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王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
16/36

九章 探し物発見(1)


     九章


 翌日になって出直したリーファは、正門で守衛に呼び止められた。昨日とは打って変わって深刻な顔つきで、開口一番、彼は告げた。

「学長がいないんだ。昨日から」

「どういう事だい? 詳しく説明してくれよ」

「学長はこの敷地内の離れに住んでらっしゃるんだが、ゆうべはお帰りにならなかったらしいんだ。奥さんが心配して、警備隊に探してくれと頼みに行ったんだが、何か向こうも忙しいらしくてな。一晩ぐらい、図書館で徹夜でもしたんじゃないのか、って具合で、手が空いたら人を寄越すとは言ったが、いつになるか」

 リーファはちょっと考え、それからふと思い当たって言った。

「あのさ、オレの試験官って学長だろ?」

 守衛は明かすべきか否か躊躇したが、それも一呼吸の間だけで、すぐにうなずいた。

「何か心当たりがあるのか?」

「あるような、ないような……。最初の問題に『私の居所まで辿り着けたら』って書いてあったろ? だから学長は、万一自分だとばれた時のために、学長室じゃなくてどこかに隠れてるんじゃないかと思ったんだけど」

 そこまで言ってから、我ながらその仮説が馬鹿らしくなった。

「でも、晩メシ抜きで隠れんぼ続行なんて、あり得ないよな。むしろ隠れ場所で何か困ったはめになってんのかも知れない。ほかに手掛かりもないし、急いで試験問題を解いちまおう。あんたも手伝ってくれ」

 リーファは昨日の紙片を取り出し、書かれた文章を読み上げた。

「『学び舎の古老の冠の中』。あんたには何のことか、分かるかい」

 紙片を受け取り、守衛は「ああ」とうなずいた。

「古老ってのは、楡の木だ。学院が建つ前からこの土地に生えてたって話でな。ほら、そこだ」

 彼が指さした先に、巨大な木の梢が建物の屋根を越えて広がっているのが見えた。

「わかった、ありがとう」

 リーファは礼も言い終えぬ内に走りだす。守衛が大声でそれを止めた。

「待ってくれ、俺も行く!」

「あんたは仕事があるだろ!」

 リーファは足を止めずに怒鳴り返し、そのまま巨木を目指した。

 堂々たる楡の木は、確かに古老と呼ぶに相応しい威容を誇っていた。そこだけは異なる時間が流れているように、森閑としている。しかし残念ながら今は、見とれていられる状況ではない。リーファは首をのけぞらせて巨木を仰ぎ、口をぽかんと開けた。

「冠……って、あれか?」

 遥か高みに、ヤドリギなのか鳥の巣なのか、もさっとした塊が見える。

「あそこまで登れってのかよ……」

 眩暈がした。が、ことは単なる試験にとどまらなくなっている。場合によっては人命にかかわるかも知れない。リーファは渋る手足を叱咤し、気合を入れてよじ登り始めた。

 枝はもちろん、節やうろをも利用して、慎重に、しかし急いで手足を動かす。

 やがていい具合に枝が広がった場所に出ると、リーファはほっと一息ついた。ここからなら『冠』にも手が届く。足元に注意しつつ腕を伸ばして古い鳥の巣の中を探ると、カサリと大きめの紙片が指に触れた。

「やれやれ、ふう……まったく人騒がせな学長さんだよ。シンハの奴と言い、リュード伯と言い、座長のじいさんと言い……こんなふざけたお偉いさんばっかりで、この国は大丈夫なのかね」

 太い枝をまたいで座ったはずみに下を見てしまい、地面の遠さに目がくらみそうになる。慌てて枝にしがみつき、目をそらした。

「うへぇ……こんなとこまで学長も登ったのか。とんでもねえじーさんだな」

 呆れて独りごち、落とさないように用心しながら紙片を開く。そこには一言。

 『横を見ろ』

「あ? 横?」

 端的な命令に従い、首を回す。右でも左でも、この高さで水平方向の視界に入るのは、学院の一番高い塔だけだった。そのてっぺんの部屋の窓に、何か動く影がある。

「あそこか」

 リーファは紙片を口にくわえ、大急ぎで降り始めた。途端に、

「うわ!」

 焦ったせいで足を踏み外し、一瞬、ふわりと体が宙に浮く。口から落ちた紙片がどこかへ飛ばされて行くのを妙に鮮明に捉えた直後、衝撃が全身に襲いかかった。

 小枝が折れ、葉が舞い散る。ガサガサバキバキと滝のような音の中を落ちながら、とにかくどこかに掴まらなければ、と必死でもがいた。体のどこに何がぶつかったのか、感じる余裕さえない。

 ガスッ、とひときわ大きな衝撃がきて、やっと落下が止まった。と思う間もなく視界が暗くなっていく。

「リー!」

 馴染んだ声が名を呼ぶのを聞いた気がしたが、もはや自分が落ちているのか浮いているのかも分からなかった。


 ふんわりと暖かい春風に包まれる感覚がして、気が付くと薄目を開けていた。

「あー……花畑が見えた……」

 ぼんやりそうつぶやくと、途端に「馬鹿」と叱られた。この声は誰だっけ、と考える間もなく、額にコツンと相手の額がくっつけられる。黒髪が視界を遮り、やっとリーファは状況を理解した。

