路地裏脱出少女
物心ついた時からミアレシティの路地裏で暮らす少女。光り輝く街ミアレの影を見てばかりの少女の前に現れたのはまだ幼いカラスバだった。
この広大なミアレシティ。昼も夜もピカピカ光っててとっても綺麗。
でも私は知ってる。キラキラした光には必ず影があるって。
ミアレの路地裏、ゴミ箱やゴミ袋が散乱して、それを毎日綺麗にしてくれるヤブクロンたちとはもうとっくに顔見知りだ。
私はと言うと、物心ついた時からこの路地裏でヘドロとかで汚れた、元々は真っ白だったであろうワンピース一枚の姿で日々を淡々と過ごしていた。
「路地裏少女」
みんなからはそう呼ばれていた。ミアレの人は多分優しいと思う。まだ10にも満たない幼い私を助けようと、そういう孤児のための施設とか紹介してくれたり、食べ物を分け与えてくれたりしてくれる人たちがたくさんいた。
でも、私はその度に首を横に振る。どんなに綺麗で優しい人でも絶対に影の部分はある。私はそんな人間という生き物に借りをつくるなんて絶対に御免だと常日頃から肝に銘じていた。
だって私がここにいるのは多分きっと、両親という存在に捨てられたから。
私は両親という人間の影の象徴だ。影は影らしく路地裏で生活するのがお似合いだろう。こんなことをしている私は多分きっと、いや、絶対、両親を憎んでいるんだ。
朝が来た。「おはよう。」とか「今日も頑張ってね。」と声を掛けてくれるゴミ捨てに来た人たち。私はおやまずわりをして膝に顔を突っ伏しみんなが立ち去るのをただじっと待つ。みんなが立ち去った後が勝負だ。パッと立ち上がるとすぐゴミ袋やゴミ箱の中を調べて食べられそうなものを探す。この時、いつもヤブクロンたちと喧嘩になる。どっちが先に取っただとか、そんなの関係ない寄越せだとかもうはちゃめちゃな引っ張り合いが始まる。
「もう!あんた達は他のゴミも食べられるんだからいいでしょ!私はこれしか食べられないのっ!私が死んだらあんた達のせいよ!!」
そう叫びながら思いっ切り引っ張った。
どん!
大きな尻もちをついてさらに何かに頭をぶつけた。けど、引っ張った食べ物は無事にゲットできた。達成感で「やった!」と勝利の拳をグッと上に思いっ切り伸ばした。
「いたっ!」
誰かの声が自分の真上からした。そういえば、私尻もちついた時、何にぶつかったんだっけ?と考えると顔がサーッと青ざめた。
人間だ。
私はすぐ立ち上がってから咄嗟にぶつかったと思われる人間と距離をとる。声からして私と同じくらいか少し上の子どもだろう。けど子どもこそ油断できなかった。私が言うのもなんだけど彼らには倫理観とか礼儀とかそんなものはこれっぽっちもないことが多い。私のことをからかったり、酷い時には石とか嫌なものを投げてきたりおもちゃにしてくる奴もいる。私は相手も見ずに頭を深く下げた。
「ごめんなさい!人がいるとは思わなくて。次からは気をつけます!では!」
と、早口で捲し立てそのままダッシュで路地裏の奥の方に逃げ込もうとした。
「フシデ、あのお嬢ちゃんにいとをはくやったれ」
「うわっ!」
私は一瞬何が起こったのかわからなかった。急に片足の動きに自由がきかなくなったと思えば、視界が上から地面に真っ逆さま。ビタンッという間抜けな音と共に私は思いっ切り転んでいた。
「なんで!?」
私は叫んだ。この路地裏生活をしていく中で運動神経だけは鍛えられたと自負していたのに、まさかこんな盛大に転ぶなんて!
