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王都警備隊  作者: 風羽洸海
番外編
24/36

予期せぬ事態

リーファが王都に来てあまり経っていない頃の話。

『』はウェスレ語(大陸中部の公用語。リーの第二言語で、レズリアでも使える人が少しはいる)の台詞です。


 カンカン、カンカン……

 一定の拍子で繰り返される警鐘に、リーファは本から顔を上げて養父を見た。

『父さん、あれは? 火事かな』

 既に気付いて耳を澄ませていたアラクセスは、ちょっと考えてから、ああ、と微笑んだ。

『あれは、「侵入者あり」の警鐘だね。なに、兵士が対処するから心配は要らないよ』

 アラクセスの説明は端的だった。ウェスレ語が使えるとは言っても、堪能という域ではないからだ。リーファは不安げに眉を寄せた。

『侵入者、って……盗賊とか?』

『じきに片付くだろう。ここでじっとしていれば、大丈夫』

 よしよし、とアラクセスが頭を撫でる。リーファは聞きたいことの答えが得られず、もどかしい顔になった。落ち着きをなくしたリーファに、アラクセスはもう一度ゆっくり繰り返し言い聞かせる。

『いいかい、ここにいるんだよ。慌てて出て行ったら、逆に危ないからね』

『……分かった』

 リーファはこくんと小さくうなずいた。

 この国の内情はまだほとんど知らないが、国王と言ってもカリーアの教皇のごとく絶対的な存在ではない事ぐらいは、肌身にしみている。王を敵視する貴族がいることも、それゆえ王と言えどもただふんぞり返ってはおれないことも。

 むろんリーファは、政治的なごたごたに首を突っ込むつもりは毛頭ない。だが、今まさに自分の身近に害意を抱いた何者かが忍び寄り、せっかく手に入れた生活を脅かそうとしている、となれば、話は別だ。

(分かったよ、父さん。でも、従うとは言わなかったろ?)

 アラクセスがほっとして席を離れた僅かな隙に、リーファは音もなく図書館を出て行った。


 城内が騒がしい。

 普段は各所に分散して警備に当たっている近衛兵が、どこからともなく集まって数人ずつの組になり、右へ左へ走ってゆく。物陰からその様子を窺っていたリーファは、これほど兵士がいたのかと驚きに目を丸くした。

 遠くから剣戟の音が響く。知らない言葉の怒鳴り声が飛び交っている。それも一箇所だけでなく、城門や裏庭、あちこちで。

(おいおいおい、ちょっと待てよこれ、本格的にやばいんじゃねえのか?)

 リーファは青ざめ、無意識に胸元でぎゅっと手を握り締めた。侵入者、などという生温いものではない。襲撃、あるいは暴動か反乱の域ではないのか。

 脳裏を国王の姿がよぎった。彼女に手を差し伸べ、路傍のゴミ溜めから引っ張り上げて、ここまで連れて来てくれた庇護者の姿が。

(くっそぉ、冗談じゃねえぞ!)

 怒りと焦燥に駆られて走り出す。

 分かっている、彼は強い。下手に加勢しようなどとすれば、逆に足を引っ張るかもしれない。だが彼とて万能ではないし、どんなに強くとも一人で出来ることには限りがある。もし城内の使用人を人質に取られでもしたら、お手上げだ。

 リーファは居館に駆け込むと、素早く国王の執務室を目指した。

 廊下のそこかしこに置かれている大きな花瓶や彫刻が、痩せて小柄なリーファの姿を隠してくれた。途中で慌しく廊下を走る使用人や兵士を見かけたが、向こうは誰も彼女に気付かなかった。

 階段を駆け上がる複数の足音が響く。荒々しい音は、逃げる側ではなく攻める側が立てているに違いない。リーファは急いで後を追った。

(こいつらも兵士か?)

 視界の隅に、一団の後姿がちらと入った。制服こそ着ていないが、統制の取れた動きだ。揃って身元の知れない黒っぽい服をまとい、顔を覆面で隠している。抜き身の刃がきらりと光った。

(シンハ!)

 心の中で悲鳴を上げ、リーファは必死で走った。もちろん、見付からないよう足音を忍ばせ、物陰に隠れながら。

 やがて行く手に執務室が見えたと同時に、賊の一団が扉を蹴破ってなだれ込んだ。内側で待ち構えていた国王付秘書官のロトが、先頭の一人二人と斬り結ぶ。だが多勢に無勢で結果は見えていた。

「下がれロト!」

 シンハの声が飛ぶ。リーファは安堵のあまり膝が抜けそうになった。そっと様子を窺うと、黒い集団の隙間から、並んで剣を構えるシンハとロトの姿がかろうじて見えた。

「申し訳ありません、陛下」

「構わん。ここまで踏み込んで来たということは、誰も人質に取れなかったんだろうさ。それなら俺も、気兼ねなく戦える」

 シンハの声には余裕があった。賊の一人がチッと舌打ちする。リーファは会話の内容までは分からないものの、なんとなく成り行きを察して納得した。

(部屋の前に誰もいなかったのは、わざとだったんだな)

