出発
女帝は、元々は異国の王の子供だった。両親である国王と妃と自慢の弟と、それはそれは楽しく暮らしていたそうだ。
だが、政治目的のため、弟と二人、遠く離れた国に行くことになった。
そこでの暮らしはひどいものだった。それまでの全てを否定されるような毎日。ストレスが溜まって、とうとう壊れてしまった。
大臣達を追い出し、弟を利用して、国を乗っ取った。
男のいない、女帝国を、作り上げた……。
「女帝は変わってしまった。男がいない国にした理由は解らないけど、国ができた後は、とても楽しそうだった。きっと、この国自体が、あの人の幸せなのかもしれないね。湊、あんたはどう思う?」
酒場の外では女達が突入の準備をしている中、店内にいた俺に、キィさんが訊いた。
「どう思うって言われましても……」
正直、どう答えたらいいか解らない。つか、どうして俺に訊いたんだ?
「どうもこうもないだろ」
声がして、見ると、スカイさんが立っていた。
「自分の幸せのために、他人を犠牲にするなんて馬鹿げている。そんなことより……」
これ、と、スカイさんが差し出したのは、鞘に入ったグラディウスだった。
「ガーネットが渡しておいてくれだとよ、ホテルに置きっぱなしにしてんじゃねえよ」
「あ、すみません……」
受け取った、その時だった。
赤い液体が、手にべっとりとついているのが見えた。
「え?」
顔を上げると、その赤い液体―――血を、口から流しているスカイさんがいた。
「っ……」
俺が固まっている間に、その場に崩れた。
「……スカイさん!?」
慌てて駆け寄ると、俺の肩を掴んだ。
「おい、みんなの様子を見てこい、まずいことになった……」
みんなの様子? 何でそんなことを?
「スカイさんはいいんですか? というか、どうしてこんな……まさか、レアさん、何かの病気とか?」
「馬鹿言え! あいつは頭はおかしいが、身体は健康そのものだ。それは、俺が一番よく解っている! そんなやつがこうなったってことは……いいからみんなの様子を見てこい!」
「は、はいっ!」
言われるがまま、外へ飛び出した。
「何だ、これ……」
とても、ひどい光景だった。
スカイさんと同じように、血を流して倒れていたり、気絶している人たちでいっぱいだった。
「湊!」
困惑している俺を、ガーネットさんが呼んだ。
「ガーネットさん! これは一体……」
「解らない、みんな、急に苦しみだした。メリルも倒れてしまった」
そう答えるガーネットさんも、顔色が悪かった。
そうだ、祭華は!?
「祭華!」
呼びかけると、そう遠くない場所で蹲っていた。
「まさか、お前も?」
「うん……湊は、何ともないの?」
「え? そういえば、何ともない」
何で、俺だけ?
「女帝の仕業だ」
振り返ると、足を引きずるキィさんに肩を借りたスカイさんが立っていた。
「こんな状態になっていないのは、お前だけだ。どうしてか解るか?」
「い、嫌がらせとか?」
「んなわけねえだろ! 燐が攫われて、みんなが動けなくなった。これができるのは女帝だけ……つまり、女帝がお前に会いたがってるってことだろうが!」
「女帝が、俺に?」
「考えても見ろよ、おかしいとは思わなかったのか? 女帝はどうして、お前に会いに来たんだ? どうして、魔力の秘密を自ら明かしたんだ?」
「そ、それは……」
女帝が俺に会いに来た理由。俺が考えていた通り、助けを求めているのだとしたら?
でも、それは俺の考えに過ぎなくて、確証もなくて。でも、この状況は、そうとしか思えなくて……。
女帝は、俺を、指名している……。
辺りを見渡すと、みんな、苦しそうにしている。
手が、震えだした。
俺が行かなきゃ、駄目なのか? 俺がやらなきゃ―――。
「湊」
祭華が脚を掴んだ。
「今の君は、RPGで言うと、"勇者"だよ。君、中学の時に言ってたよね、"勇者ばかり、面倒ごとを押し付けられる、やせ我慢してるかもしれない、可哀想"って……君は、本物の勇者になる気はある?」
それはつまり、俺に、女帝のところにまでいける勇気があるのか、ということ。
「……キィさん、ホテルで、俺と祭華と燐で、女帝が助けを求めているかもしれないって話をしたんですけど、それ、女帝には伝えてましたか?」
そう訊くと、キィさんは首を横に振った。
「あんたが召喚された辺りから、私は女帝に伝える情報を少し削ったんだよ。召喚されたことは言ったけど、それ以外は何も伝えてないよ」
「女帝側のことは、何か解りますか?」
「いいや、あっちの情報は、耳に入らないようになっているから、解らないよ」
「そう、ですか……」
俺自身は、どう思ってるんだろう。
スカイさんの言うとおり、女帝が俺に会いたがっているとするならば、例の作戦のチャンスだけど……もしそうじゃなかったら、俺は、いや、燐はどうなるんだ?
まだ、告白の返事をしていない。してほしいとは、言っていないけど。
「……」
手の震えは、いつの間にか止まっていた。
「みんなを、頼みます」
比較的軽い症状のガーネットさんに声をかけて、グラディウスを握り締め、薄暗い路地へ向かった。