「あのなぁお嬢ちゃん、謝る時の礼儀って知ってるか?」
見るといかにもガラの悪そうな少年がヤンキー座りして私を見下ろしていた。隣にはフシデまでもが私を睨みつけていた。
「ご、ご、ごめんなさい!悪気はなかったの!だ、だから命だけは……あと食べ物も!勘弁してくれませんか!」
「食べ物……?」
少年は目を丸くした。そして少し辺りを見回してから私の握っているパンのかけらを取り上げた。私は思わず悲鳴をあげる。
「うわぁぁぁあ!!」
「はぁ!?お前の言うてる食いもんってこれのことなんか?」
今日の食事を取り上げられた上に馬鹿にされたと思った私はもう何もかもどうでも良くなって少年を怒鳴りつけた。
「そうだよ!それがあんたにとって食べ物にも見えなくても私の大事な一日の糧なの!!返せ!このヤクザ野郎!!通報するぞ!!」
そう言って思いっ切り中指を立てて威嚇をした。
少年はポカーンとした後、腹を抱えて笑い出した。
何がおかしいの!?って叫びたくなったけれどもはっきり言って私はおかしいし、そう叫ぶのはお門違いかもしれないと思い黙って少年を睨みつけた。
「やー、おもろいもん見つけたわ。お前、名前はなんて言うん?」
「ないよ、そんなもの。」
つっけんどんな態度で私は答える。本当に、名前なんてないし。
「そかそか、じゃあ次会う時までには俺が名前考えといたるわ。それまで楽しみにしといてな。ほな、また。」
そう言って少年は私の食べ物をまた手に戻して去って行った。
「あ!」
少年が去った後に私の足のネバネバした糸がまだ付いたままだったことを思い出す。
「このくそヤクザーーーーっ!!!」
めいいっぱい叫んだこの声はきっとミアレ中に響いたであろう。
夜にやっとの思いでネバネバした糸を千切り切った。もう本当に大変だったしおかげでお腹もずっとぐぅぐぅとうるさかった。だけどこんなことをしてたもんだからゴミ捨て場のゴミは綺麗さっぱりヤブクロンが食べてしまっていた。
「どうしよう。」
食べ物の調達ができず途方に暮れているとコツコツと足音が聞こえてきた。ゴミを捨てにきた人かな?と期待して待っていたら、残念ながら昼間のヤンキー少年と相棒であろうフシデの影だった。
「何しに来たの?」
私は彼を睨みつける。
「そんな怖い顔せんでええやん。俺はお前にプレゼント持ってきただけや。」
気になるだろ?とでも言いたげな顔でいるけれど私はちっとも興味がなかったので小さくため息をついた。
「なんや、子どもがプレゼントって聞いて喜ばへんなんてお前は変わったやつやなぁ」
あんたも子どもでしょ、と言いたかったけれどあまり口答えすると何されるか分からなさそうだったので黙って彼を見つめるに留めた。
「まあいいわ、まずお前の名前な、カルネはどうや?この地方のチャンピオンと同じ名前や。我ながらに冴えてるやろ?」
「え!?はぁ!?」
決められた私の名前に思わず変な感嘆詞が出てしまう。カルネさんって人、私だって知ってる。すごい女優さんで同時にポケモンバトルの実力者。
でも私はどう?パートナーのポケモンさえいなくて、バトルの知識もない。その上、みすぼらしい姿でカルネさんなんかには程遠い存在。
「お前驚きすぎやろ。ええやん、カルネみたいになれると思うで、お前なら。」
「な、れないよ……だって私は路地裏から出れないもん。」
「出れない、じゃなくて出ないんやろ?お前は。」
私の体がビクッと震える。意表を突く言葉に言葉が出なかった。
そう、私は出ない。自分の親への復讐のため、私の憎しみを全部全部ここで、一生……そう思ってる。
「後な、お前、ちゃんとした食いもん食った方がいいで。じゃないとお腹壊すやろ。」
そう言って彼はペットボトルの水と、サンドイッチを差し出した。
「お気遣いありがとう。でも私、人からは何も貰わないようにしてるの。」
そういつも断るように少年にも断ると少年はニヤッと笑った。
「なるほどなぁ。見ず知らずの人間に借りをつくりたくないって訳やな?お前も生きる術、ちゃんと知ってるやん。」
この人は私の考えが透けて見えるのだろうか?そういうジムリーダーがどこかの地方にいると聞いたことがあるけどもしかしてこの人もそういうのなのかな。
「んごご!?!?」
そんなことをぼーっと考えてたらいきなり口の中にサンドイッチが押し込まれた。
「悪いなぁお嬢ちゃん。俺に借りをつくりたくないって言うならこうするしかないねん。抵抗せずにちゃんと噛んで飲み込むのが楽やで。」
「んっ!ごご!!」
え?私今無理矢理ご飯食べさせられてる?これってよくある拷問とか虐待とか暴力的な何かでは?でも少年の方が私よりずっと力が強い様だ。姿勢を固定されて逃げることなどできないので言われた通り、口に入った分は全部よく噛んで飲み込むようにした。そしたら、初めての出来立ての食べ物の美味しさに感動してしまった。サンドイッチの中のレタスがシャキシャキしてトマトが甘酸っぱく舌に心地の良い刺激を与える。ベーコンだろうか、お肉を食べるのは本当に久しぶりだ。ちゃんとローストしてあるお肉じゃないと、それこそお腹を壊してしまうから今まで食べるのを躊躇していた。だからこの分厚いベーコンの肉汁や食べ応えは堪らなかった。
気づいたらサンドイッチは全部私のお腹に収まってしまった。
