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王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
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四章 おつかいの後で


    四章


 流石に翌日には完全に復活を果たし、リーファは早朝にベッドから抜け出した。軽く体を動かして、気力体力ともに充実しているのを確かめる。

 厨房で出来たての朝食を失敬して早く試験の続きに戻ろうと、行ってみたらば予想外の人物に出くわした。誰あろう、国王陛下その人である。エプロンを着けて趣味にいそしんでいた彼は、リーファを認めると、ぬけぬけと、ちょうど良かった、などと言い出した。

「リュード伯の家まで、使いを頼まれてくれないか?」

「……オレ、試験中なんじゃなかったっけ。それとも、もう一日休みをくれるのかい」

 もちろん質問ではなく、ただの皮肉である。シンハは困り顔をしてから、頼む、と繰り返した。

「ミナには会っただろう? たまたま今回、伯爵と一緒に領地から出て来たんだが……何しろ遊び相手がいるでもないし、王都はよそ者の子供が一人でうろつけるほどには安全じゃない。それですっかり退屈しているらしいんだ」

「入隊試験なんてものにまで手を出すぐらいに、ってことかい」

 リーファは苦笑して、シンハの後ろにある調理台を覗き込んだ。布巾をかけた手提げ籠から、甘い匂いが漂ってきた。

「だからお菓子で機嫌を直してもらおうってわけか。どうせなら伯爵から手渡した方が、親子喧嘩もしなくてすむんじゃねーの?」

「既に喧嘩したそうだ」

 真面目くさってシンハが言い、リーファはふきだした。

「わかったよ。んじゃ、三番隊の方に行く前に、ミナに会うことにする」

「ありがたい、助かった」

 シンハがホッとした様子で籠を差し出す。それを受け取りながら、リーファはふと不思議に思って問うた。

「オレがたまたま来なかったら、どうするつもりだったんだ?」

「そりゃ……」

 一瞬シンハは返答に詰まり、それから、言わなくても分かるだろう、とばかりに肩を竦めた。リーファは途端にげっそりした。

「まったく、おまえって奴は」

 はあ、と特大のため息。だが当の脱走王はまるで堪えた気配もなく、とぼけて明後日の方を向いていた。

 そんなわけでリーファは当初の予定を変更し、お屋敷街に向かうことになった。

 よく晴れた気持ちのいい朝で、お使いがてら散歩というのも悪くない。

 屋敷のほとんどは広い敷地を塀で囲っているが、庭園を誇示したいがために、一部を鉄柵に変えたり、門を広く取っている所が多い。だから通りを歩くだけで、ちょっとした展覧会気分を味わえるのだ。

 先日の薔薇屋敷に至っては、ほぼ全周が鉄柵で、しかも蔓薔薇を這わせているのだからして、壮観の一語に尽きる。リーファは甘く爽やかな香りが漂う道を歩きながら、贅沢な気分を味わっていた。

(まさか今日はあいつ、いないだろうな)

 ふと奇妙な男のことを思い出し、リーファは足を止めて周囲を見回した。やはりそれらしい影はない。もしあの男が試験の関係者なら、今日は三番隊の街区、すなわち職人街の方にいるはずだ。

 もちろん、単なる偶然だったって説もあるけど……。

 考えながら首を巡らせ、あれ、とリーファは目をしばたたいた。

「ありゃりゃ」

 思わが声がこぼれる。庭園の薔薇が、一部妙な具合に刈り取られていたのだ。植え替えでもするのか、きれいさっぱり花がなくなっている。あそこは確か白い薔薇だった。

「もったいねえなぁ」

 葬式でもあったかな、とリーファは首を傾げた。根こそぎ献花してしまったとか? それにしても、もうちょっと後の始末をなんとか考えれば良いものを。これでは通りから丸見えではないか。

(……ん? 丸見え?)

 何かがひっかかった。熱心に庭園を見ていた男。無様に刈り取られた薔薇。

(いや、まさかね)

 両者につながりがあるような気がしたが、リーファは頭を振ってそれを追い払った。偶然だろう。時間と気力の無駄遣いはやめて、さっさとリュード伯の館へ向かった。

「おはよう、ゲイル。ミナお嬢さんに会いたいんだけど」

 手提げ籠をちょっと持ち上げ、お使いさ、と示す。ゲイルは布巾をちらっとめくって中身を確かめ、物欲しそうな顔をしながら館まで先導してくれた。

「伯爵とお嬢さんが親子喧嘩したって?」

「一方的にお嬢様が拗ねてる、って方が正しいな。お館様も大変だよ」

「あー……なんか、忙しいんだってね」

 それとなく探りを入れてみる。だがゲイルは、人の良さそうな丸い顔に油断のない表情を浮かべた。

「陛下に何か言われて来たのかい」

「え? 何かって、何が」

 リーファが咄嗟にとぼけると、ゲイルは警戒を緩め、にこりとした。

「ああ、聞いてないのなら、いいんだ。あんたには大事な試験があるんだしな」

 失敗した。リーファは内心で舌打ちしながら、口では別のことを言った。

「大事な試験だと思ってるんなら、お使いなんか頼まないと思うんだけどな。シンハの奴も何を考えてんだか」

「まあ、陛下には陛下のお考えがあるさ」

 そこでちょうど館の玄関に着いたので、前と同じくゲイルは門に戻っていった。リーファは召使に案内され、今回は直接ミナの部屋に通される。ドアを開けると、少女は外を眺めているところだった。

