単独行動
「大変なことになったね……」
夢の中、私を見て、お姉さんがそう言った。
メアリーちゃんと部屋にいた時、女帝の手下が現れ、私だけを連れ去った。そのあとの記憶がない。気がつけば、例の夢の世界にいた。
「私、どうなっちゃったんですか?」
広い草原に座り込んだ私を、お姉さんは優しく見下ろして言った。
「女帝に利用されてる。まずい状態だよ」
「……やっぱり、そうなんですね」
そんな気はしていた。連れ去ったのは、女帝の手下だから。
「命までは、取らないみたいだけどね、あいつが用があるのは、湊だけみたいだ」
「湊君……」
まさか、彼が言った通り、女帝は湊君に助けを求めている?
「それは違うかもしれない」
お姉さんが言う。
「湊に助けを求めているなら、どうして、始めに姿を現さなかった? どうして、始めからそう言わなかった?」
「そ、それは……」
確かに、考えてみれば、おかしい。
「燐、私はね、女帝は湊を使って、何か良からぬことを考えているんじゃないかって思うんだよ。そこて、提案なんだけど……私はこれから、君を離れて湊のところへ行く。彼に私を見る力はないけど、どうにかして、彼にこの状況を伝えてみるよ。その間、君は独りになっちゃうけど……」
「……」
正直、凄く怖い。今まで、何があっても、お姉さんがいると思って頑張れたのに……。
「わ、解りました」
そう答えると、優しく微笑んだ。
「大丈夫。君は、もう独りで歩けるはずだよ。じゃあね―――」
目が覚めると、鉄格子が見えた。
薄暗い牢屋……その一つの中にいるようだった。
ここは、多分、湊君が話していたあの場所。ということは―――。
目を凝らして、辺りを見渡すと、目的の人物が見えた。
向かい側の牢屋、その奥に、大量の太いパイプに繋がれた男性が座っていた。
「……」
言葉が出ない。本当に、この国に男性がいた。
「あ、あの、大丈夫、ですか?」
震えつつ、声をかけると、男性が顔を上げた。
「あなたは……?」
かすれた声、やせ細った身体、虚ろな目……一体、どのくらいの間、ここにいるのだろう。
「私は、昨日、あなたが会った女性の友人です」
「昨日……そんなに前だったかな、もう、ついさっきのような気がしていました」
時間の感覚が、無くなっている。光が、入らないから、昼も夜も解らなくなっている。
「そこにいるということは、捕らえられたんですね? あの人が、また迷惑を……」
あの人、というのは、女帝のことだろうか。
「あなたは、女帝の、弟さんですよね? 色々、訊きたいことがあるんですけど」
そう言うと、首を傾げた。
「女帝? あの人が、ですか?」
「え?」
ち、違うの?
「え、っと……弟であることは、間違いないんですよね?」
「はい、あの人の弟ですが、女帝だなんて、初めて聞きました」
初めて……じゃあ、あの人は一体、何者?
「何を話しているんだい?」
不意に、聞き覚えのある声が聞こえ、身体が固まる。
私は、この声を知っている。
「目が覚めたようだね」
そう言って、声の主は私の前に現れた。
「女帝……」
私を妖精にした、張本人。会うのは、一年ぶりだ。
「その様子だと、君はまだ、自分の状況に気付いていないみたいだね」
「状況……やっぱり、湊君に用が?」
じっと睨むと、彼女は目を細めて答えた。
「そう。私は、彼に用があるんだ。初めは、彼が大事そうに抱えていたあの子を拐えば、来てくれるかなと思ったけど、君の方が、餌になりそうだからね」
餌……。
「湊君は、来ませんよ」
きっと来ない。お姉さんが、この状況を伝えてくれるはず。
「どうして? あの獣人が、何か関係しているのかな」
「えっ……」
言葉を失う私を見て、女帝はくすくすと笑った。
「おかしいと思わない? 女になりたいがために、元の世界に戻りたいだなんて。ここにいれば、手術なんて受けずに女になれるのに」
身の毛がよだつ。まさか、そんな……。
「ちょっと、待って」
弟が声をかけた。
「あなたが女帝だなんて、聞いていないよ、どういうこと?」
それを聞いた女帝は、真顔で、弟のいる牢屋の格子を蹴った。
「今のお前にそれを訊く権利はない。黙って私に協力しろ」
冷たくそう吐き捨てると、足早に去っていった。
「……」
静かになった牢屋で、うつろなそれではなく、しっかりと、私を見て言った。
「教えていただけますか? この国が今、どうなっているのか―――」




