笑顔
私たちはいま、閑静な住宅街、大きなお家の前にいる。ここはミユキちゃんのお家だ。いまはご両親だけが住んでいる。
「なんか、緊張するね」
軽く吐きそうである。こんなことなら朝ごはん三杯も食べるんじゃなかった。服装ももっとちゃんとしたほうがよかったのかな。和服着てくればよかった。でもいまの体じゃ無理か。
私の心配をよそにおっさんは勝手にインターホンを押していた。明るい声が聞こえる。人の良さが伺える。さすがミユキちゃんのお母さん。
玄関を入るとご両親が出迎えてくれた。驚きの表情。そんなにわたしは似ているのか。長い沈黙をやぶったのはおっさんだった。
「まあ、玄関でお話しするのもあれなんで」
お前の家じゃないだろ。えらそうにすんな。
リビングに案内された。きれい。ちゃんと掃除している。あたりまえか。
「いやぁ、本当にびっくりしたよ。話には聞いていたけれど」
私はあなたのびっくりした顔を写真に収めて差し上げたいくらいの気持ちでしたよ、お父さん。
「そうね、結婚したってはなしを聞いた時には自分の娘のように喜びましたよ」
泣きそうな顔で言わないでよ、お母さん。
「今日はご報告と思いまして挨拶に参りました」
「使い慣れない言葉使うなよ」
「じゃあ」
私は咳払いをしてのどの調子を整えた
「赤ちゃんできちゃいました!」
驚きの表情。でもどこか嬉しそう。
そこからは大変だった。なぜかお父さん大泣き。つられておっさん号泣。すごい顔で泣くなって思っていたけれど一番ひどい顔をしていたのは私だった。別に嬉しくて泣いたわけじゃない。おっさんたちがあまりにすごい顔で泣くから笑い泣きしたんだ。私が泣き止むころにはみんな笑顔だった。
帰り道。行きはタクシーだったが、なぜか帰りは歩いた。そういう気分だった。
私たちは昔の話をしていた。おっさんとはいろいろな場所へ行った。学生時代はおっさんとの思い出ばかりだ。それほど私たちは同じ時間を過ごしたのだ。
駅に着く。もう着いてしまった。あまりにはやいお別れ。
「家まで送っていこうか?」
「このあと旦那とご飯食べる約束しているの」
「そっか、じゃあここで」
「うん、またね」
私たちはなぜかそこにとどまっていた。別れを惜しんでいるのだろうか。いつでも会えるのに。好きなときに会うことができるのに。
「いま、幸せ?」
彼が問う。
私は答える。
「幸せだよ!」
これは二者択一なんかじゃない。一方の選択肢が選べなくて、選ばざるをえなかった選択肢じゃない。
猛烈に。
単純に。
どうしようもなく、わたしは幸せなのだ。
「そっか」
彼は歩き出した。私は見えなくなるまで見送ることにした。そうしなければいけないような気がした。
切符を買って、改札を通る。
誰もいない片田舎の駅のホーム。
ベンチに腰をかける。
電車はまだ来ない。
静かな時間。
夕暮れ。
沈まんとする太陽。
薄く見える月。
明かりを失う空。
灯かりを得る空。
澄んだ空気。
曇った背景。
頬をつたう涙。
電車がホームへとやってくる。
静かに扉が開く。
わたしは立ち上がった。
ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
この作品はおっさんと私があたかも結ばれたとミスリードさせてみたく書いてみました。
最後私はどうなったのでしょうか。旦那のいる家に帰るために立ち上がったのか。おっさんを追いかけるために立ち上がったのか。
そのへんは皆様のご想像にお任せしたいと思います。
では。