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王都警備隊  作者: 風羽洸海
本編
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六章 まずは情報整理


    六章


 とは言ったものの、一夜明けて興奮がおさまると、さすがにリーファも行く手の困難に気付かざるを得なかった。

「一人じゃ無理だな……」

 服を着替えながら、つぶやきを洩らす。

 密売人をとっ捕まえてやる、とは言ったものの、それにかまけて試験に落ちでもしたら本末転倒だ。しかし試験を優先するなら、一人ではろくな調査ができない。

 もちろん、独力で成果を上げられたら素晴らしいのに、とは思う。だが、それが無理なら意地や見栄を張っても仕方がない。既に調査を進めているというロトやシンハ本人から、必要な情報を得て効率よく動く方がいい。

 よし、と決めると同時に、ノックの音が響いた。毎朝食事を持って来てくれる女中だ。住み込みの使用人たちは専用の食堂ですませるのが普通だが、リーファの養父は図書館司書というそれなりの地位にあり、なおかつあまり体が丈夫でないため、自室まで運ばせている。リーファもそれに相伴しているわけだ。

 ドアを開けると、いつもの女中が一礼した。ワゴンを押して室内に入り、慣れた手つきで皿や鉢を並べる。それから彼女は、いつものように出て行く……かと思いきや、ふとリーファを見つめて微笑んだ。

「どうかしたかい?」

 リーファはきょとんとして首を傾げる。顔に枕のしわでもついているとか、髪に妙な寝癖がついているとか? だが女中は「いいえ」とくすくす笑いながら首を振り、

「頑張って下さいね。料理長から、苺のおまけです」

 などとにこやかに言って、訝るリーファを置き去りに退室した。

 何なのだ。入隊試験の激励か? 確かにテーブルには、つややかな赤い苺を盛った小鉢が置いてある。いつもなら果物があるとしてもこんなにたっぷりはない。

「まあ、くれるもんは貰っとくけど……」

 釈然としないまま、苺をひとつ取って口に入れる。色に負けない、深い甘味だった。

 朝食後、リーファはまずロトを訪ねることにした。国王の政務を補佐する必要がなく、脱走した国王を捕獲しに走り回っているのでもない時は、自室にいるはずだ。つまり実質的には滅多に部屋にいないわけだが。

 廊下を歩いていても、すれ違う召使たちが妙にこちらを見ている気がする。リーファは落ち着かない気分で、意味もなく髪をいじったり、袖口や裾を引っ張ったりした。

 目指す部屋に着くと、リーファはあまり期待せずにノックした。するとありがたいことに、「どうぞ」と当人の声が返ってきた。

「邪魔するよ」

 リーファが入ると、ロトは机に向き合ったままちらり視線をくれ、「やあ」と短い挨拶をした。心なしか態度がよそよそしい。リーファは用件を切り出そうとしていた口を一旦つぐみ、「あのさ」と問うた。

「オレ何か、変な事したかな? 今朝から顔を合わせると皆が妙に笑うし、あんたは何だか……素っ気ないし」

「僕はただ疲れてるだけだよ」

 ロトは言い、億劫そうにソファを示した。リーファがおずおずと座ると、ロトは顔をこすってから向かいに座り、ため息をつく。

「ただでさえ忙しいのに、昨日の夕方からこっち、皆が君と陛下の仲について、ありもしない話を僕から聞きたがるんだからね」

「……は?」

 何だそれは。リーファは顔をしかめ、首を捻る。ロトはそんな彼女の表情を胡乱な目つきで眺め、うんざりと言った。

「君が陛下に求婚したって噂になってるよ」

「なッ!? 何だよそれ!」

「持参金代わりに、王都の悪党を一網打尽にしてやると言った、とか」

 あくまでロトは淡々と述べる。リーファはすっかり動転してしまった。

「なんでそんな話になってるんだよー!」

「そりゃ、あんな大声で好きだの何だの言えば、噂になるさ。聞きに来た人たちには、否定しておいたけどね。効果のほどは怪しいな」

「ああああぁぁぁ」

 リーファは頭を抱えてしまった。違う、そんな意味で言ったのではないのだ。しかし表面だけ見れば、誤解されても仕方のない台詞ではあったわけで。

(って、ちょっと待て! まさか)

