約束
「弟さんに、国のことを話していた時、教えてもらったけど、女帝は、男だった。湊君は、気付いてたんだね」
「ああ、まあ……女帝と話してる時に、だけど」
「そっか……にしても、あの二人、どこに行っちゃったんだろうね」
「そうだな……」
階段を登りながら、二人で話す。俺は男に戻って、燐は人間に戻った。後は、帰るだけだ。
応接室を抜けて、入り口に行くと、大勢の男女に迎えられた。
「湊、燐! お前達、とうとうやったな!」
急に、がたいの良い男性に肩を掴まれた。
「え、えっと……」
誰だろう、この人。
「あっ、わからないか……ガーネットだ」
「……ええっ!?」
目を見開いた。身体の大きさが倍くらい違う。
「女帝の術で、ある程度、身体は薄くなっていたからな……他の奴等も、見た目が随分変わっているぞ」
確かに。華奢な体型だった女性達が、みんな色んな体型になってる。女物の服が似合わなくて、シュールだ。
「メリルさん!」
ガーネットさんの隣にいる人物を見て、燐が声を上げた。
お人形のような、というより、どこかの国のお姫様のような、綺麗な女性が、俺達を見て微笑んでいた。
「燐様、湊様、元に戻られたようで、何よりですわ」
「メリルさんも! 良かったです!」
ぎゅっと、抱き付いた。
「ガーネットさん、これ、ありがとうございました。もう俺には必要ないので、お返しします」
グラディウスを返した。
「ああ……って、これ、血とかついてないけど、本当に使ったのか?」
「いや、それが、女帝の弟が、術で使えなくしてて……」
「そうだったのか。でも、それでよかったのかもな、誰も傷ついた人がいなくて」
「そう、ですね……」
まだ蹴られた脇腹が痛むが、それは言わないでおこう。
……そうだ。
「あの、祭華……ロレンスと、メアリーは?」
「ああ、あの二人なら、向こうの方に」
指が差された方へ、走っていくと、見馴れた人影があった。
「祭華!」
呼ばれた男は、俺を見て、にっこりと笑った。その腕には、熊のぬいぐるみが抱かれていた。
「あっ……」
それが何なのかは、すぐに理解した。
「湊、行ってあげて。僕より、彼女の方が良いよ」
「……わかった」
差し出されたぬいぐるみを受け取って、燐のところへ戻った。
「メアリーちゃん……」
大事そうに、でも少し寂しそうに、ぬいぐるみを抱き締めた。
燐にメアリーを返した後、俺はみんなに、ワープホールのことを話した。異世界から来た人達は、みんな、一斉に城へ駆け込み、ちょっとしたパニックになっていた。
「僕達が戻るのは、少し後になりそうだね」
様子を見ていた祭華が言った。
「……」
俺は、というと、燐と祭華に訊きたいことがあったが、それを訊こうか迷っていた。
「湊、また顔に出てるよ」
「えっ?」
祭華を見上げると、くすくす笑って言った。
「元に戻って、ますますわかりやすくなったね。僕達に、訊きたいことがあるんでしょ?」
「あ、ああ……燐と祭華は、これから、どうするんだ?」
「僕は、彼女とは別れるよ。もう一度、学校生活をやり直す。……君とゲームもしたいし」
優しい表情。普段の無表情とは違う。元に戻って、やっぱり嬉しいんだ。
「私は……」
燐は、俺からの質問に、すぐには答えられなかった。
「やり直せたら、いいけど、ね」
熊のぬいぐるみを抱いて、不安そうに呟く。
「燐、メアリーなら多分、『りんならだいじょうぶ』って、言ってくれると思う。つか、元の世界には、俺や祭華もいるんだからさ、遠慮なく頼ってくれよ、な?」
「うん、ありがとう、湊君」
そういえば、と燐が続けた。
「スカイさんと、レアさんは? 姿が見えないけど」
「確かに……祭華、知ってるか?」
「ううん、僕が元に戻った時には、もうどこにも……」
「あの二人なら、キィと一緒に国を出ていったぞ」
そう言ったのは、ガーネットさんだった。
「もう行っちゃったんですか!?」
「ああ、することがあるから、とかって。お前達に礼を言っておいてくれって言われたよ」
「そ、そうですか……」
まだ、言いたいことや訊きたいことがあったのに。
「まあ、あいつらなら、大丈夫だ。さあ、後はお前達だけだぞ」
「え?」
見ると、城の前にいるのは、俺達だけになっていた。
「俺はこの後、メリルと一緒に国を回って、残ってる人がいないか捜す。湊達も、元気でな」
「はい、ガーネットさん、メリルさんも、どうか、お元気で―――」
挨拶を済ませ、ワープホールの前に来た。
「ここを越えたら、僕達は元の世界に戻る。不思議だね、ずっと待ち望んでいたはずなのに、いざ目の前にすると、緊張するというか、何というか……名残惜しい、っていうのかな?」
「かもな……つか、お前の場合、俺と離れ離れになるのが嫌なだけだろ?」
「あ、わかっちゃった?」
楽しそうに笑う。わかっちゃった? じゃねえよ。
「大丈夫、俺もすぐ行くから、またゲームしよう」
「うん。それじゃ、湊、燐ちゃん、またね!」
笑顔で、ワープホールに飛び込んだ。
「それじゃ、次は私かな」
燐が一歩前に出た。
「燐、元気でな」
「うん。何かあったら、頼らせてもらうね」
ワープホールに足を踏み入れる。その瞬間、抱いていた熊のぬいぐるみが、僅かに微笑んだように見えた。
俺は、最後の一人になった。
「……」
祭華の言う通り、何だか少し、名残惜しい。
女帝と弟は大丈夫だったかな? ガーネットさんやスカイさんと、もっと話したかったな。
「……じゃあな」
らしくないが、世界に別れを告げて、ワープホールに踏み込んだ―――。




