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王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
11/36

七章 夢を抱く街(1)


    七章


 城を出たリーファは、とりあえず試験会場である四番隊の受け持ち街区、通称劇場街へ向かった。

 先代国王の治世初期に完成した大劇場をはじめ、昔ながらの小さな野外劇場がいくつもあり、劇場関係者が住人の大半を占める。残りは、彼ら相手に衣食住を商う人々だ。

 それ以外に往来する者はといえば、派手派手しく飾り立てた幌馬車に一切合財を詰め込んだ集団があった。横木に吊るされた鍋がガランガラン騒ぐ一方で、鳥籠の鶏が鳴き、御者台では男が声を張り上げて客引きの口上を述べている。

 リーファは道の脇に避け、荷台の子供たちに手を振ってやった。

「旅芸人か」

 どこも同じだな、とほろ苦い笑みを浮かべる。国にも街にも属さず、旅を続ける根無し草。大概は地方の小さな村や街でささやかな娯楽を提供しているが、たまに都を訪れ、それなりの劇場で公演する一座もあるのだ。

 口上の声が遠ざかり、通りの喧噪が戻って来る。リーファは周囲を見回して考えた。

(陰でこそこそ何かするには、やりやすい場所かもな)

 よそ者が多く、人の入れ替わりも激しい街。こっそり入り込んで用だけ済ませて立ち去れば、誰にも気付かれない。

(とは言っても、どこから手をつけたらいいやら)

 漠然と歩いていた足を止め、効率を考え直して広場に戻った。中央広場から放射状に伸びる大通りを歩きながら、横道を一本ずつ当たって行けば、二度手間が省けるだろう。

 さて、とリーファが南に向かう大通りに足を向けた時、

「ちょいとすみませんがねぇ」

 嗄れた声がそれを引き留めた。振り返ると、腰の曲がった白髪の老人がひとり、杖を頼りに近寄って来るところだった。

 すわ試験官かと身構えたものの、それにしては少々お年を召されているようだ。足取りがなんともおぼつかない。それに、何が入っているのかパンパンに膨れた鞄を肩に提げている。旅行者か、あるいはその鞄だけが全財産の浮浪者か、どちらかだろう。

