直接対決
「燐ちゃんは、湊のことをどう思っているの?」
部屋を出るなり、そう訊いてきた。
「どう、って言われても……」
どう答えたらいいのだろう?
「正直に答えて。まあ、正直に答えなくても、構わないけど」
そう言って、耳にピアスをつけた。ついさっき、湊君から奪ったものだ―――もう既に、心は読まれている。
「……」
私は、湊君をどう思っているんだろう?
そう言われてしまうと、解らなくなってくる。
「それが、燐ちゃんの答え?」
違う、という意味を込めて、首を横に振った。
「質問を、変えてほしい、です……」
私はあまり頭が良くないから、別の聞き方をしてほしい。
「じゃあ、燐ちゃんにとって、湊は何?」
私にとって、湊君は何か。
初めて会ったのは、もう随分と前のこと。
その時は、ただの友達。
引っ越して、親が死んで、独りになって、この国に召喚されて、途方にくれて……それから、意識するようになった。
……いや、違う。初めて会った時から、私の心には彼がいた。
思えば、ただの友達、というのも、違うかもしれない。
幼心には解らなかった、確かな想い。
私はその時から、湊君が好きだったんだ。
忘れていると思っていた私のことも、しっかりと思い出してくれた、ちょっと向こう見ずな彼が、大好きなんだ。
私にとって、湊君は、心の拠り所であり、想い人そのものだ。
「……解ったよ」
祭華さんが答えた。その瞬間だった。
―――突然、身体が熱せられたような感覚。心臓が早鐘を打って、足の力が抜けた。
「っ!?」
何が起きたのか解らなかった。
顔を上げると、祭華さんの握った拳が震えているのが見えた。
伝わってきた、祭華さんの感情。怒りなのか何なのか……上手く、定まらない。それがピアスを通して、全て、私に流れ込んできた。
キャパが追い付いていない……意識が飛びそうになる。
「祭華、さん……うっ!!」
抑えようとすると、映像のようなものが流れてきた。
学校の教室。車のゲームをしている自分。
『GOAL』と、文字が浮かんだ時、誰かに話し掛けられた。
顔を上げると、男の姿の湊君が立っていた。
これは、祭華さんが、湊君と初めて会った記憶……。
僕は、学校では誰とも関わらない人間だった。休み時間ではゲームをして、放課後にはさっさと家に帰る。そんな感じだった。
この国に来る前から、"物"のような生活を送っていた。それを変えてくれたのが、湊だった。
彼が、僕を"人間"にしてくれた。外の世界で、誰かとふれあうことを、教えてくれた。
僕だって、湊を愛していた。僕にとって、湊は全てだった。
「……君さえ、いなければ」
祭華さんが言った。
「君さえいなければ、彼を僕のものにできたんだ。この国で、やっと会えて……運命だと思っていたのに……」
泣きそうな顔。湊君の思う、いつもの無表情とは違う。
この人は、本気なんだ……。
でも、私だって、湊君のそばにいたい。恋人同士の関係じゃなくてもいいから、感じられる場所にいたい―――。
「……そうなんだ」
私が抵抗をした途端、身体の熱が引いた。
「やっぱり、僕は、君には勝てないんだね」
がっくりと、膝をついた。
「祭華さん、どうして……」
訊きたいことが山ほどある。どうして、私が湊君を好いているのが解ったのか、どうして、あれほど想っているのに、簡単に身を引いてしまったのか……。
「答えてあげようか……君と湊が初めて、この国での僕の家に来た時、その時の湊の、君を見る目と、その後に僕が呼んだ後の君を見る目が、違っていたんだ。彼は感情が顔に出やすいから、すぐ解ったよ。
燐ちゃんは、湊のことをどう思っているのか……返答次第では、彼を僕のものにするつもりだった。でも、君の意思は固かった。僕の気持ちを感じても、答えは変わらなかった。
そこで、レアの言葉を思い出した」
レアさんの言葉。
『好き、っていう気持ちは、相手に押し付けるものじゃない』
