表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
2/36

二章 お貴族様の事情(1)


   二章


 一番隊の担当する街区は、城の敷地に隣接する王都の北東部分である。

 最北の高台には街の生活用水を賄う貯水塔がそびえ立ち、中央大広場に接する南端には、議会や裁判の場となる市庁舎がある。その間を埋めるのは主に貴族の屋敷だ。

「でっけえ家だなぁ……」

 化粧漆喰の白壁がまぶしい。リーファは街路に佇み、しみじみつぶやいた。

「金ってのは、ある所にはどんどん集まるんだよな」

 そしてない所には、一向に寄り付かないものなんである。リーファは自分の懐具合を思い出して、一抹の侘しさに遠い目をした。

 レズリア国の貴族たちは、普段はそれぞれの領地に暮らしているが、定期的に王都へ上り、国王に伺候しなければならない。忠誠の証を立てるためと、実際的な政務の必要上からである。

 貴族の当主がいない間、館は名代として遣わされた者が管理している。たいていは当主にごく近い血縁者だ。

 そんなわけで、付近一帯は広々とした敷地に瀟洒な建物、斬新美麗な庭園が続き、街路の隅にゴミが落ちているということもない。絵に描いたような美しい町並みだ。

 さて、この区画のどこに試験官がいるのか。

 リーファはすれ違う人々を観察しながら、ゆっくりと巡回を始めた。

 館の使用人がせわしなく行き交い、時々貴族の誰かを乗せた馬車がガタゴトと通り過ぎて行く。

 王都シエナは、城が建つ丘の南の裾野に広がっている。そのため、城に近い屋敷街はゆるやかな斜面に立地しており、自然と他の街区を見下ろす格好になっている。そんな辺りにも、階級の違いがあらわれているわけだ。

 てくてく歩き続けたが、なかなか試験官らしき人物には出くわさない。うららかな春の陽射しとともに、時間だけが移ろっていく。

 いつしかリーファは目的を忘れて、それぞれの屋敷をじっくりと観察していた。

 繊細な装飾があちこちに施されたひとつの館は、庭一面に多種多様な薔薇がこれでもかと植えられており、門扉の上にも蔓薔薇のアーチが出来ていた。

 ちょうど花の季節なので、華やかな色彩と甘い香りが一帯にあふれている。

 とは言え、リーファが考えたのは別のことだった。

(ふーん、ここは侵入しやすそうだな)

 柵には蔓薔薇が這わせてあるが、隙間がないわけではない。忍び返しも控えめだし、多少の引っ掻き傷を覚悟すれば乗り越えられるだろう。

 庭に入れば、所狭しと植えられた薔薇が、身を隠す格好の遮蔽物になる。リーファは外から観察して侵入経路を考え、それからふと苦笑した。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。

 そのまま薔薇屋敷を通り過ぎかけた時、一人の男が庭を眺めているのに気付き、リーファは足を止めた。

(園丁かな?)

 それにしては妙な気もする。小柄なのに人目を憚るような猫背で、暗い金髪の頭はぼさぼさだ。服も汚れて継ぎ当てだらけ。屋敷付きの園丁なら、もう少しましな格好をしているだろう。

「なあ、そこのあんた」

 軽い口調で声をかけると、相手はぎょっとして身を竦ませ、きょろきょろした。他の人影がないと分かると、自分の事かと問うように、おずおずとこちらを窺う。

「何やってるんだ?」

 リーファがゆっくり歩み寄りながら問うと、男は目をそらして口ごもった。

「いや、あの……あんまり、見事な薔薇なんで……つい」

「確かにね。もしかして、花が欲しいのかい?」

 言いながらリーファが遠慮なく男を観察すると、相手は縮こまって「はぁ」とうなずいた。

「花一輪でも勝手に取ってったんじゃ、騒ぎになりかねないだろ。欲しけりゃ館の誰かに頼んでみなよ。これだけ咲いてるんだから、頼めばケチったりはしないさ」

 たぶんね。リーファは内心でそう付け足し、通用門があるのはどっちかな、と左右を見渡した。なんなら一緒に頼んでやろうか、と言うつもりだったのだ。しかし、

「い、いいんですもう、お構いなく」

 慌てて男はそれだけ言い、ばたばたと走り去ってしまった。

「……なんだかね」

 内気な花泥棒もいたもんだ、とリーファは首を傾げる。

 念のために男が立っていた辺りを観察してみたが、これといって不審な点はなかったので、そのまま巡回を続けることにした。少なくとも、あれが試験官だということはないだろう。

 次に通りかかった館は、無骨だが落ち着いた雰囲気があった。こちらは主の趣味か、あまり植え込みがないので侵入しにくい。身を隠せないし、樹木や蔦を利用して階上の窓にとりつくことができないからだ。

(んー……ああでも、そうだな、裏なら行けるかもしれない。夜間ならあそこの壁から……)

