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「そんなに驚かなくてもいいのに」


 小声で、なぜか嬉しそうに彼女は微笑んだ。


「い、いや、だって……」


 彼女の目を見ることもできず、俺の視界はぐらぐらと揺れていた。どこを見てどんな言葉を発したらいいのか分からなくて、とりあえず一ミリも入る気のない部活の写真を凝視した。


「私、ずっと戸田くんと話してみたかったんだ。でもいつも気付いたらいなくなってて……。さっきたまたま光と会って、図書室だって教えてもらったの」

「そ、そうなんだ」


 津久見さん、いつの間に光とそんなに仲良くなっていたのか。

 いや、でも考えてみればそうだ。誰にでも優しいし、誰とでも仲良くなれる。今まで気づかなかったけれど、実は二人の共通点は多いのかもしれない。


「……って、話したいって、なんで俺と?」

「……」


 ふとした疑問が浮かんでようやく彼女のほうに顔を向けることができたとき、当の本人は目を伏せて机を見つめていた。

 落ち込んでる……? なぜ?


「……ちょっと、別のところで話さない?」

「えっ」


 俺が返事をする間もなく、津久見さんは席を立った。

 ふわりと甘い香りがして、彼女が姿勢よく歩いていく後ろ姿に思わず見惚れた。

 図書室の出入口の扉の前で立ち止まった彼女がこちらを振り返って、早く来てと言わんばかりに急に睨みつけるような視線を送ってきた。

 今度は怒ってる……? いや、なぜ?

 扉が閉まってしまい、俺は慌てて出入口へ向かった。



「ちょ、ちょっと待ってよ」


 異様に歩くのが速い津久見さんに追いつくと、彼女は立ち止まって廊下に背をつけ、ふうっと息を吐いた。


「あそこじゃ、ちゃんと話せないでしょ?」

「え? あ、あぁ、うん。そうだね」

「戸田くんさ……由紀(ゆき)ちゃん、わかる?」


 目だけをこちらに向け、そう聞いてきた。

 津久見さんが言う”由紀”というのは、恐らく一人しかいない。同じクラスメイトの辺見(へんみ)由紀。背が高くて髪が長く、よく一緒に二人で話しているところを見かける。例によって俺はほぼ関わったことがないけど。


「わかるよ」

「あのね、由紀ちゃん……光のこと好きなんだって」

「……えっ、へぇー。そうなんだ」


 一瞬だけ思考が停止したけれど、光が誰かに好かれるという点では、すぐに納得がいった。

 基本的に俺と光は、普段からすぐには思い出せないくらいの軽い会話しかしていない。どの動画がバズってるとか誰が誰に似てるとか……あとは光の部活の話も多いか。昼休みはほとんど他の奴に誘われて行ってしまうし、放課後は部活。決して常に一緒にいるわけではないけれど、だいたいは光のほうから声をかけにきてくれて、たまに交わすその軽い会話がちょうどいい。心地いい。

 本当、どうして光みたいな名前の通りキラキラした奴が、未だに俺と仲良くしてくれているのか分からない。俺が光と今後も仲良くしたいと思うのはごく自然なことだが、俺は俺が目の前にいても仲良くなりたいと思わない。

 だから、誰かが光を好きだと聞いても全くもって不思議ではなかった。そう考えると、この点も津久見さんと似ているかもしれないな。


「光ってさ、好きな人いるのかな?」

「いやーどうだろう。そういう話したことないな」

「ふーん。そうなんだ」


 津久見さんは窓際のほうに歩いて行くと、「まぁそうだよね。まだ入学して一ヶ月だもんね」と開いていた窓の外を眺めながら呟いた。外の風が髪を揺らし、目を細めているその横顔に思わず心臓の鼓動が速くなる。こちらから行動しない限り一定の距離から近づくことはないと思っていたのに、今、彼女が俺の目の前にいる。……この機会を逃したくないと、とっさにそう思ってしまった。


「あのさ、応援するよ、その……辺見さんの恋がうまく行くように。っていっても、俺に何ができるのかはわからないけど」

「本当っ?」


 津久見さんがぱっと表情を輝かせてこちらを向いた。

 か、可愛……。


「やったね。その言葉を待ってた!」


 急に落ち込んだり怒ったり、かと思えば笑顔になったり。今日だけで知らない顔をたくさん見ることができた。信じられないけれど、これは紛れもない事実だ。

 かくして、俺の不純すぎる動機なんて知る由もない津久見さんの友人・辺見さんの恋を応援するために動き出すこととなったのだった。

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