一室にて
途中からガーネットの話になります。
案内された部屋は、少し広めのワンルームだった。居間と寝室が隣接したような感じ。風呂は別らしい。
「スイートって程じゃないが、普通よりの少し金持ちの奴が止まるような部屋だ。それじゃ、ゆっくりしていってくれ」
そう言って、ガーネットさんはフロントへと戻って行った。
……ところで。
「なんで、同じ部屋なのかな、私たち…」
何故、燐と同じ部屋にされてしまったのだろうか。
「多分、ガーネットさんの国じゃあ男女共同なんじゃないか? 予測だけど……」
いや、多分じゃない。絶対そうだと思う。俗に言う、"自分が当たり前だと思っているそれは周りの人からしてみれば異常だけどそれに気付いていない"っていう状態だ。
「そうみたいだね……でも、私達、今日会ったばかりなのに、さすがにダブルベッドってキツいよね…」
燐の言う通り、寝室に置いてあったベッドは、見事なダブルベッドだった。別に、シングルを2つくっつけたとか、そういうのじゃなく。
埃っぽいフロントとは対照的に綺麗なのが数少ない褒める点だとは思うけど、これはなぁ……。
「ま、まぁ、離れて寝れば何とかなるよ…うん」
そうしないと、思春期の俺には少しキツいものがある。
「あーっ、それにしても…まさかこんなところでグラディウスが手に入るなんてなぁ……これ、元々いた世界に持ち込めないかなぁ」
とりあえずベッドに寝転がり、貰った刀剣を鞘から引き抜いてまじまじと見つめる。
間違いない。これ、本物だ。
「湊君、危ないよ。それに、元々いた世界に持ち込めたとしても、銃刀法違反とかで捕まっちゃうかもよ?」
「外には持ち出さないから」
「なんか……湊君なら、絶対誰かに自慢するような気がする」
……バレた。
「っていうか、少し意外だよ。湊君って結構刀剣とか好きなんだね……さっきも、ピアス越しに湊君の興奮が伝わってきてビックリしちゃったよ」
「まぁな。刀剣っていうか、武器と呼ばれるものは全部好きだな。剣とか刀とかだけじゃなくて、銃とか大砲とか」
「凄いね、それって……」
まぁ、そうとしか言えない。以前も友人に武器の凄さを熱弁してやったことがあるが、あいつら「へ、へぇ……」としか言わなかったし。つか、だんだん顔引きつってたし。
「とーにーかーく。今は女帝を倒す計画でも立てようか」
燐が俺の手からグラディウスと鞘を取り上げ、鞘に納めながらそう言った。
「ああ、そうだな…」
「まずは、酒場で聞いた話だけど……まずは女帝が持つあの莫大な魔力。あれがどこから来てるのかを探らなくちゃならないね」
「誰か知ってる人とかいないのかな」
「あの店長さんが言ってたでしょ?知ってるのは王族ぐらいかもって。仮に話を訊けたとしても、そう簡単に教えてくれるかどうかは解らないし、教えてくれたとしても信憑性に欠けるでしょ?」
「それもそうだな……っていうか、グラディウス返してくれ」
「この話が終わるまでお預け」
「えー?」
「……湊君、もう少し真面目にやってくれる?」
頭がキリキリと痛み出す。
「……ごめん」
「さて、話を戻すけど、女帝の魔力の原因を究明する。そこから始めようか」
「じゃあ、これからまた移動するのか?」
「一応ね。……家は確保したから、拠点はここになるけどね」
「"家"って……ガーネットさんだっていつまでも置いておいてくれるとは限らないだろ」
「いや、大丈夫なんじゃない?ここ、営業してないんだし」
「まぁそれなら大丈夫かもしれないけど……」
その時だった。
カタンっと、棚の上の小物が、音を立てて床に落ちた。
「「え?」」
俺と燐は、反射的に音のした方を向いた。
「い、今の、何だ?」
「物が落ちた音……だよね?」
そんな事は解ってる。
問題はその理由だ。
何で、物が落ちたんだ?
そもそもここは室内で、風なんか微塵も吹いていない。
じゃあ何で……?
