羨望
「美味い! なんだこれ!」
7時になり、俺と燐は、ホテルにある大きな食堂で夕食を食べていた。
「ちょっと、湊君、がっつきすぎだよ」
燐が注意してきたがお構いなし。
ガーネットさんがメリルさんを連れて行った後、俺はそのまま燐と2人で、これからの行動について考えていた。
ガーネットさんと同じくらい女帝を恨みまくっている人たちを調べ、その人たちに話を聞くことにした。ガーネットさんに訊けば、何人かは教えてくれるんじゃないかという俺の考え。燐からは「真面目に考えてよ」と怒られてしまったが、俺はかなり真面目なつもりだった。
まぁ、結果、この街を知ってからじゃないと、上手く考えられないわけで、ぐだぐだ言っている間に7時になり、ご飯を食べに行こうとフロントに向かって今に至る。
夕食は、肉料理や魚料理が中心の、小規模なバイキングになっていた。……久々の客だからと、ガーネットさんが気合いを入れて作ったらしいが……料理得意な男性ってモテるのかな? っていうかこのホテル営業してたんだな。
「……ところで、これからどうするつもりだ?」
長いテーブルの、俺の向かいの席に座っているガーネットさんが、頬杖を突きながら訊いてきた。心なしか呆れているような…。
「ガーネットさんと同じように、女帝を恨みまくっている人のことを教えてくれませんか?」
「俺と同じように、か。それなら、明日数人呼ぶから、話してみるか?」
「良いんですか?」
「部屋なら有り余ってるし、もしかしたら泊まって行ってくれるかもしれないからな」
「あー……」
下心見え見え……ガーネットさんってこんな人だったっけ?
「そういえば……メリルさんは?」
俺の隣で、上品に食べていた燐が、ガーネットさんに訊いた。
「メリルは、ちょっと今は謹慎中というか……」
何やら、ぱっとしない言い方だ。
「……喧嘩でもしました?」
燐が恐る恐る発した言葉に、ガーネットさんは小さく頷いた。
「喧嘩、というか……一方的にこちらが怒られた感じだな。客の前で危ないことするなって言ったら、「それぐらい、別にいいじゃありませんか」って。だから、とりあえず硝子の箱をかぶせて放置したんだ」
硝子の箱……虫じゃあるまいし。
「それ、逃げ出されたりしないんですか?」
「そういうことは無いんだ。元々、腕力が人より弱かったし、その上あんな身体になって……きっと今のメリルからしてみれば、硝子は、元の身体の時の鉛や鉄と同じくらいの重量になってるだろうな」
「何で、そんなことを?」
「出歩くと危ないんだよ。俺が1秒でも目を離せば、すぐにどこかに行ってしまうし……何で出歩いたりするのか、こっちが訊きたいぐらいで……」
「多分、メリルさんは、ガーネットさんが羨ましいんだと思いますよ」
燐が割り込んだ。
「メリルが、俺を?」
「はい。部屋の中を自由に歩き回ったり、外に出て人と話すなんて、今のメリルさんには出来ませんから、きっと羨ましかったんだと思います。私も、この世界に来る前から、そういう気持ちはありましたから……」
フォークやナイフを皿の上に置き、俯いて話す燐の横顔に、俺は何故か、少し懐かしい感じを覚えた。
「メリル……やっぱり、そうなのか……」
「心当たり、あるんですか?」
「ああ、以前、メリルを机の上に置いて買い物に出かけようとした時にな……今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていたんだ。てっきり、寂しいから、不安だから、あんな顔をしたのかと思っていたが、違ったんだな……」
「寂しいのと、不安なのもそうだと思いますけど、羨ましかったのも含まれていると思いますよ。さっきも、そうじゃありませんでしたか?」
「今思えば、そうかもしれないな……もしかしたら、今部屋で泣いているかもしれない」
「それ、行ってあげた方がいいのでは?」
「だな。食器、食べ終えたらそこに置いたままにしておいてくれ。後で片付けておくから。風呂も、今ならまだ使えるぞ」
そう言うと、立ち上がり、食堂を出て行った。
「……だってさ、湊君」
不意に燐が俺を見てそう言った。
「何だよ急に」
「だから、要するに……あなたが今やっていることは、あなたから見れば普通のことだけど、他の、1部の人から見れば普通じゃない、憧れを抱くものだってこと、忘れないでね?」
「え、あ……ああ」
ぎこちない返事しか、返せなかった。