女帝の居場所
この話が書きたかったので、「女帝」での台詞を一部変えました。
燐が誘拐されて、2時間近く経った頃、レアさんとスカイさんが来た。
「レア、スカイ、すぐにでも女帝のところに乗り込まないといけない。女帝のことを憎んでいる仲間を、ありったけかき集めてくれる?」
「言いたいことは解ったが、状況ぐらい説明しろよ。燐が攫われたってことしか聞いてない」
そう答えたレアさん(の身体をしたスカイさん)を見て、ガーネットさんは少し目を丸くした。
「レア、お前、表情が……まあいいか。湊、お前から説明してやってくれ」
話を振られた。
「あ、はい」
メアリーから聞いたことを、全て話した。
「メアリーを狙っていたと思っていた兵達が、実は燐を狙っていた、ってことか?」
「結果はそうなりましたが、狙いかどうだったのかまでは、解らないです」
「ふーん……で、ロレンスは、どうしてすぐ女帝のところへ乗り込もうなんて言い出したんだ?」
「女帝が今まで、人を攫うなんてことはなかったんだ。それに、攫ったのは妖精だし……悪用されたら、大変なことになる気がして」
「なるほどな。解った、適当に集めてみる。どこに呼べばいい?」
「えっと、それじゃ……湊、君が女帝の城に行った時、路地に入ったって言ったよね? それ、どこだったか教えてくれる?」
「あ、ああ……」
メアリーをガーネットさんに預け、4人でその場所に向かった。
「あれ? ここのはず、なんですけど……」
人気のない通り、そこから城に続く路地がある辺りに来た―――のだが、肝心の路地が見当たらない。
「本当にこの辺りなのか?」
スカイさんが睨んで言った。
「間違いないです、この石畳の感じとか……」
不揃いな白い石。確かにここだ。
「君が間違えていないとすれば、女帝のことだから、魔法で位置を変えた、とか?」
祭華の言葉に、レアさんが答えた。
「可能性としては、無くはない、かも」
「じゃあ、しらみ潰しに探すしか……」
でも、余計なことはできない。捕らえられている燐にもしものことがあったら……。
「ピアスは使えないから偵察もできない。こういう時は、経験者から話を聞くに限るよ」
俺の心を読んだのか、祭華が言った。
「経験者って?」
「女帝の城に行ったことがあるのは、君だけじゃないんだよ」
「あっ、そうか……」
すっかり、忘れていた。俺達だけじゃない、ガーネットさんも、燐も、ここにいる全員が、城に行ったことがある。
「レアとスカイは、どうやって城に?」
「住人にとにかく話を聞いて回ったな。俺の身体は使い物にならなかったから、レア一人で。だいたいみんな、酒場の主人から聞いたって言ってたな」
続いて、レアさんが答えた。
「私、ガーネットから聞いたことあるよ。女帝のところへは、酒場の主人から、行き方を聞いたって」
小さな声で、そう言った。
「酒場の、主人……」
「湊、心当たりあるの?」
「ああ、この国に来た時、女帝の事を調べようとして、酒場に行ったんだ。燐が、『この国に来たばかりの人は大体この酒場に集まるんだ』って言ってたから」
「なるほどね……僕や燐ちゃんは、女帝に召喚されたから、酒場には行ってない。そこに行けば、何か解るかも―――」
通りから酒場まで移動してきた。時間はもう夕方。人が集まっている。
「こんにちはー……」
中に入ると、キィさんが飛んできた。
「あら、いらっしゃい! さっきぶりね。今日はお友達も一緒?」
俺の後ろ―――祭華達を見て、そう言った。
「キィさん、女帝の城のことについて、聞きたいことがあります」
店内には客も多い。小声で言うと、キィさんの表情が険しくなった。
「……ついてきて」
店の奥へと歩き出した。
ついていくと、店の裏に出た。
「……」
キィさんは無言で、懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。
ふう、と白煙を吐き出して、俺を見た。さっきと、表情が随分違う。
「あんたの顔、覚えてくよ。あんたぐらいの子供は、初めてだからね……」
目を細めて言うキィさんを見て、スカイさんが痺れを切らした。
「おい、女帝の場所を知ってるならさっさと吐け、こっちは時間がないんだ」
チッと舌打ちをしてスカイさんを睨んだ。
「女帝に会うのは簡単じゃないんだ。会えない時に会いに来て、会いたい時には姿を消す、そういう存在。……もっとも、最近は扉を開けっぱなしにしているみたいだけどね」
「扉、って?」
「あの小人の旦那も、そっちの男女入れ替わった2人も、女帝には会いに行けたんだろう? 今、女帝は、訪問者を試している状態らしい……湊は、女帝を助けに行くんだろう? 祈れば、繋がるんじゃないかな」
「……つか、俺、言いましたっけ? 皆のこととか、こっちの目的とか」
俺が話していないことを、全部知っている。
「確かに、私には話してないけど、私は全て知ってるよ―――人間じゃないからね」
「人間じゃない……!?」
キィさんも!?
「女帝は、耳を置いているって、聞いたことない?」
「そういえば……」
そんなことを言っていた気がする。
「それ、私のことだよ」
にっこり笑って言った。
「どういうことですか?」
言葉を無くした俺の代わりに、祭華が訊いた。
「簡単に言うと、国中のありとあらゆる音や声が聞こえる―――地獄耳みたいなもの。だから、この国にいる間に起こった出来事は、全部把握してるんだ。
……今、酒場の入り口で喧嘩が起きてるね。肩がぶつかったとかなんとかで」
煙草を落とし、足で潰して火を消した。
「だから、あんた達が秘密にしていることでも、音に、声にしてしまえば、それは全て私の耳に入るのさ」
「…… それは、女帝にそうされたんですか?」
「うん、まあ、そうだね。それで反乱の計画を立てていようものなら、すぐ女帝に報告して―――って感じだね」
「ってことは、お前、女帝の味方ってことか?」
スカイさんが訊いた。
「味方だった、の方が正しいよ。この際だから全て話すけど、私は女帝の元侍女なんだ」
「じ、侍女? ……祭華、侍女って何だ?」
小声で訊くと露骨にため息をつかれた。
「身の回りの世話をする人達のこと。メイドとか、そういうやつ」
「あー、そういう……」
「……続けてもいいかい?」
キィさんを放っておいてしまった。
「あ、はい」
「私は別に、その子が言うようなメイドのようなことはしてないよ。したっぱのしたっぱ、だったから。ただ、女帝がああなってしまって、私以外の侍女は皆逃げ出しちゃってね……」
「キィさんだけが、残ったんですか?」
「うん。かなり暴走していたからね、蜘蛛の子を散らすように、っていうのかな。私は他に身寄りもなければ、独りで生きていく方法もわからなかったから、仕方なくね。その結果、女帝に術をかけられて、ここに」
やれやれ、といった感じで、手を横に広げた。
「女帝はね、おかしくなっちゃったんだ。だから、あんた達が、何とかしてよ」
そう言って、俺達の後ろを指差した。
振り替えると―――何もなかったはずの壁。そこに、女帝の城に行く時に見かけた、あの路地があった。




