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一つの失敗

「湊! 遅刻してるよ、いつまで寝てんのー!」

 朝、母さんの咆哮が響く。

 ……って、遅刻?


「うわあっ!」

 慌てて飛び起き、部屋を飛び出した。

「母さん! もっと早く起こしてよ!」

「何言ってんの、あんたはもう高校生なんだから、少しは自分で起きるって努力を―――」

 何か色々言われながら身支度を済ませ、朝食をかきこみ、家を出た。

 今日は、待ち合わせをしてるから、急がないといけない。


 住宅街を抜けた最初の交差点。その近くに、目当ての人物が立っていた。

「桜井先輩!」

 声を掛けると、呆れた表情で振り向いた。

「また寝坊か? 相変わらずだな、お前」

「す、すみません……」

 へこへこしつつ、学校へ向かう。


 女帝国から戻った後、俺は自宅ではなく、この交差点のど真ん中に倒れていた。

 意識が戻ったのは、発見された翌日、病院で。その頃には家族や、先輩、学校関係者にも伝わっていた。

 地元の新聞にも、少しだが載った。『行方不明の男子高校生、女装姿で発見!』と……。


「俺が隠す必要もなかったな」

 記事を見ながら顔を真っ赤にする俺を見て、見舞いに来た先輩はそう言っていた。


 しかも、俺は、一つ、失敗をおかしていた。

 元の世界に戻ってから、祭華と燐に連絡を取ろうとした。

 祭華とはすぐに連絡がとれた。でも、燐の連絡先を知るすべがなく、途方に暮れていた。戻る前に、聞いとけばよかった……。


「―――で、お前、もう一人で登校できるようになったのか?」

「あ、はい」


 病院に入院して検査をしたが、特に異常は無し。お陰で三日で退院できた。

 だが、親は心配だったみたいで、登校を再開した最初の一週間は、この交差点まで車で送り、後は桜井先輩に引き継ぐ、という状態だった。

 それもようやく解けて、今は桜井先輩と交差点で待ち合わせをしてから学校へ向かっている。

「お前の親、心配してたからな……異世界でのこととか、訊かれたんだろ? 何て答えたんだ?」

「とにかく"知らない、覚えてない"で……」

「……ピアスホールまであるのにか?」

 俺の耳を見て言った。

「え、ええ、まあ……」

 異世界に行った、だなんて、信じる方がどうかしていると思う。例え、真実だったとしても。

 ……そういえば。

「先輩、姉ちゃんから聞いたんですけど……別れたんですか?」

 入院中、付き合ってたことを訊こうとしたら、「あんたが行方不明の間に別れた」と言われた。

「……大人の事情ってやつだ。お前には関係ない」

「あ、はい……」

 それなら、それ以上訊くのは止めよう。


「あっ」

 駅が見えてきた頃、先輩が腕時計を見て声を上げた。

「どうかしました?」

「誰かさんが寝坊したせいで、今来る電車に乗らないと完全に遅刻だ」

「えっ!? 急がないと!」


 先輩と走って駅に駆け込み、定期券で改札を通った―――その時だった。

「わっ!」

「っ!」

 ちょうどその改札を通ろうとしていた人とぶつかり、相手の鞄の中身が散乱してしまった。

「す、すみません!」

 慌てて拾おうとして、相手の顔を見た、俺の動きが止まった。

 それは、相手も同じだった。


 長い黒髪に、当時の面影が残る。

「……燐?」


 紛れもなく、燐だった。


「湊、君……?」


 向こうも、俺の名前を呼んだ。


「―――おい、橋本! 急げ!」

 背後から先輩の声がして、我に返った。

 咄嗟に、自分の手に持っていた物を、燐に握らせた。

「放課後、五時くらいなら、ここにいるから……!」

 それだけ言って、ホームへ走った。


「はあ……お前、何やってんだよ」

 肩で息をする先輩。俺も似たような感じ。

「すみません……でも、ギリギリ間に合いましたね」

 ギリギリ。駆け込み乗車ではない、だからギリギリ。

「あと、俺……燐に、会えました」

「燐? ああ、例の異世界の……」

「はい。それで、先輩、俺、燐に定期券入れた財布、渡しちゃって……降りた時のお金、借りてもいいですか?」

「えっ、お前、何で財布渡したんだよ」

「無意識で、つい」

「仕方ねえな……」

 財布を漁る先輩に、俺は頭を下げた。

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