「………」
ゆっくりと立ち上がり、棚に近付く。
落ちた小物を拾い上げ、とりあえず棚に戻す。
ゆっくりと燐の元に戻った。
「……ふぅ」
「ふぅじゃないでしょ! ここは普通、何があったのか調べてくるもんじゃないの!?」
至近距離で燐に怒鳴られてしまった。
「いや、だって、怖いし……」
「情けないなぁもう……」
ぶつぶつ言いながら立ち上がると、グラディウスをその場に残し、部屋を出ていこうとする。
「どこ行くんだ?」
「疲れちゃったし、お風呂入りたいから、ガーネットさんにお湯使えるか訊きに行くの。あ、ピアスの電源切っておくから」
「何で切るんだよ?」
「……ピアスで脳波から視界が湊君に伝わっちゃうかもしれないでしょ? 私これから裸になるんだから」
「あっ、そ、そうか……ごめん」
ぎこちない謝罪を述べた俺を後目に、燐は部屋を後にした。
その後すぐ、プツンという音が聞こえ、ピアスの電源が切られた。
「ふぅ……」
溜め息をこぼしつつ、仰向けにベッドに横になる。
というか、燐の奴、こんな異境の地でよく風呂に入る気になれるな……。
……。
「……って、何俺無意識のうちにエロい事を想像してるんだ!? こんなのバレたら燐に殺されちまうって!!」
壮大な独り言の後、壮大に起き上がり、壮大にぶんぶんと首を振る。自分でも解るほどに顔が赤くなっていた。
っていうか、そういうもんは自分の身体で想像するもんだろ……今俺は女なんだし。
「女……か」
立ち上がり、壁に備え付けてあった姿見の前に立つ。
高校生になってから、男ではあるが、肌の手入れだけは徹底していた。のだが―――
「これは……綺麗すぎる…」
ナルシストっぽくなってしまうが、見事に綺麗な肌。こんなの初めてだ。
「そこまで、女性の身体が珍しいですか?」
「ああ、女友達もいなかったし、彼女なんてもってのほかだったから……え?」
今、聞きなれない声が聞こえたような……。
だが、辺りを見渡しても、部屋にいるのは俺だけ。
……何処から声が?
「ここですよ、ここ」
再び声がしたのは、先程小物が落ちた棚からだった。
可愛らしい小物が並んでいる中、一つだけ、やたらリアルな小物があった。
水色を基調としたドレスを着た、金髪の、身長はだいたい3センチ弱の女の人形。
それが、物凄くキラキラした笑顔で、俺を見ていた。
―――って、え?
「あ、気付かれました? 私ですよ、声の主」
人形が喋った!? ……いや、違う。
「……こ、小人!?」
「まぁ! 勘が宜しいのですね! 私、小人なんです」
両手をあわせて更に笑顔に。……な、なんか、メルヘンな人だ…。
「あぁっ、私としたことが……申し遅れました、私、メリルと申します。あなたのお名前は何ですか?」
「え、あ……橋本湊、です」
「湊様、ですか」
「いや、様ってのはちょっと―――」
「名前からして、男性でございますね?」
「………はい」
なんか、もういいや……。
その時、コンコンと、部屋の扉がノックされた。
「はーい」
出てみるとそこには、焦った表情のガーネットさんが。
「ど、どうかしたんですか?」
「実は、人を捜してて……妻を、見なかったか?」
「奥さんですか? ちょっとどんな人か教えてもらわないと……」
「あぁ、そうだな…すまん、焦ってしまって……妻は、小人なんだ。背の丈はだいたい3センチ弱だったな」
え、まさか。
「あの、もしかして……?」
言いながら、棚を示す。
「え? ……あ、メリル!!」
ガーネットさんが棚に駆け寄る。
「まぁ、ガーネット! もう来てしまったのですか!?」
「んなこと言ってる場合か! 心配したんだぞ!? どこ探してもいないし……一体何をしていたんだ!?」
「久々のお客様だと聞いて、ご挨拶に」
「はぁ……頼むから立場をわきまえてくれ……お前は小人なんだぞ?」
「あら、小人の身体、結構役に立ちますのよ? 狭い所にも入れますし、何より身軽ですわ。ここにも、カーテンを登ってきたのですよ」
「カーテンを!? 落ちたらどうするんだよ!?」
「大声を出さないでくださいませんか、ガーネット……頭に響きますわ」
「え? あ、ごめん……」
………何やら、取り込み中のようだ。
「すまなかったな、妻が迷惑をかけて……」
俺が部屋のソファに座った時、ガーネットさんが、そう言って頭を下げた。メリルさんは近くのテーブルの上にいる。
「いや、別に迷惑ってわけじゃ……」
えっと、こういう時はなんて言えば……。
「……可愛らしい、奥さんですね」
「ああ、付き合う前は、町一番の美人で有名だったんだ」
ソファに座った。
「色んな男が求婚しに来てな……俺も、そのうちの1人だったんだ」
「てことは、ガーネットさんが、その……メリルさんをめぐる争いに勝った、という感じで?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「え?」
「他の男どもが、高価な宝石や花束なんかを持って、毎日求婚していたわけなんだが、生憎俺はその時、町一番の貧乏人だったから、何も持っていく事が出来なかったんだ」
「じゃあ、どうして……」
「負け戦に勝たせてあげた、という感じですわね」
不意に、メリルさんが口を挟んだ。
「負け戦?」