 はっと我に返り、リーファは顔を上げた。

「その……シンハは、何て言ってる?」

 よもやまさか。いや彼に限って誤解していることはあるまいが。

 びくびくしながらリーファが返事を待っていると、ロトは意地悪く間を置いてから、にやりとした。

「『人の話を聞かない奴が多くて困る』だってさ」

「はは……は……そうか、ならいいんだ」

「良くないよ」ロトが苦笑した。「そのせいで陛下は朝っぱらから先王陛下に呼び出されて、母后様から家令まで総出のお説教をみっちり頂いたんだからね。陛下も最初は誤解を正そうとしておられたんだけど、あんまり話を聞いて貰えないもんだから、最後には旅に出るぞなんて脅しをかけて黙らせてたよ」

「うわぁ……」

 リーファは苦笑いで嘆息した。つまり側近であるロトも、お説教大会に付き合わされたわけだ。不機嫌なのもやむなしである。

「ごめん、迷惑かけちまって」

「気にしてないよ。あの方々の心配も、わからなくはないしね。確かに君と陛下の仲の良さは、僕でさえ時々不安になるぐらいだ。二人一緒にいるところを見ていると、このまま歴代国王の肖像画の列に、夫婦の肖像としておさまってしまいやしないか、なんてあらぬ想像をしてしまう」

 ロトは軽い口調で言って肩を竦めたが、あまり冗談にはならない雰囲気だった。リーファは慌てて首を振ってそれを否定する。

「あんたまでそんなこと考えるのは、止してくれよ」

「君にその気がないのなら、僕も一安心だけどね」

 ロトの返事には、分かってるよ、大丈夫、という響きが添えられていた。リーファはそれだけを受け取り、陰に隠れているもう少し微妙な含みには気付かないまま、自分の話を続けた。

「心配する方がどうかしてるよ。たとえオレにその気があったとしても、実現するわけないだろ? しょっちゅう一緒にいるのは、何もそんな……」

 言いかけてふと、昨日のやりとりを思い出す。

「何もそんな、浮かれた事情からじゃない。と思う」

 不意に彼女の口調が沈んだので、ロトは怪訝そうに小首を傾げた。リーファは考えを整理してから、訥々とそれを口にのぼせた。

「まっとうな人間がそばにいることが、大事なんだって言ってた。特にあいつみたいな立場だと……って。なぁロト、やっぱりあいつ、王様なんて辞めたいんじゃないのかな。本当は嫌で嫌でしょうがないから、誰かを枷にして、自分を玉座に縛り付けてるんじゃないのかな」

「それは違う」

 即答したロトの口調は、思いのほか強かった。リーファが怯んだので、彼はもう一度、今度は穏やかに「違うよ」と言い直した。

「シンハ様は、王を務めることに喜びも感じておいでだよ。ただ、人に望みが持てなければ、苦しみばかり勝ってしまう。だから君のような人をそばに置きたがるんだ」

「望み……?」

「そう。考えてごらんよ、日々接するのがことごとく性根の腐った人間ばかりだったら、この国に愛情なんて持てるかい? 公金を出せば浪費するか横領する、仕事を与えたら手を抜くか不平ばかり言う。いくら法令を制定しても、抜け道や盲点を探し出して、人を騙し食い物にしようとする。この世にはそんな人間ばかりだ、と失望してしまったら?」

 誰がそんな人々を守るために戦うだろう。誰がそんな人々のために心を砕き、より良い生活を、より安全な国を、と考えるだろう。

(自分が水をやった苗木が、まっすぐに育ってくれたら――)

 シンハの言葉が脳裏によみがえる。あれは、リーファ一人を指していたのではなかったのだ。街によく行くのも、人々の中に望みがあると、自分のした事が無駄ではなかったと、その目で確かめたいからなのだろう。

