謝罪
「ガーネットさん、ロレンスって人、今どこに住んでるんですか?」
頬の手当を受けている最中、俺が発した一言に、ガーネットさんは眉をひそめた。
「湊、まさかお前、ロレンスに会いに行くつもりか?」
不機嫌そうにそう言った。どうやらさっきの暴力騒ぎで、ガーネットさんの中でのロレンスの株はかなり下がったみたいだ。
「はい。……謝りたいんです」
「お前が何をどう謝るんだ? 殴って来たのは向こうだろ」
「それでも、あいつに会って、謝って、ちゃんと話を聞きたいんです」
俺の熱意は、ガーネットさんに届いたらしく―――。
「……解った。でも、帰ったらちゃんと俺たちに解るように説明しろ。さっきの事だって、俺たちは何も説明を受けてないんだから」
「解っています」
女帝と会った事と、ロレンスの件は、全く関係ないとは思うけど……とりあえず、祭華の事は、可能なら後で説明しよう。
俺は、ガーネットさんから、ロレンスという人の現住所を教えてもらい、一緒に行くと騒ぐ燐を何とか落ち着かせ、ピアスをつけることを固く約束させられ、ホテルを後にした。
やって来たのは、ホテルから少し離れた、人気のない住宅街だった。
「ここ、か……」
とある一軒家の前に立つ。
『湊君、何かあったらすぐ逃げ出してよ? 絶対に危ない事だけはしないでね?』
「解ってるよ」
笑顔を作ろうとすると、頬の傷に響く。ピアスで、もしかしたら痛みも伝わっているかもしれないので、変に表情を作るのは止めることにする。
2,3回深呼吸をして気持ちを整え、チャイムを鳴らす。
数秒待って、ロレンスが姿を現した。その顔は、さっきと同じく、無表情のままだった。
「……来たよ。入っていいか?」
そう訊くと、小さく頷き、俺を部屋に招き入れた。
通されたリビングはとても閑散としていて、無駄なものは一切置いていなかった。
「祭華」
そう呼ぶと、キッと俺を睨んだ。
「あ、いや……ロレンス」
また無表情になる。
「さっきは、本当にごめん」
頭を下げた。
正直、何が理由でこいつを怒らせたのか全く解らないが、こいつが理由も無く怒ったり人を殴ったりするわけがない。きっと、俺が逆鱗に触れてしまったんだと思う。
「……僕の方こそ、いきなり殴ったりしてごめん。頬の傷、深そうだね」
さっき頬にガーネットさんが貼ってくれた大きなガーゼを見て、表情を暗くした。
「平気だよ、掠り傷だ」
本当は全然そんな事ないんだが……。
「そんな事より、お前、どうしてこの世界に来たんだ?」
単刀直入に訊いた。
「どうして、か」
そう呟くと、ソファに腰を下ろした。
「何から話すかなぁ……まぁ座りなよ。立ちっぱなしで聞いてられるほど短くない話だから」
「あ、ああ……」
向かいのソファに座った。
「それにしても、ここで君に会えるとは思わなかった。懐かしいよ」
「俺だって……ロレンスが何でここに―――」
「祭華でいいよ」
俺の言葉を遮った。
「ロレンスは言わば偽名だ。本名を隠すためにその名前を使っている。でも、君が本名を出しているってことは、本名を出してもそこまで支障が無いって事で……だから、祭華でいいよ。それに、君にロレンスと言われるのは、怒っておいて何だけど、何か違和を感じる」
「……解ったよ」
祭華は深く腰掛け直すと、膝に肘を立てて俺を見つめた。
「―――綺麗なピアスだね」
そう言った。
「あ、ああ、これか……」
「それ、通信端末でしょ?」
「え?」
サラッと言われてしまった。
「さっき、君がいなくなった時、燐ちゃんがそれに手を当てて叫んでいたんだ。多分ガーネットもその地点でそれが通信端末である事に気付いている。詳しく詮索はしていなかったけどね」
「……」
何だ、結局ばれてるじゃん……。
『欲しがられたら嫌だと思って……でも、何も聞かれなかったし、言われなかったから、杞憂だったみたい』
「湊」
「うん?」
「君は、中学卒業後、一度でも僕の噂とか、話とか、聞いたかい?」
「え?」
な、何だいきなり?
「いや……聞いてない」
祭華とは、中学を卒業してから一度も会っていないし、祭華に関する話も聞いていない。
「そっか。まぁ仕方ないよね……僕、"ずっと監禁されてたし"」
「え……?」
い、今、なんて…?
「高校、半年で中退したんだ。授業についていけなくなったし、何より、彼女が出来たからね」
「か、彼女……?」
「入学してから1ヶ月、いきなり"好きだ"って言われて、嬉しかったからその場で付き合うことにしたんだ。思えば、そこから歯車が狂って行ったのかもね」
そう言う祭華の顔は、妙に吹っ切れたような、そんな表情をしていた。




