先輩
意外性を持たせた方がいいって思ったんですけど……絶対違いますよね、コレ。
風呂上り、昼間同様、姉ちゃんの箪笥から色々拝借して洗面所に戻った。
置き手紙の事とかあるから、かなり罪悪感が……仕方ない、よな……。
服を着て、ピアスをつけ、鏡の前に立ったが、何も起きない。
……どうしたんだ?
燐の声は―――聞こえない。まさか、忘れてる?
その時、ピンポーン、と、家のチャイムが鳴った。
「!?」
ハッと息を呑んだ。
―――だ、誰だ? まさか、郵便? ……いや、違うな、こんな真夜中に届け物なんて不自然すぎるし……普通の家ならもう就寝時間とっくに超えてるはずだから……もしかして、空き巣とか!? 強盗とか!?
困惑していると、2度目のチャイムの後、カチャリと鍵が開く音が聞こえた。
鍵が開いたって……まさか、親?姉ちゃん?
……いや、家族ならチャイムなんて鳴らす必要が無い。じゃあまさか、本当に強盗…!?
トントンと、フローリングを歩く音が聞こえる。
今、どういう状況だ? 家の中をよく解らない奴が歩いてて、俺は……多分、世間では行方不明的な扱いになってて、自分の家の洗面所で姉の服を着て呆然としている……本当にコレどういう状況だ!?
下手に動くことも出来ず、ただただ鏡の前で息を潜めることしか出来なかった。
すると、次第に足音がこちらに近付いてくるのが解った。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい! どう考えてもこの状況ヤバい!! もうすぐそこまで来てる!! よく解らない誰かが!!!
不意に、足音が止んだ。
そして、ゆっくりと、洗面所の扉が開かれた。
そこにいたのは、俺より1個上の、桜井皐月先輩だった。
「「え?」」
互いに、見つめあう。
ゆっくりと、桜井先輩が扉を閉めた。
「………」
何? 今の。
「―――ってちょっと待てやあああ!!」
突如、先輩が再度扉を、今度は大声で叫びながら乱暴に開いた。
「わっ!?」
「お前っ、その格好は何なんだよ!!」
驚く俺を後目に、先輩が詰め寄ってくる。
「い、いやっ、これはそのカクカクシカジカ色々ありまして……っていうか、先輩はなんでうちにいるんですか!? どうやって鍵開けたんですか!? 何でチャイム鳴らしたんですか!?」
「うるせぇ!! それよりもお前、皆どれだけ心配してるのか解ってんのか!? 俺の家にもお前の家族が来たんだぞ!?」
「えっ……」
家族が……。
「……まぁいい、とりあえず怪我もないようだし、無事ならそれでいいよ」
ふぅ、と落ち着いたようで、再び静寂が戻った。
「あ、あの……先輩」
「何だ?」
「どうやって、うちに入ったんですか?」
「ん? 知りたいか?」
「そりゃあ……」
「あのな、橋本。お前は知らないだろうから言わせてもらうが、俺な……結衣華と付き合ってるんだ」
「はいぃ!?」
橋本結衣華。そう、俺の姉ちゃんです。
「い、いつから!?」
「去年の4月から」
1年超えてる!?
「何で言ってくれなかったんですか!?」
「言ったらお前、邪魔するだろ?」
「しませんよ!!」
「そうなのか? そりゃあ悪かったな。いやぁ、結衣華がうちに来てな? お前の事を捜しているって事や、今は家に誰もいないって事を伝えてきたから、それじゃあ不用心だろうと思って、俺が代わりに留守番する事にしたんだ。チャイムを鳴らしたのは、先に誰か帰ってたらと想定してな」
「それで鍵を……そうですか……俺、てっきり強盗かなと……」
「悪いがそれはこっちの台詞だ。初めは女の強盗かと思ったが顔を見たら男だったからこりゃイケナイモノを見てしまったんじゃないかと思ったぞ」
「こ、これには深い事情が……」
「リビングにあったあの置き手紙と関係してるのか?」
「……はい」
「話せ、今すぐ」
「で、でも……」
「話さないと、結衣華に"お前の弟はお前の服を着て喜んでいた"と話すぞ」
「困ります……」
「じゃあ話せ。内容によっては隠してやるから」
「……解りました」
全て話した。女帝国の事、燐の事、全て。
「なるほどな……そんな事があったのか」
「信じてくれるんですか?」
「まあな。ってことは、もしかして今、その燐って子が呼ぶのを待ってる状態か?」
「そうですね。さっきから鏡の前にいるんですけど全然……」
「そうか。安心しろ、とりあえず家族には内緒にする。あのメモも、俺が家についた時にはあったと言っておく」
「ありがとうございます」
その時だった。
ピシッと、洗面所の鏡が割れ、隙間から激しい光が漏れだした―――。
こういうの、スターシステムっていうんですって。