「だってそうですもの。女は宝石や花束に眼がない、そういう生き物……それが常識でした。なのにこの人は、毎日手ぶらで私に会いに来ましたわ。雨の日も……でも、この人は、持っていなかったのか、買うお金が無かったのか、傘も差さずに私の元に来ましたの。
私、それまでは、いらした殿方とは門の付近でお話をするだけに留めていたのですけれど、流石にその時は驚いてしまいまして、風邪をひいてしまっては困りますと言って、帰すのではなく家に上げてしまいまして、お湯も貸してしまいましたの。
湯浴みをなさっている最中、扉越しに会話をしまして、自分の事を色々と教えてくださいましたわ。それまでは、名前と住所しか知りませんでしたから……。
そして、湯から上がってこう言いましたの。"湯浴みまでさせていただいて、感謝します。お礼をしたいと思ったのですが、自分には、何もお渡し出来る物がありません。ですので、あなたの前に現れるのは、今日で最後にしたいと思います。あなたも毎日毎日、沢山の男の相手をするのは嫌でしょう?自分がいなくなる事で、少しでも負担が減るのならば、幸いです。"と―――。
その時に確信しましたの。この人は、負け戦に出ているのですね、と。
他の男たちに適うはず無いと解っていながら、毎日私の元に通い詰めて……宝石や花束なんかでは表せられない、まっすぐに私を愛してくれる心……私はそれに、感銘を受けてしまいましたわ。
要するに、一目惚れですわね。恐らく、人生で最初で最後の。
気が付けば私は、自分の心をこの人にぶつけてしまっていました。とても驚いた表情をなされて、少し待って、"ありがとう"と、それだけ言ってくださいましたわ」
「それって……素敵な話ですね」
本当に素敵。男の俺でもそう思った。
ふと、視線をメリルさんからガーネットさんに移すと、ガーネットさんは、とても穏やかな表情で、自分の愛する妻を見つめていた―――。
その時。
「ただいまー、湊君。ここのお風呂凄いよ? 日本みたいな桧風呂とかあったし。もう久しぶりすぎて浴槽で泳いじゃったよーあははははー……」
和やかな空気をぶち壊すが如き勢いで、燐が部屋に帰ってきた。
そして、燐の目が、部屋のテーブルを囲むソファに対面するようにして座っている俺とガーネットさん、テーブルの上にいるメリルさんの姿を捕らえた。
「か……」
「か?」
「可愛いー!!!」
そう言って、一気にメリルさんに手を伸ばした。
「ちょっ、ストップ!!」
慌てて燐の腕を掴んで止めた。
「あの、その、本当にすみませんでした……まさか、生身の人間だとは思わなくて……」
さっきまであんなにテンションが上がっていたのに、メリルさんの事を知って、一転して元気がなくなった燐であった。
「いやまぁ、メリルも結構、人形みたいな見た目をしているから……仕方ないといえば仕方ないが、流石に驚いたぞ」
「本当にごめんなさい!!!」
平謝りする燐を見たメリルさんは、咄嗟に避難した俺の掌でくすくすと笑っていた。
「……メリルさん、あまり怖がってないですね。俺だったら腰抜かしてますよ」
それくらい、燐の勢いは強烈だったのだが、メリルさんは至って余裕だ。
「言っておくが、メリルはちょっとやそっとの事じゃ驚かないぞ。少し前の話だが、メリルがその姿で近所に住み着いた猫と話をしているのを見たことがあってな……あれは流石に肝が冷えるかと思った」
ガーネットさんの言葉に、メリルさんが吹き出した。
「大袈裟ですわ、ガーネット。私はこの国に来る前から猫と戯れる生活を送っていました。それはあなたも知っているでしょう?私はその時と同じ事をしていただけですわ。何なら、部屋までの道のりを、あなたの横で、あなたと同じように床を歩いて戻っても良いのですよ?」
「か、勘弁してくれ……以前それをやって、俺に踏まれそうになっただろうが……」
「あの時は二度と無いスリルを味わえましたわ。またやりたいですわね」
「メリル……」
「あっ、そうですわ! ねぇガーネット、今度は私をあなたの肩に乗せて歩いてくださいませんか? きっと楽しいですわ!」
「なっ……却下だ、却下! んなことされたら俺の寿命が縮む!!」
「身体をゴムで縛って机の上からバンジージャンプも良いですわねー」
「それ以上言うなっ!! ……そろそろ戻るぞ!」
俺の手からメリルさんをすくい上げると、部屋を出ていこうとした。
「あ、そうだ。今日の夕飯、何時くらいがいい?」
「あー……燐、7時くらいでいいか?」
「うん」
「ってことで、7時で」
「解った。7時になったらフロントに来てくれ」
「解りました」
「……なんか、本当にすまなかったな、騒いでしまって」
「平気ですよ」
「ねぇ、ガーネット、バンジージャンプー」
「ダメったらダメ! 行くぞ!」
若干騒ぎつつ、部屋を出ていった。
静寂が、戻った。
「何か、凄い人だったね……」
「だな……」
「………」
「………」
「……ねぇ、湊君」
「ん?」
「バンジージャンプ、湊君だったら出来る?」
「……絶対無理」
メリルさん、色んな意味で尊敬できる。
尊敬語と謙譲語と丁寧語の違いが解らないのにこういうの書いちゃいました。
メリルの口調、一応独自で考えたのですが、読み返すとどうも他の方が書かれた作品と地味に似てしまう部分があるようで……。
キャラの性格や喋り口調などは全てオリジナルなのですが、不快に思われたら申し訳ありません。
要望や質問等、コメントにて受け付けております。
追記:3月3日、燐の台詞を若干訂正しました。