「シンハ? なんでこんなとこに」

 徐々に体の感覚が戻ってくる。シンハが小さな吐息をもらし、そっと額を離した。ようやく彼の顔に焦点を合わせ、リーファは思わず口を滑らせた。

「泣いてんのか?」

 返事代わりに、べちんと平手で目隠しをされた。リーファはその手をひっぺがし、慌てて起き上がる。シンハに抱きかかえられているのが分かり、恥ずかしくなったのだ。

 が、いきなり立とうとしたのは無茶だった。ガクンと膝が抜け、支えを求めて手が宙を泳ぐ。結局リーファはまたシンハに支えられ、ぺたんと座り込んでしまった。

「なんて無謀な真似をするんですか」

  静かだが厳しい男の声が降ってきた。見上げると、銀髪に縁取られた優美な顔立ちが目に入る。魔法学院の学院長、セレム=フラナンだ。リーファは改めてぐるりを見回し、その顔触れに気圧された。シンハとセレムだけでなく、ディナルもいる。それに、臙脂色の制服姿の警備隊員が五、六人。

「いったい、何が」

 困惑するリーファに、シンハが説明した。

「例の猫背の男を、この近くで見かけたという情報が入ってな。探していたら学長が行方不明だと知らされて、もしやと思って駆けつけたところだった」

 そこまで言い、彼はもう一度、今度は深い吐息をついた。

「死ぬかと思ったぞ、まったく……」

 その深刻な声に、リーファは返事に困ってうろうろと視線をさまよわせた。茶化してごまかせる雰囲気ではないのだが、あっという間のことで怖がり損ねてしまったのだ。結局、曖昧な口調で謝るしかなかった。

「ごめん、ちょっと焦り過ぎた。今度から気をつけるよ」

「出来れば危険を冒す前に、誰かに相談して貰いたいものですね」

 手厳しく言ったのは、セレムだった。リーファは命の恩人相手に反論もできず、ごもっとも、と身を縮こまらせる。

 冷静に考えていれば、年配の学長が自力で木登りをしたわけはなく、何らかの安全な手段を用いたのだと気付いた筈だ。とんでもない爺さんだ、などと呆れていた己が迂闊だったのである。リーファはひとまず反省した後で、セレムがここにいる理由を察して顔を上げた。

「そうか、学長は自分で登ったんじゃなくて、あんたの魔術でなんとかしてもらったわけだな? それであんたがここにいるのか。学長の行方を調べるために」

 もう気分を切り替えてしまったリーファに、セレムは眉を寄せたが、小言を追加するのは諦めて補足説明した。

「ええ。あなたの試験問題を隠すのを手伝いましたのでね。何か手掛かりになるのではないかと、取りに来たんです」

「それならもう見付けたよ。どっかに飛んでっちまったけど、あの塔を示してた。窓に何かが動くのが見えたから、あそこにいるんだと思う」

 リーファは木の上から見た塔を指さし、窓があるのを確かめた。シンハがうなずき、ディナルが部下を連れて走りだす。リーファも立ち上がろうとしたが、

「あなたはまだ休んでいなさい」

 セレムの言葉で押さえつけられてしまった。

「肩は外れていたし、足も骨にヒビが入っていたんですよ。首と背骨が無事だったのは、運が良かっただけです。いくらあなたが身軽でも……」

「分かった、悪かったよ、ごめん謝るスミマセンもうしません」

 小言を遮って言い、リーファは降参のしるしに両手を上げた。シンハが背後で失笑する。リーファはそれを振り返り、おどけて眉を上げた。

「国王陛下を椅子代わりにしちまって、悪いね」

「構わんさ。セレムが治療はしてくれたが、しばらく安静にしていた方がいい。治癒術は体に負担がかかるからな」

「……それってつまり、治ってんのか治ってないのか、どっちだい」

 リーファが素朴な疑問を口にすると、シンハは声を立てて笑いだし、魔術の権威であらせられる御方は渋い顔になった。セレムはその表情をごまかすように塔を振り仰ぎ、事態の行方を見守っている風情を装う。リーファも彼の視線を追い、それからふと不安になってシンハを見た。

「あの猫背の男を捕まえちまっていいのかい? 泳がせて本体を捕まえるって言ってたのに、こんな派手に捕り物したら、親玉にもバレるだろ」

「いいや」シンハはにやっとした。「俺たちは、学長を探しに来ただけだからな」

 含みのある声が終わるか終わらぬか。塔の窓が開かれ、警備隊員が顔を出した。

「学長を見付けましたよ、陛下!」

「他に誰かいたか?」

 シンハが大声で問うと、いいえ、との返事。それを聞いてシンハは満足げにうなずき、ゆっくり立ち上がった。

「よし、じゃあ俺たちも行くか」

 腕を支えられながら、リーファは目をぱちくりさせて、よたよた歩きだす。自分の足でなくなったように、うまく動かない。心配になってセレムを見ると、相手は苦笑した。

「じきに元通りになりますよ。少しの間だけです」

「そうか、良かった。仮にも学院長が失敗したんならヤバイだろ、と思ってたんだ」


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