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王都警備隊  作者: 風羽洸海
番外編
25/36

見る人のなくとも花の咲く(前)

本編の後、あまり経っていない頃の話。昔懐かしベタ展開。


「えええー、いらねーよドレスなんかー」

 心底嫌そうな口調は、まるで恨みでもあるかのようだ。

「そんなもんにカネ使う余裕があんなら、早いとこオレの部屋に新しい机入れてくれよ。いや、新しいのは別の部屋に回して、そのお下がりでもいいからさ。とにかく不便なんだよ」

「そっちは手配済みだ、もうしばらく待て。まったくおまえは……分からんな、女は新しい服を作れるとなったら大概喜ぶものだと思っていたが」

 呆れ顔のシンハに、リーファはむっと口を曲げて応じた。

「オレだって新しい服はありがたいけど、ドレスは欲しくないだけだよ。おまえが礼装を鬱陶しいって言ってんのと同じ! 動きにくいし、大体、そういう服を着なきゃいけない場、ってのが嫌いなんだ」

「それなら気持ちは分かる。だが、そうとばかり言ってもおれんだろう。一着ぐらいはまともなドレスがないと、普段着と制服しかないのでは困るぞ。現に、今作っておかないとじきに体に合うのを借りられないかと駆けずり回るはめになる」

「はぁ? なんだよ、まさか貴族の宴会に出席しろとか言うんじゃねえだろうな」

「そのまさかだ」

「はああぁぁぁぁ!?」

 頓狂かつ不快この上ない声音に、はたで聞いていたロトがふきだす。リーファはぎろりとそちらを睨みつけたが、ロトは怯まず温かい苦笑を浮かべ、慰め口調で説明した。

「今度、城で催される晩餐会に、辺境伯が出席されることになったんだ。一緒にミナ嬢も王都に出てくるんだけど、彼女が君に会いたがって駄々をこねているそうなんだよ」

「……だからオレにも出ろってか。別の時にすりゃいいじゃねーか、なんでわざわざかったるい場に……」

「生憎だけど、今回は伯の予定が押していてね。ミナ嬢が君と接触できるのは晩餐会の時だけなんだ」

 ロトは気の毒そうに言ったが、リーファはまだ納得できずに膨れっ面である。シンハがやれやれと言い添えた。

「いい機会だから、おまえも主だった貴族の顔を覚えておけよ。城や城下で出くわしたり、何かの事件で絡むはめになった時、後手に回らなくて済むだろう」

「そんな事はねえと思うけどなぁ……どうしても礼服が必要だってんなら喪服にしといてくれたら、一番実用的だと思うけど」

「おまえはフィアナの結婚式にもそれで出る気か」

「少なくともあいつは当分結婚しねーから大丈夫だって」

「……いいから、たまには大人しく言うことを聞け」

「ええ!? いつだってオレは素直な良い子だろ! 人の言うこと聞かないってんじゃ、おまえの方こそよっぽど人後に落ちねえくせに」

「今は俺の事はいい! 素直な良い子だと主張するなら、すぐにそっちの控え室に行け。さっきから仕立屋が採寸しようと待っているんだ」

 そろそろ国王陛下も我慢の限界のようである。リーファはまだ不満な顔をしていたが、さすがに引き際を悟って渋々と指差された扉に向かったのだった。


 それから何かと忙しい毎日の合間を縫って、生地を選び、デザインを打ち合わせ、何度かの仮縫いをこなし。同時進行で、ドレスに合わせる靴まで新調して。

「既に疲れたよオレは……」

 最終調整を済ませた仕立屋が、明後日には完成品をお届けに参ります、と退出した後、リーファは国王の私室でぐったりしていた。むろん、諸悪の根源にぼやきを聞かせるためである。

「無理を押してすまんな」

 シンハは苦笑し、ソファに沈み込んでいる彼女のために、茶を淹れてやる。

「いずれ用意せねばならんと思っていたんだが、先延ばしにしている内に、ばたばたするはめになった。もっと早く取り掛かっておけば良かったんだが」

「だから、そもそもオレを公の場に引きずり出すのが間違ってるんだよ。ミナには悪いけど、別に絶対に会わなきゃなんねー用事があるわけじゃねえんだろ?」

「まあ、子供のわがままだからな」

「だろ? 諦めさせたらいいのに、伯爵は甘すぎるんだよなぁ」

 あーあ、とため息をつきながらも、実際のところ、リーファの口元には優しい微笑が浮かんでいる。あの小さなお姫様に会うのが楽しみなのだろう。シンハはそれを見て取ったが、指摘はせず、お茶請けの焼き菓子をテーブルに置いた。

「いずれにせよ、今回の件がなくとも、まともなドレスを一着は作らせるつもりだったんだ。警備隊の制服はあくまで仕事着で、礼服にはならん。もののたとえでフィアナの結婚式と言ったが、ほかにもどんな場で必要になるか分からんからな。おまえもそろそろ一人前の大人として、体裁を整えられるように……」