「僕は湊が好きだよ。でも、好きという気持ちだけでは、どうしようもできない。僕はもう少しで、彼を傷付けてしまうところだった……」
ふうっと息を吐いて、立ち上がった。
「燐ちゃん、僕が言うのも変な話だけど……彼のこと、よろしくね」
目に涙を浮かべて、にっこりと、笑った。
「……」
了承するために頷いた。私の中には、一つだけ疑問が残っていた。
「祭華さんには、彼女が、いたはずじゃ……?」
束縛する程、愛してくれていたはず。
「確かに、そうだね。一度とはいえ、僕には彼女ができた。……でも、どうしてできたんだろう? 告白してくれたから、付き合ったけど、どうして了承したんだろう?」
ピアスを通して、祭華さんの気持ちが伝わってくる。
中学を卒業した地点で、祭華さんの全ては終わっていた。
湊君のおかげで、人間になれたから、少し高みを目指して飛んで―――落ちた。
失意の中で、彼女に告白された。
「本当に、湊君が全てだったんですね」
小さく、頷いた。
悪いことをしたか、とは思わない。私も、必死だったから。
でも、祭華さんが心配だ。
「ありがとう、君は優しいね」
また笑った。
「僕は大丈夫だよ。この世界で、自分と向き合って、考えてみるから。……あ、そういえば、初めて僕に会った時、何か言おうとしていたけど……あれ、何?」
この際だから訊いてみよう、といった感じだ。
「あ、あれは……湊君のことを訊いて、その後に名字を訊いてきたから、どうして名字があるって思ったんだろう、と……」
ガーネットさんや、メリルさんのように、名字を持たない人もいるのに、どうして名字があるって思ったんだろう?
「湊という名前を聞いた時、もしかして、と思ってね……別に、珍しい名前なわけでもないし、彼だと確信したわけじゃないけど、無性に気になって……そしたら、本人だったからさ。野生の勘ってやつかな」
「本当に、湊君のことを解ってるんですね」
「そんなことないよ、彼のことは、まだまだ知らないことだらけ」
あ、と、声を上げた。
「もう、敬語は止めようよ、湊と同い年ってことは、僕とも同じなはずだし」
手を差しのべてきたので、大人しく掴んで立ち上がった。
「う、うん……解ったよ、祭華君」
「ありがとう。そうだ、最後に一つ、訊いてもいい?」
「何?」
「燐ちゃんは、同性愛者をどう思う?」
「え……」
湊君も祭華君も、男の子。もし、祭華さんが湊君をものにしたら……。
「偏見は、持ってないつもりだよ、好き好きだし」
私が答えると、祭華君はまたにっこりと笑った。
「燐ちゃんがそういう人間で、よかったよ」
「えっ?」
に、人間?
「だって、そうでしょ? 元は人間なんだから」
「……」
そうだ、私は、元々人間だった。
「今は違っても、いずれは戻るんだよ。君も、僕も」
元に戻る。みんな、帰ることが、できる。
「うん、そうだね」
私もにっこりと微笑んで、それに答えた。
「りん!」
話を終え、部屋に戻ると、メアリーちゃんが駆け付けてきた。
「だいじょうぶだった? ひどいことされてない?」
「大丈夫だよ」
抱き上げると、首に腕を回してきた。
「……さて、約束通り、湊を元に戻すよ」
「あ、祭華君。その、湊君は、一体どうして……」
キスをしたら、倒れた。何が起きているんだろう?
「詳しくは僕もわからないけど、キスをするとなるみたいだよ。女帝がそういう術でも掛けたのかな」
床に崩れ落ちている湊君に近付き、キスをした。
その瞬間、何も降れていないはずの私の唇に、柔らかい感触が……。
「っ!?」
咄嗟に口を押さえた。
「さ、祭華……」
湊君が目を覚ました。
「湊、今日は色々ごめんね、僕は隣の部屋にいるから、何か用があったら来てね」
そう声を掛け、湊君にピアスを手渡し、部屋を出ていこうとして、私とすれ違った。
「祭華君、どうしてピアスをつけたまま……!」
小声で言うと、微笑み、耳元で囁いた。
「感想は、今度、ゆっくり聞かせて?」
そして、部屋を出ていった。
「っ~!!」
何なの、本当に!