 物騒なことを考えつつ、正面の門に差しかかる。衛兵が二人、リーファの制服を認めて軽く敬礼した。

「ご苦労さん」

 リーファも礼を返し、そのまま行き過ぎようとした。が、その時。

「警備隊員に女がいたってのは聞かないけど……」

 門衛の一人が遠慮がちに声をかけてきた。リーファは足を止め、くるりと向き直る。

「時間が空いてるなら、お嬢様の相談に乗って差し上げてくれないかな」

「そりゃ、構わないけど」これが試験なのかな?「ただオレは、警備隊の制服は着てるけど、その……見習いみたいなもんで、何の権限もないんだよ。それでも良ければ」

 用心深く答えたリーファに、門衛は鷹揚な笑みを見せた。

「いや、そんなに大事じゃないんだ。ただどうも、男には話せないそうで」

「……はァ」

 なんだそりゃ、とリーファは目をぱちくりさせた。

 門衛に案内されて館に入ると、召使が来て引き継いでくれた。広いホールを横切り、居間に通される。

 立ったまま待っていると、じきに明るい色彩のドレスを着た少女が一人、ぱたぱた小走りにやって来た。貴族の令嬢にしては元気がいい。まだ十一、二歳といったところだろう。

「あなたがリーファ?」

 開口一番そう言われ、おや、とリーファは軽く目をみはった。まだ自分はこの館の誰にも名乗っていないはずだ。するとこの少女が試験官の一人ということか。

(子供のお守りは苦手なんだよなぁ)

 しかしこの際、贅沢は言っていられない。リーファは急ごしらえの見えない礼服を素早く身にまとった。

「そうです。何かご相談があると伺いましたが?」

 少女の機嫌を損ねないように、膝を折って視線を合わせる。少女は尊大にソファを指してリーファを座らせ、自分も向かいにぽすんと腰を下ろした。

「さてと。私はミナ=リュードよ。頼みたい事っていうのは、つまりその……ある物を取ってきてほしいの」

 さも重大事のように切り出したミナに、リーファは感情をあらわさないまま、小さくうなずいて先を促した。ミナは声をひそめ、ためらいがちに続ける。

「鳥か猫が、屋根の上に持って行ってしまったみたいなの。とても大事な物なんだけど」

「どんな物なんですか」

「絶対に秘密にしてくれる?」

「誓って」

「じゃあね……」

 ひそひそ、と打ち明けられた内容に思わずリーファは笑いかけ、慌てて真顔を取り繕った。そして、お任せ下さい、とうなずく。

 ミナはほっとした表情になり、彼女を自室のバルコニーまで連れて行った。

「時々ここから猫が出入りしてるの。この上辺りだと思うんだけど、梯子がいるかしら」

「ああ、このぐらいなら大丈夫ですよ」

 リーファは答えると、手摺りに足をかけ、片手で庇をつかみ、ひょいひょいっと身軽く屋根の上に飛び移った。仕事にかかる前に下を覗き込み、目を丸くしているミナにひらひら手を振って見せる。

「さて、と……うっぷ」

 立ち上がった途端に吹き付けてきた風に、リーファは顔をしかめた。屋敷も広ければ屋根も広い。突き出た屋根窓の陰に鳥が巣をかけていたり、日当たりのいい場所で猫がうたた寝していたりと、賑やかだ。

 リーファは用心しながら、スレートの隙間や鳥の巣を覗いていく。ほどなく目当ての物が見付かった。

 屋根窓の桟にひっかかった、きらきら光る小さな瓶。

「あった、あった」

 ひょいとつまんで陽にかざす。ミナが言った通り、神殿で売られている恋愛成就のお守りだ。リーファは苦笑をこぼしてから、ベルトにつけた小さな革袋にそれをしまった。

 さて戻るか、と体の向きを変えた途端、彼女は目をみはった。

「うっ……わー……」

 絶景、という言葉は声にならなかった。ちょうどそこからは、王都がすっきりと一望出来たのだ。

 なだらかに下っていく町並みの、屋根、屋根、屋根。南からの風を受けて、館の庭に植えられた木々がざわめき、新緑がきらめく。その風が運ぶ、街の音。人々のおしゃべり、犬や家畜の鳴き声、神殿の鐘。どこかで誰かが歌っている。

 無意識に、リーファは腰を下ろしていた。

 二人の門衛が小さな玩具のように見える。石畳の白い道が広場へと続き、広場から市門へ、さらに外へと伸びて行く。

 壁に囲まれた街の外には、豊かな緑の大地と、悠然たるシャーディン河の流れ。街道を行く荷馬車が蟻のようだ。

「気持ちいいなー」

 うん、と深呼吸。それからふと屋根に手をつき、指先が触れた妙な感触に目をぱちくりさせる。はてなと見ると、正体はお菓子のかけらだった。

「ふーん……なるほどね」

 指についた蜂蜜の匂いを嗅いで、リーファは一人うなずいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