「お、全部食べれたやん。意外とよく食べるんやな。」
「う、うるさ」
「ほな、水飲みや。一気に食べたから喉乾いたやろ。」
「……うん。」
私は素直に少年からペットボトルのおいしいみずを受け取る。貸し借りとかそういうことを忘れていたんだと思う。
「で、カルネ。お前、ここから出て俺と一緒に来る気あらへん?」
突然のことに飲んでいた水をぶーっと吹き出す。しかもむせてしまった。
「おいおい、大丈夫なん?」
「あ、の、私、行けません。」
「むせながら断られんの初めてやわ。」
そうは言ってもこれは伝えないと。だってこの人見るからにできる人って感じだし、なんならヤクザのトップに居そうだし、それに……。
「お前、俺について来れるか不安なんやろ?」
今度からサイキックヤクザ少年って呼ぼうかな。
「まあ無理もないわ。俺も今は誰か連れて歩いてられるような身でもあらへんしな。」
「追われてるの……?」
「そんなもんや。ま、俺は捕まったりボコられたりなんかせぇへんけどな。あ、あかん。お前に俺の名前言うてなかったな。俺はカラスバ。ほな、また来るわ。」
そう言ってまたさっさとどこかへ去って行った。
「カラスバさん……」
私はペットボトルをぎゅっと握りしめた。
光はない。でも影もない。不思議な人。「俺と一緒に来る気あらへん?」この言葉が私の全てを奮い立たせた。
「クロ」
私はヤブクロンの中でも仲の良い子、「クロ」を呼んだ。
ぴょこぴょこと飛んでくるクロ。私は正座をして背筋をピンッと伸ばし、手を膝においてクロに向き合った。
「あの、私!私の!パートナーになってほしいの!」
クロは首を傾げる。
「つまり、私とこれから、新しい世界に出る!ために!バトルしたり他のポケモンに出会ってみたり……名付けて『路地裏脱出計画』!」
そのまんますぎて我ながらネーミングセンスが無いな、と思ってしまう。でもカラスバさんに出会って私は変わりたいって思ったんだ。憎しみが全部全部ここ、路地裏にあるならそんな腹の足しにもならないものは全部全部置いていってしまおう。私はカルネ。頂点に立つ女だ。
「♪♪」
クロは理解してくれたみたいで上機嫌、つまり、パートナーになることを了承してくれたんだ。
「カラスバさん、また、どこかで。」
数年後━
バトルゾーン、路地裏。
「どこかに理解のある強いやついないかなぁ?お?」
男の目線の先には白い衣装を身にまとった女性がいた。その顔には見覚えがあった。
「なんだ、『路地裏少女』か。でかくなったなぁ!でもここはバトルゾーンだぜ?早く出ていった方がいい。」
女性は笑った。その笑い方は上品で最早「路地裏少女」の面影はなかった。
「いやだわ、私、あなたと勝負したくてずっと待ってたのよ!!」
そう言って放たれるダストダスの技に男は不意をつかれ倒された。
「あ!やった!ランク、上がっちゃった!」
ダストダスとぴょんぴょん跳ねながら喜び合う。でも路地裏で待ち伏せをしてしまうところはまだ私の中の「路地裏少女」が抜けていないのかもしれない。
「だって路地裏がやっぱ一番安心できるし。」
「そうか?」
急に背後から人の声がして反射的に距離を取ってしまう。これもまた「路地裏少女」の名残だ。
朝は明けている。もうバトルゾーンではなくなってるはずだ。ビビらなくてもいいのに。
声のした方を見ると私はハッと声をあげそうになった。
「最近バトルゾーンでチャンピオンと同じ名前の女が無双してるっちゅう噂や。お上品な女性かと思えばバトルの時の毒攻撃はまるでサビ組の誰かさんやとか言われとるで。」
「カラスバ……さん?」
「久しぶりやなぁ、カルネ。でかくなったやん。」
「わ、たし……えっと、ごめんなさい、いなくなっちゃって。」
「ほんまやで。また食いもん持って会いに行ったらおらへんから何年もお前のこと探してもうたやん。」
「カラスバさん!私……!」
「あ、ちょっと待ってな。まだ俺のターンや。俺な、今サビ組のボスやってんねん。」
「は?」
「そう、びっくりしたやろ?追われる側が追う側になってん。でもお前には追われたかったけどな。」
そう言ってカラスバさんは優しく笑ってくれた。
「カルネ、お前、ちゃんと路地裏から出ようとしたやんな。けど、最後の試験やで。」
「試験……何をすればいいの?」
私がそう言うとカラスバさんは真剣な顔でこちらを一心に見つめる。真っ直ぐすぎて思わず目を逸らしたくなるくらいに。
「カルネ、俺と一緒に来る気あらへん?」
ああ、それか、と私は泣きながら笑った。やっと過去の人の影を見る目もいない人を憎む気持ちも脱ぎ去ることができるんだ。その上ずっと愛してた人と一緒に行けるなら、こんなに嬉しいことはない。あの日この言葉を断った路地裏の私はもういない。
涙を拭って、精一杯の感謝の気持ちで私は彼に答えた。
「あなたと一緒に行きます」
この後、大衆の目前でカラスバさんが私を思いっ切り抱きしめてきたことは本当に嬉しくも恥ずかしい、私の青春の思い出になった。
俺と一緒に来いよ的なセリフを言ってくれそうなポケモンのキャラクターを探したらカラスバさんがベストすぎたのでもうカラスバさんにやってもらいました。笑
このエセ関西弁好きすぎますよね。




