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高校一年の春、同じクラスになった津久見奈子という女子がいた。
クラスメイトの中ではおとなしい性格で、誰にでも分け隔てなく接する優しさに気付いたとき、俺は彼女のことを目で追うようになっていた。黒い髪は常に肩より上くらいの短さをキープしていていつもサラサラで、背が低いのに弁当のおにぎりはバカでかくて、それを頬張っている姿がよく動画で見るハムスターにそっくりで、とにかく可愛かった。
しかし、それからすぐに俺は、彼女がモテる部類に入る人であるということに気付かされた。こんなにも可愛いんだから当たり前といえば当たり前なのだが、どこから嗅ぎつけてきたのか先輩やら違うクラスの奴らが彼女を呼び出し、そして次々に撃沈していく姿を目の当たりにした。
「バカだよなー。誰だかわかんねえ奴の告白なんか、つっくーが受けるわけないのにさ」
「……つっくー?」
光が俺の前の席に座り、窓際で数人の女子たちに事情聴取されている津久見奈子を眺めた。俺はなぜか、席が近いわけでもない花巻光という男子によく話しかけられるようになっていた。消しゴムが無い無いと騒いでいる奴がいるなと思っていたら、なぜかそれらしきものが俺の机の下にあったので、拾って渡しただけなのだが。
「津久見だからつっくー! ちなみに、秋人はあっきー!」
「絶対やめろ」
馴れ馴れしいし誰にでもこんな感じだけど、話しやすかった。光がいればこのクラスでもやっていけそうな気がして、妙な安心感を覚えた。そんな一年の春だった。
そして、気が付けば津久見奈子と特別関わることのないまま一ヶ月が過ぎていた。彼女は未だ誰の告白も受けていない。噂になっていないだけで恋人がいるのか、それとも好きな人がいるのか、そもそもいらないのか。気になるけれど、知りたくない。波風は立てたくない。ただ、いちクラスメイトとして認識くらいはされているだろうからそれで十分……いや、別にそれも定かではないけど……。
そんなことを考えつつ、俺はいつも通り放課後の図書室にたどり着き、その扉をゆっくりと開けた。
いつも通り数名の生徒の姿があり、俺は定位置となりつつある一番奥の席へ腰掛けた。ここが一番、周囲の様子を窺うことができて好きだった。
部活案内の冊子をぱらぱらとめくり、吟味し始める。続々と周りが部活やバイトを選択し行動を始めていく中で、俺は未だにどうするか決めかねていた。
バスケ部への入部を果たし、予想通り陽キャ街道を突き進み始めた光に一緒にやろうと誘われたが、それだけは頑なに断った。
そもそも運動は苦手だし、バイトもしたいから……やはり文化部だろうか?
美術、吹奏楽、茶道。どれもやれる気がしない。
早々に選択肢が尽きてきたとき、誰かが近づいてくる音がして、隣に腰掛けた。
こんなに席が空いているのに……そう思って部活案内の冊子で顔を隠しながらそっと横を覗き見る。
「部活、なに入るの?」
覗き見るつもりが、目が合ってしまった。
そしてその姿と声に、息が止まった。
「つ、津久見さん……?」
なぜか津久見奈子が隣にいて自分が話しかけられているという事実と、図書室だから静かにしなければいけないという、理解不能すぎる状況によって発せられた声は情けないくらいに掠れていて、彼女はふっと息を漏らした。




