熱の原因
目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。
あれ……ここ、どこだ?
起き上がって見渡すと、アンティークっぽい置物が置かれた部屋。そのソファに寝かされていた。
「気付いたか」
ふと、声が聞こえた。
ソファから少し離れた場所に置かれた椅子に、スカイさんが座っていた。
「あの、ここは……」
「俺の家だ。ったく……いきなり目の前で倒れるから、置いていくわけにもいかねえし、どういうつもりだ、お前」
「す、すいません……」
考えてみれば、確かにそうだ。スカイさんは女嫌いなのに、今、女である俺を、家に連れてきた……大変なことなのは、解るはずなのに。
「えっと、あの……俺、どうなったんですか?」
「……」
スカイさんは腕を組んで暫く考え……。
「お前さ」
「?」
「誰かと、キスしたか?」
「はっ!?」
い、いきなり何を言い出すんだ!?
「やっぱり、そうか」
俺の反応を、肯定と受け取ったらしい。
「相手は誰だ?」
「え、あ、さい……ロレンスです」
「そうか」
すると、家の電話機でどこかへ連絡し始めた。
「スカイだ。お前の連れを預かっている。返してほしければ家まで来い」
そう言って、がちゃんと、電話を切った。
……何か、誘拐犯みたいだった。
「どこに、電話を?」
「あ? ロレンスに決まってんだろ」
「で、ですよね、ははっ……」
恐すぎて思わず愛想笑いをしてしまった。何が「ですよね」だ……。
「というか、スカイさん、これが何なのか知ってるんですか?」
「ああ」
「あの、教えてもらっても―――」
その時だった。
「お邪魔しまーす!」
がちゃりと、玄関の扉が開き、元気な声が聞こえた。
「っ!?」
その瞬間、スカイさんの表情が強張った。
「スカイさん?」
どうしたんですか? と訊こうとした時、俺達がいる部屋の扉が、勢い良く開かれた。
そこにいたのは、レアさんだった。
「レアさん!? どうしてここに……」
「あれ、湊君こそ、どうしてここに?」
「俺は、色々事情があって……」
「私は、この男に用があってね」
そう言って、スカイさんに近付いた。
「やめっ……触るな!」
嫌がるスカイさんに無理矢理抱きついた……って、え、俺、何を見せられているの?
「あ、あの、レアさん? スカイさん、嫌がってるんじゃ……」
「ん? いいのいいの。この人はね、ツンデレだから」
「んなわけねえだろ!」
レアさんを突き飛ばした。
「ったく、照れ屋なんだから……で? 湊君は、どうしてここに?」
「いや、ですから、事情が……」
「事情ねえ?」
ジト目で見てくる。あれ、もしかして、疑われてる?
「スカイさんとは、何もありませんよ?」
「解ってるよ。スカイは浮気なんかしないから」
「浮気も何も付き合ってなんか―――」
「私が気にしているのはそこじゃなくて……」
スカイさんを無視して俺に近付き、額に触れた。
「湊君、誰かとキスした? そんな感じに熱っぽいね」
「えっ、レアさんも、解るんですか?」
「うん。スカイがね、同じことになったことがあるんだ。試しにやってみようか」
そう言うと、目にも止まらぬ速さでスカイさんに近付き、腕を掴んだ。
「っ!? やめろ、離せ!」
抵抗するが、先程と違い、今度はレアさんの方が力が強いのか、なかなか離れない。
そのまま手繰り寄せ、唇を奪った。
「……」
見てしまった。他人のキスシーンを、まじまじと。
「ぷはっ……」
離れたスカイさんは、そのままよろよろと壁にもたれ掛かり、床に倒れた。
「だ、大丈夫なんですか?」
動揺する俺。対してレアさんは楽しそうだった。
「2回目だと、効果が出るのが早いみたいだね」
「2回目?」
「うん、過去にも同じことになったって言ったでしょ?この症状はね、キスをすると起きるんだ」
「え、き、キスで!?」
「そう。で、この状態を解けるのは、キスした相手だけってわけ」
「でも、何でレアさんは平気なんですか?」
「キス"された方"がこうなるみたい」
「そ、そうなんですか」
その間にも、スカイさんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「なら、早く元に戻した方が……」
「おっと、そうだったね」
スカイさんの胸ぐらを掴むと、引き寄せてキスをした。
「っ……!」
レアさんが離すと、だんだん顔色がよくなっていく。
「レア、お前……」
スカイさんが立ち上がり、レアさんを睨む。今にも殴り掛かりそうだ。
と、その時、家のチャイムが鳴った。
「あ、私、出てくるね」
足早に部屋を出て行った。
次いで、ばたばたと足音が聞こえ―――。
「湊っ!!」
祭華が入ってきた。
「大丈夫!? スカイから連絡があって……何があったの!?」
肩を掴み、ぐわんぐわんと揺られる。
「ロレンス、落ち着いて」
レアさんに止められた。
「湊、もしかして、僕……」
口を押えている。心当たりがあるようだ。
「分かっているならどうしてやったんだ?」
「元の性別が同じなら大丈夫だと思ってた……」
しょんぼりする祭華。変人でも、落ち込むことはある。
「ごめんね、湊……今、元に戻すから」
ソファに座っていた俺に覆いかぶさるように、キスをした。
次第に、体の重苦しさや熱っぽさが消えていく。
「はあ……」
ほっと一安心。
「ごめんね、湊」
祭華は、また涙ぐんでいた。
「泣くなって、もう大丈夫だから」
「おい」
慰めようとすると、スカイさんが声をかけてきた。
「治ったならさっさと出て行ってくれるか……もういいだろ」
「あっ、はい……ご迷惑をおかけしました」
「レア、お前ももう帰れ」
「え、私はもう少しここにいたいな」
「……頼むから、帰ってくれ、1人にしてくれ」
頭を抱えて、俯いた。
「分かったよ、それじゃ、またね」
3人で家を出た。




