風呂上り
「湊君、大丈夫?」
「う、うん……」
燐に頭を洗われながら、そう返した。
あの後、正気に戻った(?)祭華に、風呂から出るように言い、その後は手探りで風呂を済ませようとしたのだが、手探りの状態ではシャンプーとボディーソープのボトルの違いが判らず、結局、燐を呼んで手伝ってもらい、今に至る。
「何があったのか知らないけど、殴るのはやりすぎなんじゃないかな……」
「……」
燐には、何があったか言ってない。引かれたら嫌だし。
「祭華さん、脱衣所で膝抱えて座ってたよ?」
「……後で何とかしとく」
「そういうことじゃないと思うけど……」
その後、風呂から上がり、身体を拭き、服を着て、ようやく目隠しを解かれた。
……確かに、脱衣所の隅で、膝を抱えて蹲っていた。
「祭華、何か言うことは?」
「……ごめんなさい」
しょぼくれて謝る祭華を見て、燐は首を傾げた。
祭華があのように暴走するのは、稀だが、俺は何回か見たことがある。
主に好きなゲームや、好きな女性のタイプのことになると起きるのだが、一喝するか、引っ叩いて強引に止めると治まる。そして反省する。この繰り返しだ。今思えば、さっきから不機嫌だったのは、俺の髪を見て心のどこかで興奮していたのかもしれない。
「2人に頼みがあるんだ」
髪をタオルで拭きながら言った。
「さっきの、女帝に会ったっていう話、他のみんなには内緒にしてほしいんだ」
「それは、どうして?」
祭華が訊いてきた。
「話すと、それはそれで騒ぎになると思うし……どうにか穏便に解決したいんだ」
「……解った」
真顔で答えてくれた。
髪を乾かすためにドライヤーを使わせてもらい、ホテルに戻ることになった。
「燐、本当にごめんな……勝手に出て行ったりして」
メアリーを抱いて、俺の少し前を歩く燐に、そう言った。
「大丈夫だよ。ピアスの電源切ってた私も悪かったし……あ、まだ切ったままだった」
そう言って、耳に手を当てて電源を入れた。つか、切ってたのか……。
「そういえば、メリルさんと何の話をしてたんだ? ガーネットさん気にしてたぞ」
「ああ、うん、その事なんだけどね……」
立ち止まった。
「燐?」
どうしたんだ?
「湊君さ、元の世界に戻ったら、どうしたい?」
「え? ……どうしたいって、祭華に会って……あ、その前に家族かな」
「そう……やっぱり、そうだよね」
「?」
どういう事だ? 言葉を間違えただろうか。
「そういう燐は、どうしたいんだ?今まで聞いてなかったけど」
「私は……どうしよう。決まってないや」
「えっ」
「もう1年もこっちにいるし、元の世界に友達もいないから……多分、何も出来なくなるんじゃないかな」
何も……。
「燐、何かするのに、遅すぎることは無いと思う。何だったら、俺だって協力するし……」
とは言っても、俺に何か出来るとは思えないけど……。
燐は、ふふっと笑って、振り返った。
「ありがとう。本当に、湊君は、あの時と変わらないね……優しいし」
「え、そ、そうか?」
「多分、私は、あなたのそういうところに惚れたんだと思う」
「……え?」
今、何て?
「いきなり、こんなこと言われても困ると思う。それは解るんだけどね……この世界にいるうちに言っておきたいと思ったんだ。私、湊君のことが好きです」
「……」
告白、されてしまった……。
「え、えっと……」
どうしよう、返事が浮かばない。
悩んでいると、燐が口を開いた。
「返事は、いらないから」
「え?」
「言いたかっただけなんだ。ごめんね、変なこと言っちゃって……ホテルに戻ろうか」
また、歩き出した。
「……」
言いたかっただけ、か……。
「お、帰ってきたか」
ホテルに戻ると、ガーネットさんが出迎えてくれた。
「ガーネットさん! すいません、迷惑かけちゃって……」
「それはいいんだが、あまり燐を困らせるような真似するなよ」
「あ、はい……」
「それと、部屋のベッドの件なんだが、ダブルからシングル2つにしておいたぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、お前がソファで寝てて風邪を引いたって聞いてな……」
「それは……ありがとうございます」
「メアリーがいるから、3つにしようかとも思ったんだが、さすがにあの部屋には3つも入らなかったんだ……すまない」
それを聞いて、燐が反応した。
「あ、大丈夫ですよ。メアリーちゃんは、私と一緒に寝るので。ね?」
燐の言葉に、メアリーは微笑みながら頷いた。
部屋に戻ったとたん、どっと睡魔が襲ってきた。
「ふぁぁ……そろそろ寝るか」
欠伸をしながら言った。
「そうだね……」
ベッドを見ると、確かに、ガーネットさんの言った通り、ダブルベッドがシングルベッド2つになっていた。
「じゃあ……おやすみ」
「おやすみ」
ベッドに入ると、すぐに眠ることが出来た。
―――ピアスを外すのを、忘れたまま。




