一時帰宅
うっすらと目を開けると、見慣れた部屋が目に入った。
ここは―――俺の部屋だ。
「俺……帰ったのか?」
試しに出してみた声は、明らかに男の声だった。
まさか!? という気持ちで部屋を出て、急いで洗面所へと向かう。
洗面所の鏡に映る俺の姿は、髪の短い、男の姿だった。
「や……やったあ! 男に戻れた!」
『男に戻ったのがそんなに嬉しい?』
「ああ!! もうめちゃくちゃ嬉し………え?」
今、頭の中に声が響いたような……?
『そりゃ嬉しいにきまってるかー。今、湊君のテンションMAXだもんねー』
この声……燐だ。心なしか、怒ってるような……。
『……湊君さぁ、そんなに女になるのが嫌だったの? そんなに女性が嫌い?』
「え、あ、いや、そんなつもりは―――」
『湊君! あなたは一体女性を何だと思ってるの!?』
燐が怒鳴った。それと同時に、酷い頭痛が俺を襲う。
「うっ! ち、違っ……燐! 誤解だ!! 頼むから少し落ち着け……!」
頭を抑えながら懇願する。
『まったくもう……!』
少しずつ、頭痛が治まっていく。よかった…。
「それにしても、今の声………今のが、あのピアスの効果?」
『そうだよ。喋らずに会話出来るから、偵察とかスパイとかに最適なの』
「へぇー……」
そういえば、燐はさっき、"湊君が見ているものを見ることが出来る。"とかなんとか言ってたな。
今、俺は鏡に映る自分の姿を見ている。燐も、同じものを見ているわけか。
『それにしても、湊君、結構綺麗な顔立ちしてるね』
「え? そ、そうか?」
中々自分では自覚がないもんだから、妙に恥ずかしくなってしまう。
『ふふふ……もしかして、照れてる? 私には今の湊君の心境さえもお見通しだから、隠したって無駄だよ?』
畜生。こんなんじゃ隠し事もろくに出来ない。
『あ、あのさ、湊君……ちょっと頼みごとしても良いかな?』
「頼みごと?」
『そう。……出来なかったら、別に良いんだけど、窓の外、見てくれる?』
「窓の外? 別に見ても何もないと思う―――」
言い掛けて、ハッと気付いた。
燐は無理矢理女帝国につれて来られたんだ。
あの国に来てからどのくらい経つのかは解らないが、こっちの世界の景色を見たくなるのも頷ける。
『……私の気持ち、解ってくれた?』
俺の思考を読んだのか、燐が問う。
「ああ、気が利かなくて悪かったな」
リビングに向かい、少し大きめの窓に手をかけ、一気に開ける。
そこにあったのは、ごくごく普通の住宅街の景色。
でも―――
『わぁっ……』
燐にとっては見たこと無い景色なのだが、日本ならではとも言えるそれに感激の声を上げていた。
ピアスの効果なのか、燐の嬉しさがこちらにも伝わり、否が応にもテンションを上げられる。
『……ありがとう、湊君。もう大丈夫だよ』
燐に従い、即座に窓を閉める。
『さて、それじゃあ湊君。これはあくまで一時帰宅だから、何のためにこっちに戻ってきたか、わかるよね?』
「えっと、動きやすい服装に着替えるため……だよな?」
『そう、忘れてもらっちゃ困るよ』
「でも、動きやすい服装って、例えばどんな?」
『うーん…私からは何とも言えないけど……女の人が着ても大丈夫な服、探してみてよ』
とは言われても、俺は女物の服を持っていない。
ならば………。
俺がやって来たのは、姉の部屋。
幸いな事に、姉も家族も不在。探すなら今だ。
『お姉さんのタンスを漁るのは頂けないなぁ』
「仕方ないだろ」
とりあえずタンスを漁る。
『あ、湊君、その長めのスカートとかいいんじゃない?』
「え、これ?」
燐が指定したのは、だいたい膝下ぐらいのスカートだった。
「これ、動きにくくね?」
『多少動きにくくても、女の子らしい服装をしてないと、不自然だよ。せっかくだから、女性用の下着とかも拝借しちゃおっか!!』
「え? ……マジ?」
『マジ。じゃないと怪しまれちゃうよ? 女帝を倒すんならそれくらいの事はしないとね!!』
「…………」
ええい、こうなりゃヤケだ! 姉ちゃん! 俺に罪はないからな!
その後、なるべく地味なデザインの下着と服を選び、脱衣所で着替える事に。
『それじゃ、湊君。一度、ピアスの電源を切るから、着替え終わったらさっきみたいに鏡の前に立ってもらえる?』
「で、電源? ……了解」
そう言うと、プツンッという音と共に、燐の声が聞こえなくなった。多分今ので電源が切られたのだろう。
「さて、と……」
慣れない手付きで着替えた。
「こんなもん……かな。っていうか、最高に似合わねぇ……」
男だから仕方ないって言うのもあるが、何よりサイズが大きい。
「こんなんで大丈夫なのかな?」
疑問を抱きつつ、鏡の前に立つ。
その瞬間、鏡にひびが入り、割れ目から光が漏れだした―――。




