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王都警備隊  作者: 風羽洸海
番外編
29/36

誕生日

リーファが城に来て間もない頃。台詞は普通の「」を使用していますが、ここでは彼らは大陸中部の公用語であるウェスレ語を使って会話しています。


 吐く息がすっかり白くなり、厚い毛織りの服に毛皮の上着を着込んで、痺れる爪先に血を通わせようと足踏みする季節がやってきた。

 日は短くなり、影のできる位置と時刻が移ろい、季節を知らせる。人々の暮らしもせわしなく慌ただしさを増してゆく。


「なんか最近、みんな妙に忙しくないか?」

 まだこの国に来て日の浅いリーファは、不思議そうに己の庇護者に問いかけた。ちなみに彼女が手をかざしている暖炉は、国王の執務室にあるものだ。

「それはまあ、もうじき冬至祭で新年だからな」

 なんの不思議もない、とばかりにシンハが答えた直後、えっ、とリーファは素っ頓狂な声を上げた。

「冬至に祭があって新年? まさか全部いっぺんじゃないよな?」

「うん? そうか、まだこっちの暦を教えていなかったか。冬至祭の夜が年越しで、翌日が新年だぞ」

「えぇー!?」

 リーファは目を丸くして絶句する。そこまで驚くことか、とシンハのほうが怪訝な顔になり、横からロトが詳細を補足した。

「夜通しお祭りをしてそのまま新年というのじゃないよ。冬至は一年で一番暗い日、すべての生命が一度死んでよみがえる神聖な日だからね。命の火が絶えないよう、悪いものが地上に残らないように篝火を焚いて神々を盛大に祭るんだ。その後はそれぞれ、家族や親しい人と静かに過ごす。そうして無事に夜が明けて新しい年になれば、今度はそれを祝い喜ぶため神殿にお参りする、という段取りさ」

 ふむふむ、とリーファは興味津々で聞き入っていたが、説明が終わると「そうか」と軽くうなずいた。

「んじゃ、そん時にはオレも十七歳ってわけだな」

 今度はシンハとロトが揃って「え?」と聞き返す番だった。

「なんだおまえ、生命神(サーラス)の一日が誕生日だったのか?」

「それなら一緒にお祝いできるように手配しておくよ。何か食べたいものとか、あるかい」

 口々に言われ、リーファはきょとんとしてから苦笑いで首を振った。

「いいよ別に、柄じゃねーし。新年祝いでごちそう食えるんなら充分だって。そもそも適当に決めた日付なんだからさ」

「……は?」

 ますます困惑する二人に対し、リーファは当然だろうとばかり答える。

「オレの誕生日なんて、産んだ本人でも覚えてなかったもん。しょうがないから新年でいっこ歳をとることにしてた。みんな似たようなもんだったぞ? だから今度はこっちの暦に合わせなきゃな、って。それだけの話だから、大げさにすんなよ」

 けろりと言ってのけられた内容に、シンハは顔をしかめ、ロトは憐憫を露骨に出すまいと抑える複雑な表情になった。

「えぇっと、うん、事情はわかった。それにしてもだよ、およその季節ぐらいわからないものかい? 暦に合わせて誕生日を変えたりしたら、本来の生まれ月とかけ離れてしまうだろう」

「うーん、そうだけどさ、そもそも歳だってあやふやなんだし。今更っていうか」

 こだわるもんでもないだろ、とリーファは実にあっさりしたものだ。ロトは主君と顔を見合わせると、助けを求めるように問いかけた。

「良いんですかね、これは……」

「良いも悪いもなかろう。ダキュオンの柱より西で生まれた奴に、生誕の祝福も加護も関係あるまい。都合で誕生日がほいほい変わるというのも味気ないが、神々がそれに合わせたりはせんだろうよ」

 やりとりを聞いて、リーファは最初きょとんとしていたが、まさか、というようにふきだして半笑いになった。

「もしかして、おまえら、占いとか信じてるのか? 誕生日で運勢が決まるとかいうやつ? こっちはつくづく自由だなぁ。カリーアじゃ、占いは邪教だとか悪魔のわざだとか言って禁じられてたぞ。それでも人気はあったから、路地裏でこっそりやってた婆さんとか結構稼いでたみたいだけど」

