第1章 落下スル少年と殺意アル刃物7
「ねぇ、紀田さんと喧嘩したの?」
綺麗だよなぁ、と綾女を見つめながら唄子に尋ねる。
この二人は中等部からの友達だ。
唄子はふわふわの髪の毛を手ぐしで直そうとしながら、「んーん、べつに」とつまらなそうに言う。
「あそこでアヤが竹村と話してんの。むかつく」
「いつもの事だろ。あいつら幼なじみじゃん。クラスも一緒なんだから、行動も同じくなるよ」
この学園は中等部までは男女別で、高等部から共学だ。
仲の良い幼なじみとクラスメイトになれば、必然的にこうなるだろう。
それでも唄子は嫌なのだ。
英利は唄子を見ると「セクハラな言葉を言う(唄子談)」ことがあった。
唄子にとって、英利は天敵というか害虫のような存在である。
「あいつら数日前から付き合ってるらしいの」
「そうなんだ?」
「この前、アヤにきいたら曖昧に誤魔化されたけど。あの二人、恋人同士になったみたい。じゃないと、あんなにずっと一緒にいないもの。もう一日中、ベタベタベタベタッ」
天敵に友達を取れられたのが悔しいらしい。
「だから邪魔しちゃ悪いって思って」
というよりは、そんな二人と会話するのが嫌な様子だった。
「そうなると、俺が入院している間、男子は大騒動だったんだろうな」
成吾が言うと、正面の席に座っていた三人の男子生徒達が不機嫌な顔を向けた。
五分刈り頭の剣道部員の喜多と、ツンツン頭の帰宅部な喜多と、ロン毛でナンパ師の喜多だ。
B組喜多三羽バカカラス(命名担当教諭)である。
金山市には、紀田や喜多、竹村や武村という苗字が多く、同じクラスで重なることは珍しくもなかった。
「オカマには関係ない話だ」
「そ。成吾はおれらの話題に加わるなっ」
「お前が豊乳手術してさー、完全にオカマちゃんになれば腹立ちもおさまるけどねー」
「乳なんか出来てたまるか!」
成吾は小学生の頃、勉強そっちのけで、朝晩、筋肉トレーニングにいそしんだ。
結果、腰が引き締まり、胸が膨らんでしまった。
泣きながら勉強に明け暮れたお陰で、名門と呼ばれるこの学園に入ることが出来たのは、家族にも秘密である。
「てめーが女じゃないってのが、こんなにも悔しいなんて~。今から性転換しろ、性転換っ」
「そうだ、成吾。今からでも女になれ! お前を見ると乳がなくてイラッとする!」
「全員なぐるっ!」
成吾が拳を握りしめると、
「黙れ!」
ドンッと唄子が男子生徒の机の角に片足を乗せた。
その行為の激しさよりも、短くしすぎたスカートからショーツが見えそうで、男子全員、固唾を飲み込んで黙る。
「バカカラス、朝からうっとうしいっ。それとセイ、なんで顔に関することだけには喧嘩っ早くなるのよっ」
「赤だな」
帰宅部の喜多がショーツを指さして断言する。
「そんな色はかないわよ!」
唄子は慌てて足を下ろしてバカガラスを追いかけ回した。
いつもの事だ。
教室で繰り広げられる毎度の騒ぎ。
変わらない日常に成吾は安堵する。
(今が変わらないって事は、あれはやっぱり夢だったんだなー)
「唄子こえー、竹村とお姫様が付き合っているからってピリピリすんなって」
剣道部喜多の意見に、喧嘩に飽きてきた帰宅部喜多が欠伸しながら頷く。
「才色兼備に文武両道の美男美女のカップルができあがると、平々凡々なぼく達には打つ手がない……」
帰宅部喜多の意見に他のバカカラスが大きく頷く。
「そこがヘタレなの。あんたらアヤが好きなら、竹村から奪い返してみれば? 小さく固まっていじけてるなんて女々しいぞ」
唄子は男子達に指を突きつける。
「竹村の相手をするのは無理だ」
「奇人変人で極悪非道だもんよ」
「かれには常識が通用しないし~。もし奪い取れたとしても、あとで何をされるかー……」
「ねぇ、それは誉め言葉?」
竹村英利が男子達の真後ろに立っている。
バカ三羽は一斉に羽ばたき廊下に逃げていった。
「さて、池平成吾くん。用があるから顔を貸せ」
英利はそう言って涼しげな狐目を微笑で飾る。
瞳は青い。昔から金山市には、青や緑の瞳を持つ者達がいるそうだ。
唄子を抜く女生徒なら大歓迎しそうなシチュエーションだが、唄子から彼の性質を聞いている成吾は引いた。引きまくっていた。
「セイをどうするつもり!」
「唄子くん。君は、いつも段ボール箱で拾い主を待つ汚れた子猫のように可愛いな。でも、今日は君の相手をしている暇はない。さて池平くん。こっちへ来くるんだ」
悪名高き竹村英利は成吾のネクタイを引っ張る。
「セイ、行ったら本当の本当に危険だからっ」
唄子が成吾の首にしがみつく。
「唄子くん。唄子くんが可愛いから優しく忠告しておくが。――池平くん昇天しそうだよ? でも……二人がSとMな関係だとしたら、大きなお世話か……今度、とっておきのムチでもプレゼントするよ。俺の手作りので良いよね?」
「このクソ変態が!」
唄子が成吾を解放し、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「唄子くんに罵られると、ちょっとゾクゾクしちゃうよね」
そう言いながら英利は成吾を引っ張っていこうとする。
成吾が行くもんかと足を止めて踏ん張ると、英利が爽やかに言った。
「あのさ、事故のこと思い出した?」