 とは言え、むろん街には悪人もいる。だからこそ身近には、希望を思い出させてくれる者を置きたがるのだ。枷ではなく杖としてすがるために。

「あの人はどうも口下手だから」

 苦笑まじりのロトの声が、リーファの物思いを破った。顔を上げると、優しい光を湛えた碧い瞳がこちらを見つめていた。

「君を安心させるつもりで、かえって自分が重荷だと思わせてしまったみたいだけど、そんな理由だから。だから君は、気にせずここにいていいんだよ」

「うん……ありがとう」

 リーファは素直に礼を言う。ロトは幾分ぎこちない仕草で、彼女の頭を軽く撫でた。

「さて、それで、と。何か用があって来たんだろう?……と、訊くまでもないけどね」

 ロトは照れ臭いのをごまかすように咳払いすると、立ち上がって机の上から何枚かの紙を取って来た。そして、本題に入る前にちらりと皮肉っぽいまなざしをくれる。

「試験の方は大丈夫なんだろうね?」

「それは、まあ、なんとか。もう合格証は三枚手に入れたわけだし、残りもこの調子なら楽勝だよ」

「だといいけどね。あまり無理しないで、何か気が付いたら僕の方に知らせてくれるだけでもいい。それで充分役に立つんだから」

 そう前置きして、ロトは塩の密売について現在判明していることを教えてくれた。大方は昨日シンハから聞いた通りだったが、それに付け加える事がいくつかあった。

 まず、塩はどうやら一度、シャーディン河の上流にある街のどこかに隠されているらしい、という事。それを小分けにして船で王都へ運んでいるため、通常の積み荷検査では見付かりにくいらしい。

 東方で事態が発覚するまでに、王都でも何回か少量の塩が押収されていたが、どれもその船の乗員が単独で仕組んだ事とされ、罰金で放免されている。当然ながら、彼らは二度と王都へは戻って来ず、追跡調査しようにも足取りがつかめない。

「検査を厳しくしてからは、彼らのやりようも巧妙になってね。怪しいと睨んだ船はすぐに売られて改装されたり、船名まで変えられてしまったりする。どうせ仲間内での形式的な転売だろうけどね。そんなわけで、近頃はさっぱり見付からないんだ」

 ロトは渋面で唸った。すべての船荷を解いて逐一調べていたら、王都の流通が麻痺してしまうため、検査にも限度がある。あるいは既に、船以外の方法に切り替えているのかもしれない。

「それから、取引に使われる場所なんだけど、これも複数あるようなんだ」

 それらしい空き家や、貧民街の古物商――実態は故買屋――などを調べても、そこが定期的に使われていたという様子がない。塩のかけらが落ちていることもあれば、怪しい風体の男が出入りするのを見た、という証言もあるが、それが『しょっちゅう』ではないのだ。

「毎回場所を変えてるんだな」用心深いな、とリーファも唸った。「てことは、王都の地理に詳しい奴が場所を確保して、取引相手に知らせてるわけか」

「そういうこと。どうやって連絡を取り合っているのかが分かれば、後手に回らずにすむんだけどね。何か思いつかないかい、元盗っ人さん」

 ロトが疑問符代わりに眉を上げる。リーファは渋面を見せてから、真面目に答えた。

「うーん……オレたちが使ってたのは、口笛で鳥の鳴き声を真似たりして、逃げるタイミングや落ち合う場所を知らせてたぐらいだしな。あとは……えーと、仕草に別な意味をつけておいて、すれ違いざまに次の獲物を相談したりしてた」

 こんな風に、とリーファは軽く鼻に触れたり、頭を掻くふりで微妙な指の動きをして見せたりした。ロトは天を仰ぎ、お手上げの仕草をする。

「それじゃよほど運が良くないと、見付けられないな」

「そりゃそうさ、見付からねえようにしてるんだから」

 リーファは思わず失笑する。ロトは、笑い事じゃないとばかりにじろりと睨んだが、すぐに彼もふきだしてしまった。

「ごもっとも。君ならそういうやり取りには詳しそうだし、今回の連中が君の知らない方法を利用しているとしても、なんとなく気付きそうだね」

「絶対確実とは言えないけど、お仲間ならピンと来ると思うよ」

 リーファが請け合うと、ロトも「よし」とうなずいた。

「君は試験を続けながら、同時にそうした怪しい連中がいないか、目を光らせておいてくれないか。うまく尾行できそうなら、彼らの居場所や行き先を確認しておいてほしい。ただし」

「悟られるな、無理は禁物。……だろ?」

 分かってるって、とリーファは苦笑した。ロトは疑わしげな視線をくれ、ごほんと咳払いする。

「相手が今回の件に関係なさそうなら、とりあえず泳がせておいても構わない。あまり派手に捕り物をして、本命に警戒されたら困るからね」

「了解しました」

 リーファはおどけて言うと、わざと仰々しく敬礼する。ロトが嫌な顔をしたのを確かめてから、笑って部屋を後にした。


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