピークに達しているはずのパスヴィア関係者は……なぜか人目もはばからず、子供のようにはしゃいでいた。

 特に元気いいのがこの2人。

 

「おい、これで9連勝だぜ!? またクラブ記録を更新してしまった! 自分の才能が怖い!」

「いやいや俺のおかげだよな!? 俺のおかげだよな!? ナイスセーブだったよな!?」


 MFの池内さんとGKの小森さん。

 興奮する気持ちもわかるが、公共の場所ではもう少し静かにしたほうがいいような……。さっきから一般客の視線が痛すぎる。同じジャージを着ている俺は他人の振りもできず、そわそわするだけ。2人とも俺より10歳近く年上なので、「うっせーんだよ!」なんて言えません。


「うるさい」

「「ぐえっ」」

 

 キャプテン三上の鉄拳制裁。

 同期した動きでしゅんとする2人。

 

「池内ぃ。せっかくの快勝ムードを説教でおじゃんにしたいのか?」

「いえ! そんなことはありません」


 ピシッと敬礼している池内さんだが、口元が緩み切っている。やや横に大柄な体格が通路をいっぱいに塞ぎ、目を線にして満面の笑顔を見せていた。反省の色がゼロなのは三上さんもわかっているんだろう、はぁ、とため息を一つ。

 

「今日のヒーロー2人は大人しくしているのに、なんでお前達がはしゃいでるんだよ……」


 ちらっと倉田さんを見ると、窓際の席に座ってぼーっと流れる景色に目を向けていた。もともと寡黙で口数が少ない倉田さん。練習以外で他のメンバーと会話をしているのを見た記憶はほとんどない。紛れもないボッチさん。俺と同じ空気……いや、ボッチ具合でいけば俺より先輩な気がする。

 

 俺の視線に気づいた倉田さんがこちらを振り返る。

 

 一瞬目が合ったが、ふいっとそっぽを向かれた。

 ……人間関係の構築って大変だな。

 よっぽどサッカーの練習のほうが簡単な気がする。

 

「大峰」

「監督、お疲れ様でした」


 パスヴィアのボスが空席だった俺の隣に座って来た。

 

「今日の試合は攻守共に悪くなかったな。ボランチにも慣れて来たか?」

「……そうですね。課題はまだまだありますが、それなりにこなせるようにはなってきたと思います」

「ふむ……」


 色の濃いサングラスをかけている西川監督。そのせいで何を考えているか全く想像出来ないが、腕を組み直して停止したところを見ると、おそらく俺に伝えるかどうか迷っているんだろう。「何を」、かは知らないが。

 

「今日の1点目……あれはやっぱり『ゾーン』に入っていたのか?」

「……はい。感覚的なものですが、おそらく……」


 俺の最大の武器、「ゾーンに入る」。

 サッカー選手に限らず、スポーツをする人なら一度は聞いたことがあるだろう。

 極限まで集中した状態。

 人によって感覚が違うみたいだが、俺の場合は「体が自動で動く感覚」が強い。スリアロ戦での1点目は間違いなく「ゾーン」に入った結果のゴールだった。

 

 ゾーンに入る選手はおそらくかなりの数がいると思うけど、俺が特異なのはゾーンに入ったことを「知覚」できること。

 今までに語られているゾーン体験談のほとんどが、「後から振り返ればあの時入ってたのかも」という類いのものに対し、俺はリアルタイムでこれを知ることができる。「なぜ」、かは知らないが。

 

「科学的に証明されているようなものじゃないからな。感覚的なのは当然なんだが……ここ最近はどのくらいの頻度で入った?」

「ここ最近……。そうっすね……1試合に1回から3回といったとこでしょうか」


 今日はゴールを決めたあの一回だけ。

 

「幅があるな。安定はしていないわけか」

「そうですね」

「どんな時に入るか自分でわかっているのか?」

「うーん……すいません。よくわかってないです」


 オフェンスのときに入る。

 ボールを持っているとき、もしくはFKのときによく入る。

 

 現状で掴んでいる確かな情報は……たったこれだけ。

 

「……そうか。まあいい。それともう一つ、お前……学校全然行ってないらしいな」

「うっ……。えーっと……はい」

 

 さては三上さんだな。

 今までスタッフに「学校行ってるの?」って聞かれた時は「あーはい」と適当に返していた。三上さんに言ってしまったのマズったかな。

 

「学校には極力行け。全体練習もこれからは2部練を基本にする。土曜日にアウェー開催の場合は試合も出なくていい」

「……え? えぇぇ……」


 俺が一番怖れていた事態。

 サッカーしたくてもできない。

 サッカーバカの俺がサッカーを取れ上げられたら……ただの……うぅぅ。

 

「……そこまで落ち込むとは思わなかったな。ただ、これは前々から考えていたことだ。これから2種登録の選手を増やしていく予定があったからな。別にお前一人に合わせたわけじゃない」

「はぁ……」

「今日の試合でもわかったろ。お前に足りないもの」

「……はい」


 信頼関係の構築。

 今日積極的に良い連携が出来たのは、三上さんと倉田さんのみ。倉田さんとはプレー以外に関していえば相変わらずだけど……。

 

「わかったな。学校行けよ。監視役もつけるからな」

「監視役……ですか?」 

 

 どういうこと? なぜに監督は俺のプライベートにまで手が回るの? ……恐ろしい。

 

 ふと窓の外を見ると、すでに新幹線は関門海峡に差し掛かっていた。

 パスヴィア本拠の福岡市まであと1時間といったところか。

 

 さっきの監督との会話でも話題にあがったが、課題はまだまだたくさん。

 ただ、今日の2点目はなかなか良い連携を見せることができた。

 

 信頼関係の構築。

 これからのキーワードになりそうだな。

 

 

 

 

 

 4月21日、土曜日、14時キックオフ。

 広島、モリタスタジアム。

 第9節。

 パスヴィア福岡 V.S. スリアロ広島。

 2—0。

 パスヴィア福岡、勝利。

 

 得点。

 前半44分、パスヴィア福岡、大峰裕貴。

 後半35分、パスヴィア福岡、倉田宏司くらたこうじ

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