「あら、あなたはこの間の……リーファ、だったかしら」

 振り返り、ミナは小首を傾げた。リーファは手提げ籠を前に出して見せる。

「はい。今日は国王陛下の使いで参りました。お姫様に、お菓子の差し入れですよ」

 ミナは少し明るい表情になって、早速召使に茶の用意を命じた。そしてリーファに向かって、あくまで偉そうに、しかし期待と懇願のあいまった声で問う。

「お茶を飲んで行く時間ぐらい、あるんでしょうね?」

「え……」

 いや、と言いかけたのを、辛うじて飲み込む。ここで断ったら、余計に姫君のご機嫌を損ねてしまうだろう。親子和平の使者としては、そんな事態は避けねばなるまい。

 というわけで、二人は小さなテーブルを挟んで午前のお茶と洒落込むことになった。シンハが持たせたお菓子は苺のロールケーキだった。

「お父様の差し金でしょうね」

 見え透いてるわ、と言いつつも、ミナはケーキをぱくついている。お菓子に罪はないということか。リーファは苦笑しながら茶を飲んだ。

「何かとお忙しいんですよ」

「わかってるわ、お父様がお忙しいのはいつものことだもの。だけど、外に出ちゃいけないなんて、今まで言われたことがなかったのに、あんまりだわ。ゲイルが一緒でも駄目だなんて。何のために王都に来たのか、わからないじゃない」

 おや。リーファは思わぬ情報源を見付け、目をしばたいた。

「王都で何かお目当てがあったんですか」

「もちろんよ。お城には絶対に行きたいし、買い物だってしたいわ。細工師の店で新しい髪飾りも見たいし」

「どうして駄目だなんて言うんでしょうね」

 ミナの口調に合わせて、リーファも不満げな声を出す。ミナは「まったくだわ」と憤慨して、ケーキの最後のひと切れにフォークを突き刺した。

「危ないから、なんて。今まではそんなこと、言わなかったくせに」

 今まではなかった。ということは、今回に限り、伯爵家の者が出歩くのは望ましくないわけだ。つまり、

(東方での厄介事は、王都まで持ち込まれてるってことか)

 ミナが何らかの危険に晒される恐れがあるのだろう。一番あり得るのは誘拐だ。人質に取って、伯爵に圧力をかけるために。

 リーファはふむと考え、それからミナには別の説明をした。

「きっと、お嬢様が娘らしくきれいになられたから、悪い奴にさらわれるんじゃないかと心配なんですよ」

「そうかしら」

 信じられないわ、とばかりにミナはふんと鼻を鳴らしたが、それでもお世辞を言われて悪い気はしなかったらしい。機嫌を直して、小一時間ほどおしゃべりした後、リーファを解放してくれた。

「やれやれ、予想外に時間を取られたな」

 制限時間が三日もあって良かった。リーファは職人街の方に急ぎながら、道々あれこれと考えを巡らせた。

 辺境伯の領地で起こった厄介事というのは、伯爵本人が王都に出て来なければならないほどに重大であるらしい。なおかつ、それは東方だけで完結することではなく、関係者がこの王都にもいると考えられる。

(ってことは、草原の連中とのゴタゴタじゃないな)

 レズリアの東側は丘陵地帯で、遊牧民の勢力範囲だ。伯爵家が尚武の気風なのは、彼らとの攻防の歴史による。しかし今は船着き場で聞いたように友好的な関係が保たれているようだし、今回は草原絡みのことではないだろう。

(貴族同士の問題はオレには分かんねーけど……もしそうなら、シンハがあんな悠長なわけないだろうし。もしかして、東で厄介事を起こした奴が王都に逃げて来てるとか?)

 それが危険な人物だとしたら、ミナが外出を禁じられるのも理解できる。

(あー、可能性がいろいろあり過ぎて絞れねえや)

 参った、とリーファは天を仰ぐ。こちらの苦悩など知らぬげに、すっきりと晴れ渡った青空が広がっていた。

 しばし空を見上げた後、リーファは気を取り直してうんと伸びをした。そして、歩調を速めて先を急ぐ。

 中央大広場を通り抜け、雑多な工房や店が立ち並ぶ界隈へと踏み込むと、独特の臭気が漂って来た。焼けた金属、薬品、削りたての木材、その他もろもろの臭いだ。

 三番隊の受け持ちは通称『職人街』と呼ばれる区画で、金銀細工師や鍛冶屋、仕立て屋に家具職人、靴屋に鋳物屋等さまざまな職人の店が軒を連ねている。そのため常に活気に満ちて騒々しい。槌音、鉋や鋸、ヤスリの音。徒弟を怒鳴りつける親方の声。

「いつ来てもやかましい所だなぁ」

 リーファは独りごち、苦笑した。

(お貴族様の気まま、喧嘩の仲裁。さてお次は何だ?)

