散歩
「あーっ……なんか、疲れた……」
燐とメアリーと俺だけになった部屋で、背伸びをした。
「あまり、いい情報得られなかったね……」
「だな……」
燐の言葉に同意しつつ振り替えると、燐がメアリーを抱いたまま立っていた。
「……抱くのか、メアリー」
「うん。なんか、膝の上も安心するらしいんだけど、ここの方がいいみたいで……」
……そういえば、初めて会った時も、燐はずっとメアリーを抱いてたっけ……。
「ふー……俺、ちょっと散歩してくる……」
少し、外の空気が吸いたくなった。
「あ、それじゃあ、メアリーちゃんも連れていってくれる?」
突如、燐がそう言った。
「え、何で?」
「メアリーちゃんも、ずっと室内にいたら息が詰まっちゃうと思って……」
「あー、そうか。でもそれじゃあ、燐も一緒の方がいいんじゃないか?」
「私はいいよ。……必要な時以外、外に出たくないんだ」
小声で呟いた。……人の目が怖い、ってことか。
「でも、メアリーはそれでいいのか?」
そう訊くと、メアリーは小さく頷いた。
……ということで。
「じゃあ、メアリーちゃんのこと、お願いね」
「ああ」
燐からメアリーを……受け取る、と言っちゃあ聞こえが悪いが、とりあえず俺もメアリーを抱いてみた。
「か…軽っ」
「うん……ぬいぐるみと同じくらい、なんだよね……」
燐を残して、部屋を出て、ホテルの中庭に出た。
ガーネットさん曰く、「中庭は近所に住む子供たちの遊び場によく使われる」のだそうだ。
中庭に出ると、少し強めの風が吹いた。
「メアリー、寒くないか?」
「へいき」
「そうか」
端にある煉瓦の道を歩く。中心には芝生と噴水がある。その周辺を、数人の子供たちが走り回っていた。
……そういえば、女しかいないこの国では、精子は売買されてるんだっけ……じゃあ、あの子達は、自分の父親の顔も、名前すらも知らずに育ってる、ってことなんだろうな……。
あ、そうだ、一つ気になったことが。
「メアリー、お前、元の性別はどっちなんだ? 男? 女?」
「……わからない」
「え…あ、そうか、ぬいぐるみだから……」
メアリーがあまりにも人間っぽいから、ついぬいぐるみだということを忘れてしまう。
「じゃあ……燐のこと、好きか?」
「うん、だいすき、みなとのことも、だいすき」
「……ありがとな」
「みなと、りんのこと、すき?」
「は?」
い、いきなり何を言い出すんだ?
「すき?」
「え、いや、好きかどうか訊かれても……」
「きらい?」
「え? い、いや、何でそうなるんだよ!?」
「だって、みなと、りんといっしょにいるとき、かおがすこし、あかくなってた」
「え……?」
「だっこしてくれたときも、りんをみてあかくなってた、しんぞうが、はやくなってて、それで―――」
「ち、ちょっとストップ!!」
慌てて止めた。……え、俺が燐に、好意を? マジで!?
「……みなと、かおがあかい。まだ、ねつ、ある?」
メアリーが俺の頬に触れた。……確かに、顔は熱いし、真っ赤になってるのは明白だけど、風邪とかそんなんじゃ……って、あれ?
「メアリー、お前、さっきより言葉がはっきりしてないか?」
上手く言えないが、舌足らずに変わりはないが、接続詞がついてる、というか……とにかく、普通になってきてる。
「そう?」
「うん」
何とか、話を変えることに成功した。
「そ、そうだ、メアリー。俺、ここで待ってるから、そのままの状態で燐とお話してこいよ。もしかしたら、燐も喜ぶかもしれないからさ」
言葉がハッキリしてきたと解れば、燐も少しは元気になるかもしれない。俺が風邪ひいたとか、メアリーがこっちの世界に来たとか、大小様々なショックが積み重なったみたいで、少し元気がなくなっていたから……。
「わかった、おはなししてくる」
俺の腕から滑り降りると、ホテルへと引き換えしていった。
その時。
「可愛いお子さんだね、君の子かい?」
後ろから、聞きなれない声が聞こえた。
振り向くとそこには、20代前半ぐらいの若い女性が、笑顔で立っていた。
「あっ、いえ、俺の子じゃなくて―――」
「"俺"、ということは、元の性別は男か」
俺の言葉を遮って、そう言った。
「ふふっ……この国の力は相当だな。君のような健全な男子も、あっという間に絶世の美女に早変わりだ」
笑っている。もしかして、女帝の行いを肯定している人物……だろうか。そんな人いていいのか?
っていうか……。
「絶世の美女って……冗談にも程がありますよ」
事実、客観的に見てもそんな可愛くなかったし。
「うん? 私はそうは思わなかった。少なくとも私好みではあったのだが……冗談だとは、人聞きが悪いな……なぁ、橋本湊君?」
「えっ……あれ、どっかで会いました…っけ?」
いきなり名前を当てられ、びっくりした。
「いや、初めてだよ。君と会うのは初めて……だけど、私は君のことを知っている。女帝を倒すために、妖精にこの世界に連れてこられたんだってね? 災難だったね」
「!」
この人、何でそのことを……!?
「あなた、一体……?」
「ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね。私は、まぁ名乗るほどのものじゃないよ。強いて言うなら――――この国の、王をしている者だ」
目の前の女性は、そう言って笑った。