 そこまで言い、リーファが苦りきっているのに気付いて同情のまなざしを向ける。

「あまり嫌だ嫌だと考えると、ますます苦痛になるぞ。大したことじゃないと思え、その内に慣れる。好きにはなれなくともな」

 ぽん、と大きな手で優しくリーファの頭を撫でる。リーファは恨めしげに夏草色の瞳を見上げた。

「……経験談か?」

「そんなところだ」

 シンハは彼女の頭に置いた手で、くしゃりと髪をかき回した。リーファはそれを払いのけ、紅茶に手を伸ばす。

「一人前の大人らしくしろってんなら、まずおまえがそれを止めろよな」

「ああ、すまん」

 悪びれずに詫び、またぽんぽんと頭を撫でるシンハ。人の話を聞けよ、とリーファはぼやいたが、もう払いのけはしなかった。大きく温かな手の感触は、実際のところ心地良かったし、遠くなった記憶の中で唯一の優しいものを思い出させてくれるから。

「……シンハ」

「ん?」

「ドレス、似合わなくても笑うなよ」

 拗ねたようなつぶやきに、シンハは小さく苦笑しただけだった。


 似合わない、どころではなかった。

 背が高くて細身のリーファが映えるよう、ドレスは身体に沿って流れる水を思わせる形に作られていた。色は柘榴石のような真紅。日数不足のために刺繍はほとんどないが、袖口や胸元など、効果的な場所を金糸の蔓薔薇で飾ってある。葉の上には、露に見立てた小粒の真珠。

 いつもは一本に編んでいる髪をほどいて緩く波打つに任せ、両脇は邪魔にならないよう、すんなりした首がよく見えるよう編み上げ、頭の後ろで留めて。編んだところに白い花を挿せば、貴婦人の一丁上がり、である。

 普段からは想像もつかない華やかな立ち姿に、迎えに来たロトは目を丸くして絶句した。まじまじと凝視されて、リーファは照れ隠しにしかめっ面をする。

「なんだよ、笑いたきゃ笑えよ」

 ぶすっとしてそんなことを言ったものだから、ロトは別の意味で失笑してしまった。

「せっかく似合ってるのに、そんな言葉遣いをしたら台無しだよ。そろそろ大広間の準備が整うから、迎えに来たんだ。……おっと、歩き方も気をつけて」

「お淑やかに歩け、って? 言われなくても分かってるよ」

 紅を刷いた唇を尖らせ、リーファは静かに進み出る。ロトはその手を取って先導しながら、穏やかに注意を促した。

「それもあるけど、いつもとは違う靴だろう? うっかり勢い良く歩いたら、足を挫くかもしれない。気をつけて」

「……本当だ、歩きにくい。うう……今更だけどなんでオレがこんなこと……」

 ぶつくさぶつくさ、時々よろよろ。

 なんとか転ばず裾を踏まず、足も挫かず、大広間に到着する。上で寸劇でも演じられそうなほど広いテーブルには、既にずらりと人数分の食器が用意されていた。蝋燭の代わりに魔術の明かりが灯してあるのは、国王の威信とやらを見せ付けるためでもあるのだろう。

 席に案内され、リーファは少し不安げにロトを振り返った。

「なあ、オレが先に座っちまってていいのかい?」

「いいんだよ。こういう形の晩餐会だと、貴賓ほど後から入ってくる。位の低い人間が長く待たされるわけさ。一通り食事が終わったら、ホールに移動して自由に歓談するならいだけど、君はその時にはもう退室して構わないよ。ミナ嬢が解放してくれていたら、だけどね」

「ううう。せっかく美味いメシにありつけるのに、まともに食える気がしない……」

「料理長なら、君の立場を理解して同情してくれるさ。大丈夫」

 ロトはぽんと励ますように肩を叩くと、他の客人を案内するために去っていった。

 じきに次々と賓客が現れ、それぞれの席についてゆく。リーファの聞いたこともない名の貴族達が大勢いた。

 八割がた席が埋まったところで、ようやく東方辺境伯が娘を伴って現れた。ミナは威厳を損なわない程度に急いで、自分の席――リーファの隣に、駆けつける。

「久しぶりね、リーファ! 見違えたわ、今夜のあなた、とっても素敵よ!」

「ありがとうございます。お嬢様も、また一段とお美しくなられましたね」

 リーファはドレスの上から見えない礼服をさらに一枚被り、にっこり微笑んだ。ミナはお世辞など聞き慣れている様子で、リーファの言葉をあっさり受け流して椅子に座った。

「ねえねえ、警備隊の仕事はどう? もう隊員になれたのでしょう、どんなことをしてるの?」

 身を乗り出して興味津々と話しかけてくる。「ミナ」と重々しくたしなめたリュード伯の声も、まるで効果がない。リーファは伯爵を見上げ、優雅に小首を傾げて会釈した。先客達の見よう見真似だが、なかなか上手く出来た。伯爵もおもむろに会釈を返し、一通りの挨拶に加えて「よくお似合いだ」と褒めてから、召使が引いた席につく。その間も、ミナはとめどなく喋り続けていた。

「あなたが屋根に登った時は驚いたわ、だってあんなに身が軽いなんて! 今もああいうことをするの? 警備隊の仕事は危なくない?」

 大事に育てられた貴族令嬢だけに、外の世界をあまり知らないのだろう。そこへたまたま飛び込んできたリーファという存在は、あまりにも刺激的で好奇心をそそらずにおかなかったようだ。

 リーファは教育上悪い影響を与えないように配慮しながら――何せ父親がすぐそこで一言一句逃さず聞いているのだから――ミナの好奇心を満たすことに腐心した。


(続く)

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