 わくわくしながら通りを歩き、賑やかな職人街を観察する。独特な刺激臭を漂わせる工房も少なくない。最初はあっちの店先やこっちの作業場を覗き込んで興味津々だったリーファも、しまいには辟易して、どこか少し空気のきれいな所を探し始めた。

 ようやくのこと、やや閑散とした地区に入ると、ホッとして建物の壁によりかかる。その一画は閉鎖した工房や火避けの空き地が多く、幾分か呼吸が楽になった。

「やれやれ……」

 ふう、とため息をつき、鈍痛の響くこめかみを押さえる。その時だった。

「くそったれ!」

 押し殺した小声の悪態に続き、ガスッと何かを蹴飛ばす音が聞こえた。リーファは反射的に周囲を見回したが、正面の視界には誰もいない。足音を立てずに移動し、曲がり角で聞き耳を立てると、路地の奥からガタガタ物音が聞こえた。

(お仲間さんかな)

 もちろん、前の職業の、である。真っ昼間だが、これだけ建て込んだ場所で騒音に囲まれているのなら、空き巣狙いも仕事がしやすかろう。

 そっと路地を覗くと、男が一人、戸締まりされた家の前で玄関扉を相手に悪戦苦闘しているところだった。遠目に見る限り風体は一般人らしく、あからさまな怪しさはない。

 リーファはするりと猫のように路地へ滑り込むと、相手に気取られぬ内にいくらか距離を詰めた。

 男が振り返る。目が合った瞬間、

(逃げられる!)

 察知したリーファが反射的に駆け出すと同時に、男も身を翻す。だが最初の反応で差がついており、さらに足の速さではリーファの方がはるかに上だった。

「待ちやがれッ!」

 怒鳴ると同時に体当たりを食らわす。まともに食らった男がもんどり打って倒れた。彼が身を起こすより早く、リーファは一回転して立ち上がり、身構えた。相手が立ち直っていないと見ると、素早く片腕を捕らえ、ぐいっと後ろ手に捻り上げる。そのまま男の肩を壁に押し付け、他方の腕もつかんで背中へ回した。

「いててて、参った参った! 降参だ、ちょっと緩めてくれ」

 男が悲鳴を上げたが、リーファは手加減しなかった。両腕を押さえたまま、ひかがみを蹴ってひざまずかせる。

「さて、何をしていたのか聞かせて貰おうか」

 厳しく問いながら、リーファは路地の左右にさっと視線を走らせた。仲間はいないようだ。男はしかめっ面に苦笑を浮かべ、顔色を窺うように少しだけ振り向いた。

「いやはや、お見事。実のところ私も警備隊員なんだよ」

 妙に気取った物言いだった。盗っ人ではなさそうだが、警備隊員だというのはもっと怪しい。リーファは眉を吊り上げ、「はァ?」と疑いの声を上げた。

「何番隊何班の誰だよ」

「三番隊一班のラヴァス=ディータ……っいててて! そろそろ離してくれないか、このままだと合格証を渡せない」

 試験のことを知っている。ということは本物の試験官なのか? それにしては、不審すぎるが……。

 リーファはまず片腕だけを離し、相手が逃げ出しそうにないと確かめてから、残る片腕も離した。ラヴァスは腕をさすりながら向き直り、値踏みするようにじろじろ眺め回した。

「さすがに足は速いな。それに反応も機敏だ。うん、まあ、その点は認める」

 偉そうに評して、彼は懐から一枚の紙片を取り出した。リーファにそれを手渡すと、そのまま「それじゃあ」と踵を返す。だが、

「待てよ」

 リーファがその腕を再び捕らえた。ラヴァスは平静を装って「何かな?」と振り返ったが、顔には焦りがくっきり表れていた。

「この紙、前に貰った二枚とまるきり質が違うぜ」

 リーファは半眼になって、ひらひらと合格証を振って見せる。

「いや……その……」

「誰から試験のことを聞いたか知らねえけど、騙すんならもっと上手くやれよ。そら、警備隊の詰所まで仲良くお散歩だ」

 ぐいっと腕をねじ上げる。今度はラヴァスもなすがままにはならなかった。素早く身を捻り、リーファの手を逃れる。だが自由も束の間、すぐに剣の冷たい切っ先を突き付けられて、両手を挙げるはめになっていた。

「あー、なあ、悪かった、確かに騙そうとしたよ。だが警備隊員というのは本当だ。君の試験のことも警備隊の情報で知ったんだし、私のこの行動も班長の許可は得ている」

「どうだかな。盗っ人にしちゃ小綺麗だけど、警備隊員だってのは信用できないね」

 リーファはその剣同様に鋭いまなざしをひたと据え、不吉な口調で言う。ラヴァスは諦めてため息をついた。

「そんなに言うなら、おとなしく一班の詰め所までお供するよ。仲間が身の証しを立ててくれるさ」

「だといいな。そら行くぞ」


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