 普通なら賊が侵入したとなったら、一番に国王を警護し、逃がすものだ。しかしこの王は違う。単身戦うとなったらまず無敵である一方で、守るべき民を盾にされたら見捨てる事が出来ない。だからあえて、近衛兵らを使用人の避難と保護に行かせたのだろう。

 とは言え。

「この人数を相手に、どこまでもちますかな。足手まといの秘書官もいる」

 賊がくぐもった声で挑発する。ロトが顔をこわばらせるのが、リーファの位置からでも見えた。そのこめかみを一筋、つっ、と血が伝い落ちる。扉が破られた時にでも怪我をしたのだろう。

「足手まといかどうか、やってみてから判断するんだな。言っておくが、こいつは俺をとっ捕まえるのが仕事だ。相当鍛えられているから覚悟しておけ」

「陛下。気が抜けるから、情けないことを言わないで下さい」

 ロトがぼやいた直後、賊が動いた。

 どっと黒い集団が二人めがけて襲いかかる。刃と刃が火花を散らし、息つく間もなく鋭い音を響かせる。

 リーファはごくりと固唾を飲んだ。このまま見ていることも出来る。きっと二人は勝つだろう。襲撃者は何人か死ぬかもしれない、ロトが怪我をするかもしれない、だが最後まで立っているのは間違いなくシンハだ。確実に。しかし、

(それじゃダメだ)

 リーファは決意を固め、隠れていた壁際から離れた。人を殺せばシンハは傷つく。ロトが負傷すれば責任を感じる。それらにいちいち足を取られるほど、彼はやわではないが、それでも、何も感じないほど図太くはないのだ。

(オレだって……!)

 手助けぐらい出来る。重荷をほんの少しでも、自分の肩に載せることが出来る。やってみせる!

『シンハ!!』

 大声で名前を呼び、襲撃者の注意を引いた。何人かがぎょっとして振り返り、呼ばれた当人もハッと顔を上げた。そして、夏草色の目を限界まで見開く。なぜなら、

『てりゃああぁぁぁぁぁ!!!』

 小柄な少女が、体の半分ほどもありそうな壺を高々と振り上げていたから――。

「止せ、リー! それは……っっ!!」

「わあぁぁぁ!?」

「いかん!!」

 阿鼻叫喚、種々の悲鳴が入り乱れ、賊が慌てふためく。その反応に、何かおかしいと気付く間もなく、リーファは思いっきり壺を投げつけていた。

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

「ああああ――!!!!」

 標的にされた賊が咄嗟に身を屈めて避ける。そこへ、どどどっ、と他の賊が押し寄せた。なぜか、壺を受け止めようとして。

 複数の足が絡まり、三人ばかりが倒れ、その上に両手を差し伸べた男が飛び込み、投げ出された剣が床でチィンと音を立てた。そして、

「……っっ、はあぁぁぁ……」

「よ、良かった……」

 崩れた人間座布団の山のてっぺんに、壺がぼすっと軟着陸すると、いっせいに安堵のため息が吐き出された。小山の向こうではロトがへなへなと座り込み、シンハが床についた剣に寄りかかってうなだれる。

 窮地を救ったはずのリーファはきょとんとなり、あれ、と目をしばたたいた。

 数拍の沈黙。

 そして、

「……っ、は、ははははは!!」

 堪えきれなくなったシンハが、弾けるように笑い出した。横でロトも半笑いになり、頭を振って、ばたりと床にひっくり返る。

 壺を受け止めた賊がそろそろと用心深く体勢を立て直し、どこも割れたり取れたりしていないか、怖々確認し始めた。

『あ……あれれ?』

 なんなんだ、この展開は。もしかして、もしかすると??

 リーファは混乱しつつも、嫌な予感に顔をしかめる。案の定、賊の一人がものすごい形相で詰め寄ってきた。

「小僧ッッ!!! なんということをするか、これは先々代より伝わる貴重な宝であるぞ! 万一ヒビひとつでも入ろうものなら、貴様の首をもってしても贖うことは出来ぬというのに、よくも!!」

 がなりたてられても、リーファには意味が分からない。首を傾げ、困り顔でシンハに助けを求める。

『えーと……ごめんシンハ。このおっさん、何て? だいたい見当はついたけど』

『お察しの通りだ、多分な。まあ、壺が無事で良かった』

 シンハは笑いながらやってきて、リーファの頭をぐしゃぐしゃかき回した。

「陛下ッ!! なんですか、この小童は! 使用人の分際でこんな場にしゃしゃり出るなど、教育がなっとりませんぞ!!」

 賊(?)が覆面をひっぺがし、噛み付かんばかりの勢いで怒鳴る。シンハは意地悪くにんまりして、相手の肩を拳で小突いた。

「潔く負けを認めろ。こいつがすぐ後ろまで迫っているのに、最後まで気付かなかったおまえの落ち度だ。もし壺が割れていたら、それこそおまえの首が飛んでいたかもな」

「くっ……!! こ、このような……」

 怒りに歯噛みしながら、彼は部下をねめ回した。

「何をしておったかッ!! やすやすと背後を取られおって!!!」

「おいおい、部下を責めるのは酷だぞ、おまえだって俺にばかり気を取られていただろうが。それに、こいつは元盗人だ。忍び寄ることにかけては、おまえ達など足元にも及ばんよ」

