豹変
ホテルに、帰って来た。
敷地内に入ると、ガーネットさんが駆け寄って来た。
「湊! ……どこに行ってたんだ、心配したんだぞ!」
「え、あ、すいません……」
ショッキングな物を見すぎた所為か、それともガーネットさんの勢いが凄い所為か、うまく言葉が出てこない。
「何かあったのか? とにかく入れ。燐もメアリーも心配してたぞ」
答える間もなく腕を掴まれ、ホテルに引きずり込まれた。
「湊君!!」
フロントで、燐が血相を変えて走って来た。抱えられたメアリーも、心配そうに俺を見ている。
「何があったの? どこに行ってたの? どうして連絡……」
捲し立ててきたが、途中で失速した。
「……ピアス、どうしたの?」
俺の耳にピアスが付いていないことに気付いた。
「あ、ああ……そこの道で転んで、外れたんだ」
ポケットに手を突っ込もうとした時、燐が俺の腕を掴んだ。
「湊君、腕、怪我してる……」
「え?」
言われて気付いた。腕からは血が滲んでいる……さっき転んだ時に擦り剥いたんだ。
「手当しないと……ガーネットさん」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
ガーネットさんが戸棚を漁り始めた。
「何があったの?」
「それは……」
話してしまって、良いのだろうか……。
「……ごめん、本当に、何でもないんだ。ただ、その……ちょっと、ホテル以外のところも歩き回ってみようと思って」
「湊君……何考えてるの! メアリーちゃんだって心配して……湊君がいなくなって、さっきまで泣いてたんだよ!?」
「えっ……」
メアリーが、そこまで……。
「……ごめん、燐。ごめんな、メアリー」
燐には頭を下げて、メアリーには頭を撫でてやった。
フロントの奥の部屋でガーネットさんの手当を受けていた時、誰かがに部屋に入って来た。
「燐ちゃん、ちょっといいかな?」
入って来たのはレアさんだった。
「はい、何でしょう?」
「ロレンスがね、ちょっと―――」
レアさんが喋りながら、燐を連れて部屋を出て行った。
そうだ、ロレンス……。
「ガーネットさん、今レアさんが言ってた、ロレンスって人、来たんですか?」
「うん? ああ、つい3時間前に来たな。燐と色々、話をしていたみたいだが……」
「あの、後でそのロレンスって人に会わせてもらってもいいですか?」
「別にかまわないが……さっきも、何か引っかかっていなかったか? もしかして、ロレンスを知っているのか?」
「え、あ、いや……なんというか、初めて聞く名前じゃない気がするんです。でも、どこで聞いたか、思い出せなくて……」
「デジャヴか?」
「多分、そう……だと思います」
「まぁ、人間、生きていればそういうこともあるだろ」
終わったぞ、と、ガーネットさんが俺の腕を放した。
「ありがとうございます」
「メアリーの事もあるだろうし、あまり燐を困らせるなよ」
「はい……」
「じゃ、ロレンスを呼んでくるから、ここで待っててくれ」
そう言って、部屋を出て行った。
皆、結構心配してたな……特に燐には凄く迷惑をかけてしまった……反省するしかないな…。
少し待っていると、部屋の扉が開いた。
「湊、ロレンスを連れてきたぞ」
一緒に入って来たのは、可愛らしい顔をした女性だった。
「あ……」
その顔は、どこかで見た事のある顔だった。
「……橋本湊です、こんにちは」
頭を下げると、女性も軽く会釈をした。
「ロレンスです」
「………」
じっとこちらを見るその眼に、少し違和感を覚えた。
「で、僕に何か用ですか?」
「え? あ、いや……挨拶、しておこうと思って」
「そうですか」
会話が途切れた。
「……髪、長いですね」
突然、ロレンスさんが、そう言った。
「そう、ですかね……」
それを言ったら、向こうも髪長いけど……。
「じゃ、僕はこれで」
「あ、はい」
くるっと振り返り、部屋を出て行った。
「……」
いくつか、引っかかる事がある。
"僕"という一人称、髪の長さを気にする点、そして、ロレンスという名前―――。
そうだ、俺は、あいつを知っている。
俺は、考えるよりも先に行動していた。
立ち上がり、部屋を飛び出す。ロレンスは、レアさんとスカイさんとホテルを後にするところだった。
「祭華!!!」
人目もはばからず、その名前を叫んだ。
「お前、祭華だろ? どうして、この世界に……」
そうだ、祭華がこの世界に来るのは間違っている。だってあいつは―――。
「―――うわああああああっ!!!」
その時だった。
さっきまで無表情で俺を見ていたロレンスと名乗る女性が、いきなり駆け寄り―――。
俺を、渾身の力で、殴った。
「っ!?」
全く予想できなかった。
俺の身体は大きく吹っ飛び、そのままフロントのカウンターに身体を打ち付けた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなああああっ!!!」
「落ち着いて! ロレンス!!」
怒号を上げて殴りかかってくるロレンスを、レアさんが必死で止めた。
そして、そのまま暴れるロレンスを引きずってホテルを出て行った。
「……」
全身が痛い。特に、殴られた頬が一番痛い。
「湊君っ!!」
いつからそこにいたのか、燐が駆け寄って来た。
「今、殴られて……血がっ……」
正気を保てなくなったのか、泣きながら頬の傷を素手で押さえてきた。それが痛みを増長させる。
「痛い……燐、平気だから」
「で、でも……」
これ以上心配させたくないと思い、笑顔を作ろうとするが、正直、俺もショックだった。
あいつは……祭華は、決して人を殴ったりする奴じゃない。
でも、実際にああやって豹変したという事実がある。だから、別人というわけではない……。
一体あいつに、何があったんだ……?