僕と彼女
―――静かに涙を流す君に
何もしてあげられなかった―――
「それでね、その子が言うのね」
彼女は足を止める。こっちに振り向いて、声色を変えて続ける。
「彼、頼りないのよ。いつも私が救ってあげてるんだから! って」
彼女は首をすくめて笑い、また歩きはじめる。
「へー、救い合いが大切って言うけど、やっぱり差は大きいのかな」
僕も歩き出して、そう答えた。そばに流れる川を見つめながら、彼女は少し考え込む。
―――僕も救われてばかりなんだ
僕は救えなかったのに―――
僕の小さな心は時々、罪悪感で満ち溢れる。
あの日、彼女の飼っていた猫が死んだ。
物に当たるでもなく、僕に泣き付くでもなく、彼女は静かに涙を流していたから。
守りたかった。救いたかった。でも、できなかった。
救う、なんて言葉。口にするのは簡単だけど、行動に移すには難しすぎて。
きっと僕にできることなんて何もなかったんだ。
そう、彼女の隣に、ただただ立ち尽くしているだけだった。
もしかしたら彼女の隣にいる資格なんて、もうないのかもしれない。
「駄目!」
彼女が急に大きな声を出した。
ドキッとして振り向くと、彼女は川を見下ろしている。
「猫が川に入りそう、おぼれちゃう」
そう言って心配そうに猫を見ている。
「あ、離れた」
すぐに顔が晴れてゆく。
「よかった」
よかった。僕が考えてることに気付いて駄目だ、って言われたのかと思った。
よかった。
僕は、ホッと胸をなでおろす。
「さっきの話ね」
急に彼女が口を開いた。
歩き出して、続ける。
「救うのと救われるの、確かに差は大きいかもしれない」
僕は何も言わなかった。
僕は彼女に先をうながすと、彼女は少しうつ向き加減になって、言う。
「私、あなたに救われてばかりだから」
……え?
わけが分からなくて、反応が一瞬遅れる。
「逆だよ。僕が救われてばかりなのに。僕が君を救えたことなんてないよ」
どうして、と彼女が首をかしげる。
「だって」
そこで僕は話をやめた。
死んだ猫のことを思い出させたら、僕はまた、救えない。
「私の猫が死んだ時のこと、覚えてる?」
彼女は僕の心が読めるのではないか。
そう思った。
「お、覚えてるよ」
慎重に答える。
「あの時、私が一方的に救われちゃったよね」
「違うよ、僕は」
言いかけてやめる。
他のことが気になった。
「僕は一体、どうやって君を救ったの」
彼女は真剣に尋ねる僕の様子がどうやらおもしろかったらしく、クスクスと笑って答える。
「そばにいてくれたじゃない」
とても綺麗に微笑んで。
「そばにいることしかできなかったんだ。救いたかったけど、何もできなかったから」
正直に想いを打ち明ける。
すると彼女は言った。
「あの時どうして私が落ち着いてたのかっていうとね、あなたがそばにいてくれたからなのよ。悲しかった。すごく哀しかった。でも不思議と、寂しくはなかったの」
あ、心が少し軽くなった。
ほら、また救われた。
でも不思議と、前のように罪悪感があふれることはなかった。
『彼女の言葉で僕は救われた』
それだけで彼女は、きっと救われる。
『僕の存在が君を救った』
それだけで僕は、必ず救われる。