 シンハはにやにやしながら、リーファの肩を抱き寄せる。賊(?)は渋い顔になった。

「盗人ですと?……では、噂はまことでしたか。西方で拾ってきたという……」

 そうだ、とシンハは答えてから、リーファに向かってやっと説明してくれた。

『リー、紹介しよう。この短気なおっさんは王室近衛隊・隊長、ベシエ=ドーズ。普段はラウロで先王陛下やほかの王族を警護しているんだ』

『へえー……宜しく、って感じじゃねーから挨拶はいいかな?』

 曖昧に応じて、リーファは軽くぺこりと会釈する。ベシエは不本意そうに、ちょっと顎を引く程度の礼を返した。シンハは面白そうに二人を見比べつつ、ベシエには理解できないのをいいことに、内情をぶっちゃけていく。

『本来は近衛隊は国王を優先するものだが、何せ俺はこの通りだからな。シエナの警護は副隊長のマチアスが担当してる。だがそうは言っても、警護が適当でいいってことにはならん。で、たまにこうして隊長が襲撃してくるわけだ。前の時は使用人を人質に取られてな、救い出すのに手間取った』

『だから今回は、わざとおまえの身辺を手薄にして、皆の方を逃がした、と』

『おかげで一網打尽、というわけだ』

 得意げなシンハを、リーファは胡乱な目で睨んだ。そして、

『この、ど阿呆!!!』

 怒号一喝、渾身の力で脛を蹴飛ばしてやる。さすがにシンハが怯んだところへ、リーファは羞恥と憤激を一挙に浴びせかけた。

『だったらそうと、なんでオレにも知らせとかねえんだよ!! 騙しやがって、むちゃくちゃ焦ったんだぞ! 壺が値打ちもんだとか考える暇もなくて、本当にこれで誰かの頭かち割ってたらどうすんだボケッッ!!! そんなに自分が強いって自信があんなら、ロトもどっかに避難させとけ、見ろよ怪我してんじゃねーか!』

 馬鹿、間抜け、考えなしの頓馬、南瓜頭!!

 ありとあらゆる罵声を投げつけられて、シンハは少々悲しそうに小首を傾げる。リーファは真っ赤になって地団駄を踏んだ。

『そんな顔しても駄目だからな! 本当に、心配して損した、大恥かいた!! 二度と助けねーからな!!』

 喚くリーファとは対照的に、襲撃部隊の近衛兵らの表情が緩んでいく。言葉は分からずとも、二人の表情と態度から関係はおよそ知れるというものだ。やがて誰かがプッとふきだし、くすくす笑いが広がった。シンハは情けない顔で彼らを見やり、ため息をついてリーファに向き直った。

『すまん、俺が悪かった。騙すつもりはなかったが、知らせ忘れていたんだ。次からはちゃんとする。……加勢してくれて、助かった』

 宥めるのでも取り繕うのでもなく、真摯な感謝を込めた微笑。

 リーファは耳まで赤くなって、ぷいとそっぽを向き、

『ひとつ貸しだからな!』

 ぶっきらぼうに言い捨てて、逃げるようにその場を離れた。

 微笑ましげにその背中を見送っていた近衛兵らが、和やかな雰囲気で作戦終了のしるしに覆面を取る。壺を元の位置に戻し、各自乱れた衣服を整え、負傷者に手当ての必要を確認して。

 ベシエはそんな部下の様子を眺め、ふうっとため息をついた。

「まあ、盗人というのは感心しませんが、危険を顧みず助けに来る辺り、見上げた忠誠心ではありますな。相変わらず陛下は、目下の者を味方に引き込んでしまわれる。あの少年も、いずれ陛下のお役に立つことでしょう」

 しみじみとしたベシエの言葉に、シンハは失笑を堪えて妙な顔をする。それには気付かず、ベシエは真剣にひとつの助言をした。

「その為には、もっとしっかり食べさせてやらねばなりませんぞ。あんなに細くて小柄では、壺は投げられても、剣と盾は装備できますまい」

「ちゃんと食わせてやれというのは同感だが」

 シンハはぐふっと妙な声を漏らした。そして、意地悪く間を置いて一言。

「あの元盗人は、小僧でも小童でもなく、小娘なんだよ、ベシエ」

「……私をからかっておいでですね、陛下」

「俺が嘘をついていると?」

 とぼけたシンハに、ベシエはしかめっ面を見せ、黙ってやれやれと首を振ったのだった。

 その彼が真実を知って驚愕するのは、また後日の話――。



(終)

元はサイトの四月馬鹿企画として書いたSSでした。騙し騙されネタ。

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