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王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
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五章 空き家のオバケ(1)


   五章


 驚いたことに、ラヴァスは本当に警備隊員だった。呆れた話だが、班長公認で試験の妨害工作が行われていたのだ。偽の合格証を受け取ったら、それはすなわち『不合格通知』ということになる。

 泥棒の真似をしてまで女を入れたくないのかよ、とリーファは唸ったが、ラヴァスは鼻で笑い、論点のずれた答えを寄越した。

「あそこは空き家だよ」

「空き家?」

「主が行方不明で、所有者が分からなくなっていてね。そこへ浮浪者でも入り込んだのか、近所の子供が夜中にお化けを見たらしい。詰所まで来て、泥棒だお化けだとしつこく騒ぐもんで、調査に出向いたってわけだ」

 そこを邪魔されたわけだけどね、と厭味っぽく言われ、リーファは渋々、未来の同僚かもしれない相手に一歩譲ることにした。

「そりゃ悪かった。手伝うよ」

 というわけで、不本意ながらリーファはラヴァスと共に先刻の路地まで戻るはめになった。

 近くで見ると、なるほど件の家は人が住まなくなって長いらしく、鎧戸の蝶番は錆びつき、全体に荒れた雰囲気が漂っていた。

 リーファが建物を観察している間に、

「せえの、よっ!」

 掛け声と共にラヴァスが玄関扉を蹴破った。げっ、とリーファは呻く。

「何考えてんだ! 鍵穴を先に調べないと……」

「とっくに調べたよ。開けられなかったから、こうしたんじゃないか」

 馬鹿だな君は、と言わんばかりの声音だった。そのままラヴァスは、ずかずか中に踏み込んでいく。リーファは十まで数えて、なんとか怒りを抑えた。

 敷居の手前でため息をついて、足元に目を落とす。以前は何かの店舗に使っていたらしく、ちゃんとした板張りの床だった。

 リーファは用心深く、何らかの痕跡を探して一歩一歩室内を調べていった。と、いきなり頭上でガタガタバタンと派手な物音がして、誰かの足音が響いた。ぎょっとして顔を上げると同時に、ラヴァスが階上から梯子を降りてきた。

「誰もいないな。食べかすもゴミも落ちてないし、服や毛布もない……つまり生活していた跡がない。子供の見間違いだろう。夢でも見たのさ」

 以上終わり、と彼は両手を広げた。リーファは片方の眉を上げ、疑わしげな顔をする。

「その子供がお化けを見たのは、二階だったってことか?」

「でなきゃ何のために上に行くんだ」

 いちいち厭味な男である。何とか言ってやりたくなったが、リーファはぐっと堪え、黙って梯子を上がった。

 階上は明るかった。ラヴァスが鎧戸を開けたらしい。リーファは窓際に寄り、辺りを見回した。近くの家に目をやった時、二階の窓からこちらを見ている少年と目が合った。

 少年は手を振り、何事か身振りで伝えようとして諦め、こちらを指さしてからバタバタと姿を消した。

(あれが目撃者の子かな)

 ふむ、と考えながら室内を振り返り、

「うん?」

 リーファは目をぱちくりさせた。何か、キラキラと光を反射するものが床に散らばっている。ごく少量の、白く細かい結晶。

「塩……?」

 指先を押し付けてそれを拾い、リーファは眉を寄せた。見たところは確かに塩だ。あるいは砂糖か。なめてみれば分かるが、万一外見のよく似た毒物だったりしたら困る。

 さてどうしよう、と迷ってから、リーファは結局それを床に落として手を払った。

(こういうものを拾って入れておく道具がいるな)

 小瓶とか、小さな袋でもいい。

(フィアナなら適当な物を知ってるだろうから、帰りに寄ってみよう)

 魔法学院に在籍している義従妹――つまりディナル隊長の娘――を思い出す。魔法学院では医薬や毒物などの研究も行われているため、そうしたものを扱う便利な実験器具があるはずだ。

 リーファは改めて二階を見回し、ほかには目立った痕跡がないことを確かめてから梯子を降りた。

 下ではちょうど先刻の少年が、ラヴァスと押し問答しているところだった。見たんだって、と言い張る少年に、ラヴァスが「私も見たよ、何もなかった、ってね」とうんざりした調子で答えている。