「お嬢さん、警備隊の人ですかな。実は、家を探しとるんですがのぅ」

「家……ですか?」

 リーファは訝しげな顔になった。自宅を探しているわけはなかろうから、売り物件ということだろうか。目をぱちくりさせたリーファに、老人はふがふがと何度もうなずいた。

「家というか、人というか……そのぅ、昔の知り合いを訪ねて来たんですがの、道順やら何やらを、忘れてしまいましてな」

「ああ、なるほど」

 納得したのも束の間、嫌な予感にぎくりとたじろぐ。案の定、老人は人の良さそうな顔に皺を寄せて、懇願の表情を作った。

「すみませんが、一緒に探して貰えませんかのぉ」

「もちろん、手伝います」

 臙脂色の制服にかけて、否とは言えない。リーファは精一杯愛想良く微笑んだ。

「何か覚えている事はありませんか? どこの近くとか、通りの名前とか」

「それがさっぱりでしてなぁ……見ればわかるんですが。一度は行った事がありますでな、そのぅ、建物の見た目やら通りの景色やらは、覚えとるんですが」

「……そうですか」

 初っ端からなんとも意気阻喪させられる話である。リーファは肩を落とした。

「どんな建物でした? 何か特徴があれば、この界隈に詳しい人に訊けば分かるかも」

「そうですな、そのー……ほら、あれですわ。こう……それ、その」

 老人はもどかしげに何か示すような手つきをしたが、アレやらソレやらでは、流石にリーファも想像がつかない。しばらく彼はもぐもぐ言った後で、がっくりうなだれた。

「ああもう、すっかり耄碌しておるわい。情けないのう。頭には浮かんどるんですよ、くっきりとね。それがどうも、その、言葉にするとなると……うーむ」

「わかりました。いいですよ、じゃあ通りをひとつずつ当たって行きましょう。何か思い出したり、ここは見覚えがあると思ったりしたら、教えて下さいね」

 リーファは根気よく言って歩きだした。が、しかし、数歩進んで立ち止まる。老人の歩みは亀といい勝負だったのだ。

「すみませんのぉ」

 ふがふが、と彼はまた謝罪する。リーファは慌てて首を振った。

「いえ、こちらこそ、せっかちですみません。焦ることはありませんから、ゆっくり行きましょう」

 試験の制限時間は充分に余裕がある。どのみち通りを順に調べるつもりだったし、この老人の足に合わせていれば、見落とすものなど何もないに違いない。

(うっかり慌てさせて、じいさんがコケたりしたら、大変だしな)

 気をつけよう。リーファは今にもつまずきそうな老人をちらりと横目に見やり、不安げに眉をひそめた。

 こうして忍耐を要する作業が始まった。

 老人はしょっちゅう立ち止まり、何かを思い出そうとするように、左右の建物を見上げたり路地の奥を覗き込んだりした。リーファもその度に足を止め、一緒になって周囲を観察する。不審な人物はいないか、怪しげな荷物が置かれていないか。

 こういう事は、それこそ警備隊員が総出で引き網式に捜査すれば良いのだろうが、あいにく今は、そんな大々的なことをして魚を取り逃がすわけにはいかないと来る。

 早々と地道な作業に飽きが来て、リーファはこっそりため息をついた。と、まるでそれが聞こえたかのように、

「お嬢さん」

 唐突に老人が呼んだ。リーファはどきりとしたものの、何食わぬ顔で振り返った。老人は数歩離れたところにいて、小首を傾げたままこちらを眺めている。

「どうかしましたか?」

 リーファが戻りかけると、老人は手でそれを制した。そして、ふむふむと何やら納得する。リーファが訝っていると、彼は不意にくしゃりと笑み崩れた。

「なかなか絵になる光景ですなぁ」

 がく、とリーファは脱力し、路面に懐きそうになった。そんな彼女にはお構いなく、老人は一人ご満悦である。

「勇ましいいでたちの乙女が、細い通りで悪漢どもと渡り合う。芝居に出てきそうではありませんかのぉ」

 ほっほっ、と彼は笑い、ご覧なさいと言うように、ぐるりを手で指し示した。リーファは半ば呆れつつも、その手につられて首を巡らせる。

「はあ……なるほど」

 不覚にも納得してしまった。

 微妙に曲がりくねった、石畳の道。両脇に迫る建物の壁。横道は近付くまで見えず、もちろんそこに誰かが潜んでいても分からない。悪漢どもに追われた主人公が、機転をきかせて一人ずつ待ち伏せし、倒して行く場面が目に浮かぶ。

「確かにここは、隠れんぼがしたくなりますね」

 リーファがにやっとすると、老人は我が意を得たりとうなずいた。そして、懐かしそうな優しいまなざしで再び周囲を眺める。リーファは小首を傾げた。

「この場所に覚えが?」

「いやぁ、全然ありませんがのぉ。昔に見た芝居を、思い出しましてなぁ」

「…………」

 このジジイ。唸りたいのを辛うじて堪え、リーファは眉間を押さえた。果たして自分の忍耐力は最後までもつだろうか。

「うちのばあさんと、一緒に見たんですわ。その頃は二人とも若かったんですがね」

 嬉しそうに老人はのろけだす。村で一、二を争う美人だったという妻のこと。結婚して出来た娘の可愛らしかったこと、息子がやんちゃで手を焼いたこと。

 年寄りの昔話に、リーファはひたすら辛抱強く付き合っていた。とはいえ、

(何やってんだ、オレ……)

 一抹の空しさが胸をよぎるのは、どうしようもなくて。そんな時には、自分でも気付かぬまま上の空になっていた。


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