喧嘩
大きな広場にたどり着いた。
そこには、割と多めの人だかり。
声は、そこから聞こえた。
「なんか、怒鳴ってないか?」
「怒鳴ってる……っぽいね」
とりあえず近付く。
「――お前、ふざけんなよ!!」
人だかりの中心では、2人の女性が取っ組み合いの喧嘩をしていた。―――いや、あれ、2人とも口調が男だから、多分両方とも中身は男性なのだろう。
「おい、そろそろやめろ!!」
次々と女性が止めに入る。……いや、多分あれもほとんど男性だ。
しばらくして、1人の女性が数人の女性に連れていかれ、事態は収拾した。
「なんだったんだ? 今の」
「さぁ……1人残ってるよ?」
野次馬が退散する中、取っ組み合いをしていたもう片方の女性が、広場の中心に残っていた。呆然と立ち尽くしているように見える。
「話、訊いてみようよ!」
燐が俺の手を引いて女性に近付いていく。
「い、いや、でもさすがに止めた方がいいんじゃないか? 向こうもちょっとピリピリしてるみたいだし……」
「いいじゃん、ちょっとだけ!」
「あの……すみません」
燐が恐る恐る話しかけると、相手は半ば睨むような目でこちらを見てきた。
「! お前ら……!?」
そして、なぜか驚かれた。
「あ、えっと……ちょっと、よろしいでしょうか?」
「……」
「あのー……」
「え? あっ、ああ、すまない、なんだ?」
「今、ここで何をしてたんですか?」
「ここで? ……喧嘩してた」
いや、それは、誰が見てもわかるだろう。
「その……何故喧嘩を?」
「……」
相手が黙り込んでしまった。――だから言ったじゃん、止めた方がいいって……。
『だって、気になるし……』
頭の中に燐の声が響いた。つか、気になったからってすぐ訊きに行くって……小学生か。
「……まぁ、仕方ないよな。あれだけデカい声出して喧嘩してたんだし」
女性はそう呟くと、燐ではなく、俺を見た。
「あんた、こいつの連れか?」
「は、はい」
「そうか。何があったか教えてやるから、ついて来い」
「いいんですか?」
「ああ。どうやら、あんたも"俺と同じ境遇"らしいからな」
「はぁ」
同じ境遇って?
そう訊こうとするが、先に相手が歩き出した。
「ほら、行くよ、湊君!」
再び燐に手を引かれた。
少し歩いて、俺たちがやって来たのは、人がほとんどいない、薄暗い通りだった。
なんか、スラム街みたいだな…。
『こういう場所があるっていうのは、さすがに私も知らなかったよ』
そういえば、燐って、こっちに来てからどのくらい経つんだ?
『一年弱、かな』
そんなにこの世界にいるのにここの事知らなかったのか?
『まぁ、ここに来てすぐ人間じゃなくなっちゃったからね……なるべく1人で町には入りたくないって思ったからさ』
あ……なんか、ごめん…。
『いいよ、気にしてないから』
「おい」
燐とピアスを通じて会話をしていると、女性がいきなり話しかけてきた。
「あっ、はい?」
「着いたぞ」
どうやら、いつの間にか目的地についていたようだ。
そこにあったのは、少し地味な雰囲気の、デカいレンガ造りの建物だった。
「そういえば、あんたら」
建物に入る前に、再度話しかけてきた。
「はい」
「名前、まだ訊いてなかったな」
「あ、えーと……橋本湊です」
「秋桜燐です」
「そうか、俺はガーネット。こう見えても一応男だからな」
一言そう言って、建物の中へと入って行った。