 愉快な冗談だ、とばかりの態度に、笑われた二人は曖昧な沈黙を返す。リーファも笑いをひっこめて、目をしばたたいた。

「……これってまじめな話?」

「できれば笑い飛ばすのはやめてくれ。神々が憤慨して地上に顕現するかもしれん」

「ええぇぇ」

「さすがにそれはないと思いますが……ともかく、生誕の祝福は占いとはまったく違うんだよ、リー。大陸の東、聖十神の力が及ぶ国々では、一日一日を神々が司っている。だから人はそれぞれ生まれた時に、その日を守る神から祝福や加護を授かるんだ。夏至の正午に生まれた陛下がこの通りなようにね」

 ロトが丁寧に説明してくれたおかげでリーファも理解はしたものの、感覚的な納得はまた別だ。いろいろ信じられなくて、ほんとかよ、と何度もつぶやく。

「だけどさ、同じ日に生まれた奴なんて大勢いるだろ? それが全部おんなじとか……」

「ではないよ。もちろん個人差はある。現にシンハ様は双子だけど、王弟殿下はこれほどの加護は授かってない。それでも、太陽神(リージア)の月に生まれた人はだいたい身体が丈夫だし、美と愛の女神(ミュティア)の月には美貌や芸術的感覚に秀でた人が多い。あくまでも、総体として比べたら、という話であって、個々人を比べたら必ずそうだってわけじゃないけどね。……ただ、そうか、今まで考えたこともなかったけど……君の場合はどうなるのかなぁ」

 ロトは言って、うーん、と思案げにリーファを見る。シンハも少し考えるそぶりを見せたが、じきに彼は肩を竦めた。

「異教徒がここまで来て住み着いた、という記録がないからな。客人として滞在した例ならあるが、いずれにしても神々から間違いなく加護を授けられたという話は残っていない。良いじゃないか、神々のお節介を免れて、人生を観察されることなく過ごせるなら」

「またあなたはそういう不敬を。憎まれ口ばかり叩くから余計に目をつけられるんですよ」

 誠実な苦言だったが、シンハは聞こえないふりで無視する。ロトはため息をついて、もっと素直な耳の持ち主に向き直った。

「君もこっちで暮らしていれば、否応なく神々の干渉を受けるだろうけど、生まれつきの祝福という素地がないぶん、ひょっとしたら不便や不利があるかもしれないね。もし何か君の感覚で理解不可能な現象が起きたとか、わけがわからない事態があれば、些細なことでも早めに相談して欲しい。頼むよ」

「ああ、なるほど!」

 やっとわかった、とリーファは手を打つと晴れ晴れとした顔で言った。

「こっちでは神様の力ってのが浅瀬みたいに世界を覆ってるのが普通で、こっちの連中はみんな生まれつきその中に浸かって息してる魚なのに、オレは外からぽいっと放りこまれた石ころみたいなもんだ、ってことだよな。だから、水に浸かって大丈夫なのか、息できるのか、って心配してくれてるんだ」

「ああ……うん、そうだね、その喩えが近いかな」

「大丈夫、今んとこ平気だよ。そもそもオレはずっと神様なしでやってきてるんだし、こっちに来たってそれは変わらないさ。周りにオレが溶け込めない水の流れがあるとしても、そこはほら、あんたらがついてるんだから」

 言葉尻でにかっと笑い、二人の保護者を順に見る。ロトが当惑し、シンハが眉を上げて疑念を示すと、彼女は我がことのように得意げに胸をそらせて自論を開陳した。

「この国で一番偉くて強くて神様にも平気で喧嘩売れる王様と、その王様を怒鳴りつけられる奴が、二人してオレの面倒見てくれるっていうんだから、そんなの十人の神様を束にしたより凄いに決まってるだろ! だから誕生日がいつかなんて、どうだっていいんだよ!」

「いやちょっと待って、僕はいたって普通の人間で」

 ロトがうろたえて訂正を要求しかけたが、シンハが噴き出してしまったので、うやむやになる。

 結局、三人一緒にしばらく笑った後、新年にはリーファに特別のお菓子を用意する、という話になったのだった。



(終)


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