出会い
朝御飯を食べている間も、私の隣に座っている子供は、ずっと私を見続けていた。
目の前には、その子用にちゃんと朝御飯が用意されているのに。
「……食べないの?」
そう訊くと、静かに頷く。
「お腹空いてないの?」
すると今度は、静かに首を横に振った。
「じゃあ食べないと駄目だよ。せっかくガーネットさんが作ってくれたんだから」
するとようやく、パンに手を伸ばしてかぶりついた。
相変わらず、何も喋らないし、でもこっちの指示はしっかりと従うし……思えば、初めて会った時も、こんな具合だった。
廊下の窓を閉めて、子供の存在に気付いた時―――。
「……」
―――正直、何も反応が出来なかった。ただ、唖然とするしかなかった。
理由は……子供は、妖精には絶対に近付かないからだ。
この国では、子供は妖精を避け、怖がるらしく、私も湊君に会う前、子供に姿を見られた時はかなり怖がられた。こっちは何もしていないのに……。
女帝国に来る前は、保育士を目指すほど子供が大好きだった。でも、怖がられて以来、子供に恐怖心を抱いていた。……けど、その子供を見た途端、少しだけそれが薄れた気がした。
久しぶりに、泣いていない子供の顔を見た。
「……おはよう。迷子? お母さんは?」
目線を合わせて話しかけたけど、何も答えない。聞こえなかったのかな?
「お母さんは?」
少し声を大きくしたけど、やっぱり、何も答えなかった。
……もしかして、言葉が通じない…とか?
「えっと……私の言っている事、解る?」
そう訊くと、今度はしっかりと頷いた。
ならどうして質問に……いっぺんに投げかけたからだろうか?
「……じゃあ、迷子?」
その質問には、首を振った。
「ってことは……お母さんは?」
少し間を置いてから、ゆっくりと首を振った。
え、親の所在を訊いて首を振るって……どういう事?
「……お母さん、いないの?」
頷いた。
「じゃあ、保護者とかは?友達とか……」
首を横に振った。
「……」
独りぼっち……。
でもさっき、迷子じゃないって……じゃあ、一人でこのホテルに泊まってるってこと?
世の中、こんなにも物騒なのに?
「……ちょっと、ついてきてくれる?」
手を差し出すと、その小さな手を私の手に重ねた。……可愛い。
「行こっか」
優しく手を引くと、ゆっくりとついてきた。そのまま、ガーネットさんの所へと向かった。
―――こんな感じ。最初に会った時も、何も喋ろうとはしなかった。でも、指示はきちんと聞いてくれた。
……それなら。
「あなた、声は出せる?」
思い切って、訊いてみた。
子供は……困った様に、俯いてしまった。
「燐」
ふと、向かいの席に座っていた湊君が私を呼んだ。
「あんまり困らせるようなことするなよ。声が出せなくてもいいじゃん」
「でも……名前も解らないなんて、なんか腑に落ちないし…」
「うーん……筆談とか、出来ないのか?」
「それ、さっきガーネットさんの部屋で試したんだけど、文字が書けないみたいで……」
「じゃあ、五十音並べて、一つ一つ指で確認するっていうのは?」
「そんな、こっくりさんじゃないんだから……でも、その方法良いかも。でも、この子、文字読めるかな?」
「そこは音読するしかないと思う」
パンを頬張りながらそう言った。……この人、食べてる時の方が冴えてるような気がする。