名前
部屋に、静寂が訪れた。
この子は、人間じゃ……無い?
「ちょ、ちょっと待ってください、どういう事ですか?」
湊君がレアさんに訊いた。
「そのまんまの意味だよ。この子、人間じゃない」
レアさんは、先ほどとは打って変わって、かなり真面目な表情になっていた。
「君、この子とはどういう関係?」
私に訊いてきた。
「あ、え、えっと……今朝、遭ったんです」
「もうちょっと詳しく」
「確か、早朝、廊下で、1人になっているところを見つけたんです。迷子ではないみたいで、名前を訊いても、何を訊いても、頷くことは出来るんですが、話すことが出来ないみたいで……」
「なるほどねぇ……」
「あの、人間じゃないのなら、この子は一体……?」
「一言で言うなら……人間の手によって造られた物、だね」
「えっ!?」
人間の手によって造られた……!?
「そんなに驚くことかな? 最近じゃあそういうのは多いって言われてるよ」
「多いんですか!?」
「うん。少し前に、女帝が人口不足に困って、異世界から数人の人間を呼び寄せたんだけど……知ってる?」
人口不足、異世界から数人の人間を呼び寄せた―――多分、私や、他のみんなのことだ。
「その時は、人口不足は改善したんだけど、また人口不足に陥った時があってね……流石にもう一度人間は呼ばなかったみたいなんだけど、代わりに呼んだのが、"強い念や想いが宿った物"だったんだ」
「じゃあ、この子がその、人間の手によって造られた物だって、どうして解ったんですか?」
「うん? 誰だって解るよ。だってこの子、喋れないんでしょ? ……元はただの"物"だったんだから、声帯ないだろうし」
「で、でも、この子はさっき、私たちと一緒に食事を取ったんですよ?」
「そこなんだよねー……理由はまだ解らないんだけど、この国に付いたら、女体化するのもそうだけど、段々と人間っぽくなっていくみたいなんだ」
「じゃあ、この子も、そのうち喋り出すってことですか?」
「だね。でもそれにはかなり時間がかかるよ、ちょっと待って」
そう言って、レアさんがポケットから取り出したのは、透明な液体が入った小さな小瓶だった。
「これ、何だと思う?」
そう訊いてきた。……今、湊君が『解る訳無いじゃん……』って思った。
「……解りません」
「だろうね。これね、人間の手によって造られた物を、更に人間に近付けることが出来る薬のような物なんだ」
「薬、ですか」
「そう。これ、飲ませてみようか。何かわかるかもしれないし……ガーネット、水とスプーン持ってきて」
「解った。待ってろ」
ガーネットさんが部屋を出て行った。
「水で薄めて飲ませるんですか?」
「そうだよ。じゃないとね、これすごく酸っぱいんだよね」
少しして、ガーネットさんがコップ一杯の水とスプーンを持ってきた。
「ちょっと待ってね……」
薬を入れて、スプーンで少しかき混ぜる。
「さて、出来た。飲んでくれる?」
子供は、レアさんからコップを受け取った。……が、コップをじっと見つめるだけで、一向に飲もうとしない。
「おっかしいな……燐ちゃん、この子に最初に会ったのって、君?」
「え? そ、そうですけど……」
「じゃあ、燐ちゃん、指示してみてよ。君の言うことだったら聞くかも」
「解りました」
とりあえず、しっかりと目を見て、「飲んでごらん?」と言ってみた。
すると子供は、私の目を見つめながら、一口飲んだ。
だが、飲んだ瞬間、咽返ってしまった。
「あーあー、やっぱりちょっと無理だったか……改良の余地ありかなぁ」
「え、まさか、お試し感覚で飲ませたんですか!?」
「いやいや違う違う……他の、人間の手によって造られた物にも飲ませたことあるよ。全員成功だった。ただ、皆、最初は咽返るみたいで……そんな怒らないでよー燐ちゃん……湊君だって、なんか知らないけど頭押さえてるし……」
レアさんの言葉で我に返った。……湊君、ごめん。
―――それで。
「この子、喋られるようになりますかね……」
「恐らくね」
暫く咽っぱなしだったのだが、落ち着いたのか、また私を見つめてきた。……咽すぎてちょっと涙目になっちゃってる。
「喋るかどうかはこの子の意志で決まると思う。またさっきみたいに訊いてごらん」
「はい」
また、目を見つめながら、今度は優しく語りかけた。
「あなた、声は出せる?」
食堂で訊いた時と同じように、訊いてみた。
すると―――。
「こえ、だせる」
―――片言口調で、そう言った。
「……!!」
喋った……この子、今喋った…!
驚いて顔を上げると、湊君も、ガーネットさんも、驚いた顔をしていた。
「よかった。成功みたいだね」
レアさんが笑いながらそう言った。
「はい! ありがとうございます!」
喋られるようになった、ということは、私の質問に答えられるということだ。
「あなた、お名前は?」
目線を合わせて訊いた。
「なまえ……は―――めありー」
私の目を見て、そう言った。




