後の2人
どのくらい、時間が経ったのだろう?
目を開くと、青い空。そして、水の流れる音が聞こえる……なるほど、崖下は川だったのか。
起き上がろうとするが、身体中が痛い。どうやら、砂利の上に寝転がっていたらしい。川から上がった記憶はないが、助かったのだから良しとしよう。
ふと、自分以外にも誰か倒れていることに気付いた。
近付いてよく見ると、端正な顔立ちの女だった。
妙だ……自分が助けたのは、意中の男性のはずなのに、どうして女性が倒れている? 肝心の彼は、どこに?
と、その時、もう一つの違和感に気付いた。
女が着ていた服は、紛れもなく、男物だった。
まさか……と、嫌な予感。
ねえ、起きて、と声をかけると、女は目を開いた。
そして、レアの姿を認めると、素早く距離をとった。
来るな、あっちいけ、と繰り返す女を見て、レアは直感した。
近頃、町で噂になっていることがあった。
『一度入ると女体化し、二度と出られなくなる、女しかいない国がある』
どうやら、ここが、その国らしい。
つまり、レアが好いていた"彼"は、ここでは"彼女"になってしまった、というわけだ。
レアがそれをスカイに伝えると、初めは信じていなかったようだが、頭が冷え、自身の身体を見て、事態を把握した。
把握した途端、気を失って倒れてしまった。
目を覚ますと、事の現況を何とかしろ、と言い出した。
近くの街の住人に話を聞き、女帝のことを聞きつけ、城へ向かった。
女帝のいるところへは、案外あっさり行くことができた。
会うなり、女体化を解いてくれ、それが無理なら、せめて国から出してくれ……と頼んだ。
だが、女帝はそれを拒否した。
絶望するスカイを見て、レアはなおも頭を下げた。
彼は自分の所為で、女嫌いになってしまったんだ、こんなところにいたら、おかしくなってしまう―――必死になって懇願した。
すると女帝は、口角を上げて言った。
「お前がそうしたのなら、お前が治したらいい。荒療治という言葉を知っているか? その体質も、苦手とする環境に無理矢理置けば、何か変わるかもしれない……お前達で、試してみるか」
そこから先の記憶はない。気が付けば、先程の川原に倒れていた。
起き上がって事態を確認しようとすると、あることに気付いた。
自分が、もう一人倒れている。
嫌な予感がし、咄嗟に川の水面で自分の姿を確認した。
そこで初めて、俺がレアになってしまったのだと気付いた。
「……と、話はこれで終わり」
ソファに腰掛けて、レアさんはふぅっと息をついた。
いや、違う。今の話からすると……。
「じゃあ、君は本当は、レアじゃなくて、スカイってこと?」
祭華が疑問をぶつけた。
「……」
レアさんは答えず、じっと扉を見つめた。
「レア? 答えてよ」
祭華が急かす。
「今にわかる」
それだけ言って、不適に微笑んだ―――その時だった。
こんこんと、ノックの音が響いた。
出ると、ガーネットさんがいた。
「急にすまないな、スカイがお前達に会いたいって」
そう言うガーネットさんの横に、焦った顔のスカイさんが立っていた。
部屋に通すと、 レアさんを見下ろして言った。
「……話したか?」
恐る恐る訊いている。
「……」
レアさんは、また黙っていた。
「どうしてっ……提案したのはそっちだろ!?」
イエスと、受け取ったらしい。
「もう、疲れた」
そう言って、俯いた。
「提案しておいて何だが、もう止めよう。そろそろ、真面目に向き合う時だろ」
肘掛けに手を突き、立ち上がった。
「じゃあ、私は、どうすれば……そもそも、君よりも辛いのは私だから―――」
「犯罪者が調子に乗るな」
レアさんの言葉に、スカイさんの身体が竦んだ。
「何をどうやろうと俺の勝手だ、お前には関係ない……」
と、そこまで言って、俺と祭華の視線に気付いた。
「悪かったな、長々と話をしてしまって。後のことは、コイツから聞いてくれ」
そう言って、部屋を出て行った。
後には、唖然とする俺と祭華と、俯くスカイさんが残された。
「祭華、これって、つまり……」
事の整理をしようとすると、祭華が口を開いた。
「君達はずっと、中身が入れ替わってたってこと?」
そう訊かれたスカイさんは、小さく頷いた。
「……この国に来た時に、女帝にそうされたんだ。だから、私がレアだよ」
スカイさん―――いや、レアさんは、小さく笑った。