 リーファはラヴァスを押しのけ、少年の前に出ると、屈んで目線を合わせた。

「お化けはいなかったよ。ほらほら、もう帰りな」

 言いながら目配せして少年の腕を取り、表通りへと引きずって行く。少年は心得たもので、じたばたしながら、見たって言ってんだろ唐変木、などと罵り続けた。

 角を曲がってからリーファは手を離し、少年に向き直った。

「それで、何を見たって?」

「悪者だよ」

 やっと自分の話を聞いて貰えるとばかり、少年は勢い込んでしゃべりだした。

「本当に見たんだ、一昨日の晩、二階の窓から明かりが漏れてたんだよ。それで僕、昨日は気になって、あの家の近くに行ってみたんだけど……変なおじさんが玄関前にずっと座ってたんだ。ひなたぼっこしながら昼寝してるふりをしてたけど、でも起きてたよ。僕が前を通ったら、なんていうか……」

「警戒?」

「そう、警戒してるのがわかったもん。夕方にはいなくなってたけど」

「そっか。ありがとな、役に立ったよ」

 リーファがにこりとして頭を撫でてやると、少年は嬉しそうににっこりした。

「姉ちゃん、悪者つかまえたら、絶対話を聞かせてよ!」

「ああ、約束するよ。ほらもう本当に帰りな」

 指先で少年の額をちょんと突く。少年はこっくりうなずいて、大きく手を振りながら家の方へと走り去った。

 リーファが空き家の前に戻ると、ラヴァスが呆れ顔で待っていた。

「子供なんか懐柔したって、役に立たないよ」

「そうでもないさ。もうあんたの調べ物は終わったんだろ、オレは試験の続きに戻らせて貰うよ」

 素っ気なくリーファは言い、肩を竦める。と、ラヴァスは不意に憫笑を浮かべ、やれやれとため息をついた。

「まったく、何を肩肘張ってるんだろうね、君は」

「……なに?」

「オレだの何だの、男の真似をしてまで警備隊に入ろうなんて、見ていて哀れだね。所詮女なんだから、せいぜい子供のお守りでもしていればいいんだ。男と張り合ってるつもりだろうけど、はっきり言って滑稽だよ。いい加減、見るに堪えないね」

「――――!」

 怒りのあまり、咄嗟に言葉が出て来なかった。今にも横っ面を殴りつけそうになった右手を、辛うじて体の横に押し付ける。握り締めた拳の内側で、爪がてのひらに食い込んだ。

(我慢だ、我慢しろ)

 自分に言い聞かせたものの、どうにか言い返した声は震えていた。

「オレの柄が悪いのは元からだ、ほっといてくれ」

「へえ、君のお養父さんは敬語を教えてくれなかったのかい」

 ラヴァスはいまや憫笑ではなく、嘲笑を浮かべていた。

「君は西方の生まれで、二年前はエファーン語は話せなかったと聞いているけどね」

「敬語だって使おうと思えば使える。あんたに対して使う気になれないだけだ」

 堪え切れずにリーファは毒を吐いた。だがラヴァスは、一層にやついただけだった。

「ほら、強がってる強がってる」

「何が可笑しい!」

 悔しさを堪えきれず怒鳴ったリーファに、ラヴァスは醜い声を立てて笑った。リーファに対する答えはない。

(駄目だ、こいつは端から人に向き合うつもりなんかないんだ)

 話が通じない、それ以前に話にならない。彼はただ、目の前の餌食を嘲笑いたいだけなのだ。この手合いには何を言っても無駄だし、と言ってぶん殴ってやったらやったで、なおいっそう泥沼化するだろう。取るべき手はひとつ。

(無視!)

 リーファはそう決めると、鋭く踵を返した。立ち去りかけた背中に、挑発が浴びせられる。

「何の実力もないくせに、自分が認められると信じてるわけだ。大した自信家だね、どうせなら国王陛下に媚を売って玉の輿でも狙えば良かったのに。今だって陛下に飼われてるようなものだろ、居候の身分で何もせずにぬくぬくと暮らしているんだから」

 足が止まった。無視、無視、と呪文のように心の中で繰り返す。そうしていないと、衝動的に振り返って相手を蹴り倒しそうだった。あるいは走って逃げ出し、ますます相手を面白がらせる結果に終わるか。

 リーファが反応したので、ラヴァスの声はさらに意地の悪い響きを帯びた。

「君みたいなのを養女に押し付けられて、親御さんも気の毒にな」

 スウッ、と自分が冷たくなった気がした。

 動揺も震えも衝動も、一瞬にして消え去った。後に残ったのは、氷のように白く冷え切った、純粋な怒りだけ。

 リーファはゆっくり振り返ると、ひたと相手の目を見据えた。さすがにラヴァスもたじろぎ、顔をひきつらせる。それを見ても、リーファの胸には感情のさざ波ひとつ立たなかった。

「うちの親父は下衆に憐れまれるほど、落ちぶれちゃいねえよ」

 極めて冷静に、断固とした口調でそれだけ言うと、リーファは今度こそ完全に相手を無視して、その場を立ち去った。


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