幼少期
燐目線です。
私の家は、私が物心つく前から、よく引っ越しをするような家だった。
理由は単純に、親の仕事の都合、というやつなんだけど……。
その時に行った、東沢町という所で、私は忘れられない経験をした。
秋桜燐、当時5歳。
引っ越し続きで自分の荷物は自分で荷解き出来るまでになった頃。
荷物の整理も終わって、父親が仕事に出かけた後、私は1人、新居の庭で遊んでいた。
その頃、一緒に遊ぶ友達はいない。いるとすれば、熊のぬいぐるみのメアリーちゃん(命名したのは母)くらいだった。
その日も、メアリーちゃんと遊んでいると―――。
「おい」
不意に、近くから声が聞こえた。
私を呼んでるんじゃないかとか、そう言ったことは考えず、ただ、好奇心のままに、声のする方を見た。
柵にしがみ付いてこちらを見つめる、5歳くらいの男の子がいた。
当時、人見知りが激しかった私は、咄嗟にメアリーちゃんを抱きしめた。
「お前、そこで何してんだ? 遊んでんのか?」
男の子は、今思えばそれなりに口が悪く、近所の悪ガキと言っても差し支えないような感じ。
「うん、メアリーちゃんと遊んでるの」
それでも私は、小さい声だったけど、キチンと対応した。
「ふーん……で、お前、名前は?」
「りん。……君は?」
「はしもと、みなと」
みなと君。
そう、この子が、当時5歳の橋本湊君。小さい頃はかなりの悪ガキだったのだ。
「燐、何してるの? ……あら、お友達?」
ふと振り返ると、エプロン姿の母が立っていた。
母は湊君の姿を確認すると、目線を合わせるようにその場にしゃがみこんだ。
「こんにちは。お名前、何て言うの?」
「はしもと、みなと」
「みなと君かぁ。私、燐のお母さんなんだ。よろしくね?」
「うん」
柵を隔てた状態で、少しの間、2人で話していた。
すると今度は。
「こら、湊、勝手に離れちゃだめでしょ」
湊君の後ろから、声が聞こえた。
再び見上げると、手から買い物袋をぶら下げた女性が立っていた。
湊君はその女性を見るなり、笑顔になった。どうやら、湊君のお母さんらしい。
「あっ、おかあさん」
「"あっ"じゃない。勝手にうろちょろしないでって何度言えば……あ」
怒ろうとしていたところで、私と、私の母に気付いた。
「こんにちは、橋本さん」
「秋桜さん、こんにちは。あっ、うちの湊が迷惑かけていなかったでしょうか? 人見知りしない子でして……」
「大丈夫ですよ。むしろ、娘の相手をしてくださって」
親同士が話していると、湊君が柵の隙間から手を伸ばしてきた。
「りん、あそぼうよ」
その一言に、私は不思議な感覚を覚えた。
今まで、そんな言葉を男の子から言われたことが無かったから、かもしれない。
「うん。……おかあさん、みなとくんとあそんでいい?」
「私はいいけど……よろしいでしょうか?」
湊君のお母さんに訊き、「構いませんよ」という声を聞いて、私は、湊君を家に招いた。
これが、私と湊君が初めてあった時の話。初めて、友達ができた話。




