朝
「―――君……湊君!!」
「っ!」
揺さぶられて、意識が覚醒した。
目の前に、メアリーを抱いたまま、焦った表情をする燐がいた。
「燐……どうしたんだ?」
「いや、その……」
「? ……あ、そういえば」
耳に手をやると、確かに、ピアスがついたままになっていた。
「燐、ごめんな、ピアスつけたままで」
そう言うと、俯きながら答えた。
「それは、別にいいの。でも……」
何やら言いにくそうだ。
「どうしたんだ?」
「あ、あの、行った? 私の……」
「私の? ああ、妄想のことか?」
顔を真っ赤にして頷いた。
「別に気にすることはないと思うぞ? 変なところでもなかったし……」
「……見られたこと自体が恥ずかしいの!!」
そう言うと、早歩きで部屋を出て行ってしまった。
「何だよ……まあ、気持ちは解るけど」
ベッドから出て、顔を洗いに行こうと洗面所に向かった。
寝室と洗面所は、扉一枚で区切られている。
扉を開けると―――
「あ、おはよう」
祭華がいた。
「……」
「あ、ちょっと待ってよっ」
閉めようとすると、扉の間に手と顔を入れてきた。
「な、何でお前が……」
「何でだと思う?」
不適に笑っている。
「まさか、また俺の身体をどうにかしようと……」
「それもあるけど、メインは違うよ」
あるのかよ。
「じゃあ何だよ」
とりあえず扉を開けた。
「ここのホテルの朝食、僕も食べてみたいと思ってね」
「……本当に、それだけか?」
「それだけだよ? もうガーネットにも話してあるし」
怪しい……。
「まあ、細かい事は置いておいて、ほら、顔洗って、朝ご飯食べに行こ!」
笑顔で洗面所に押し込まれた。
「つか! ……お前、洗面所で何してたんだよ」
「? 顔洗ってたに決まってるじゃない」
「それは自分の家でやれよ」
「別にいいじゃない、僕がどこで顔洗ってたって。ここはホテルなんだよ? 今は君が使ってるけど、それ以外は赤の他人が使ってるんだよ? 僕が使ったって良いんじゃない?」
「う、うーん……」
色々突っ込みたい所もあるけど……まあいいや……。
祭華の視線に耐えながら顔を洗い、2人で食堂に向かった。
「そういえば、湊、メアリーちゃんはどうしたの?」
「ああ、先に燐と一緒に食堂に行ったと思う」
「ふうん……」
「メアリーがどうかしたのか?」
「どこか、共通する所あってね……あの子も、物として呼ばれたみたいだから」
「確かそうだったな……」
「ずっと燐ちゃんと一緒にいるから、なかなか話す機会も無いしさ……」
「燐に許可とれば、少しくらい話させてくれるんじゃないか?」
「だと良いけどね……」
何故、そんなに不安がるのか、その時は解らなかった。
食堂に行くと、ガーネットさんと燐はもう席に付いていた。燐の膝にはメアリーが座っている。
燐の方を見ると、一瞬目を合わせると、すぐに俯いてしまった。……そんなに恥ずかしいか。
「燐ちゃん、メアリーちゃんと話をさせてほしんだけど、いいかな?」
「えっ? ……えーと、メアリーちゃん、大丈夫?」
燐が訊くと、しっかりと頷いて、膝から滑り降り、祭華の元へと向かった。
……さて。
「いただきまーす」
その後、朝食を終え、祭華が全員分の食器を片付けたいというので、任せて、燐とメアリーと部屋に戻った。
「メアリー、祭華とどんな話をしたんだ?」
食べている間、祭華とメアリーは、ずっと何かを話していた。が、こちらからは、声が小さくてほとんど聞こえなかったのだ。
「いろいろ」
「色々って?」
「……いろいろ」
言いにくいのだろうか。まあ、後で祭華に聞けばいいか。
部屋に戻ってソファに座っていると、ふと、あることを思い出した。
「燐、さっきの話なんだけど……」
そう言うと、燐は青ざめた表情で顔を上げた。
「あ、いや、その、怖がらなくて良いし、嫌なら、答えなくても良いんだけどさ……お姉さんって、元の性別、男なのか?」
去り際のあの時、お姉さんは「兄代わり」と言っていた。
「うん……男性、だけど、"中身は女性"なんだ」
「あー……」
そういう事か……。
「お姉さん、元の世界で手術する予定だったんだけど、そんな時にこっちの世界に来ちゃって……」
それで、急いでいたのか。だから2回も女帝のところに行って、あんな事に……。
「ところで、お姉さん、名前は……」
「身体を消された時に、記憶も半分くらい無くなっちゃって、名前が思い出せないんだって」
「そうだったのか……あ、そうだ、お姉さん、燐に伝えてほしいことがあるって」
思い出した。
「え、私に? 何だろう」
俺自身の口から言うのは、少し恥ずかしかったが、お姉さんの言葉をしっかり伝えた。
「お姉さん、そんな事を私に……」
予想外の言葉だったのだろう。それと、俺がその言葉を言ったのもあって、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その時だった。
「湊! 湊はいるか!?」
ガーネットさんが勢い良く入ってきた。
「ど、どうしたんですか?」
「ロレンスから聞いたぞ、女帝に会って、城にも行ったんだって!?」
「えっ……?」
ロレンス……祭華!?
「しかも、女帝の魔力の秘密が解ったって……!! このこと、レアやスカイにも知らせてくるから、部屋で待っててくれ!」
そう言うと、走り去ってしまった。
「……」
呆然としてると、祭華が部屋に来た。
「お前……何で言ったんだよ! 皆には内緒にしてくれって……"解った"って、言ったじゃねぇかよ!!」
胸ぐらに掴みかかった。
「湊」
いつもと同じ、真顔で、俺の目をはっきり見て言った。
「勝手に話したこと、悪いとは思ってる。でも、これはチャンスなんだ」
チャンス……。
「女帝は、君に直接会いに来た。そして、女帝の弟という、魔力の正体を君に見せた。そして、君はそこから逃げ出した……そうなった後で、単身で女帝に会いに行って、また女帝に会えるかどうか、確率は低いと思ってる。気まずいことになっているはずだからね。
ガーネット達は、きっと大勢で行くと思うから、先頭で女帝のところまで行って、そこで話をつければ良い。女帝のところに行ったから道は解るって言えば、皆も先頭に立つことを許可してくれる」
「それは……」
祭華がここに来た、"メインの目的"。
自分なりに、真剣に考えてくれていたのだ。
「……解った」
手を離した。
「湊、ごめん、勝手に」
「いや……でも、ここで失敗したら……」
「考えたくはないけど、元の世界に戻れるかどうかは絶望的に……」
「ちょっと待って!」
燐が声を上げた。
「どうした?」
「2人共、女帝を助けるってところに注目してるけど、女帝がどんな助けを求めてるか解るの?」
「……」
「……」
祭華と一緒に黙ってしまった。
「……解らないんだね」
「うん……」
燐は「はあ」と、ため息をついた。
「どうするのよ、もう! ガーネットさんにも言っちゃって!!」
「ごめんなさい……」
祭華が弱弱しく謝った。