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【完結】史上最強プラス ~鬼神のロジック~  作者: 前田留依


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第1章 落下スル少年と殺意アル刃物6

 ※※※※※※※※※


 教室の窓を開けると、()れた土の匂いがした。

 梅雨入りはしたものの、雨は降ったり止んだりを繰り返している。

 成吾は窓から顔を出し、ガラスの上に綿ぼこりを()き詰めたような空を眺めた。


「雨降りそうだなぁ」


 愛車は再起不能(さいきふのう)になったから、今日から成吾はバス通学組だ。

 それなのに身に付いた(くせ)で、つい天気を気にしてしまう。


 学園は、街の中心部のど真ん中に位置するあまいわやま天磐山(あまいわやま)(すそ)にあり、彼の家は市街地の外れだ。

 自転車を走らせて一時間もかかる。

 それでもここに通っているのは、エスカレーター式の学校だからだ。

 しかも並より上程度のランクの学園である。

 入学の苦労さえ乗り越えれば、就職活動までのんびりできるのだ。


 校舎さえボロくなければ、ピカイチなんだけどなぁ。

 天磐学園(あまいわ)の歴史は古い。木造校舎と三十年前に増築した鉄筋コンクリート校舎は、周辺の高校より見劣(みおと)りがする。

 取り柄といえば、設備だけはなぜか最新式のものを使用しているところだろうか。

 建物よりも、防災設備に注意を払っている、というのが学園側の説明だった。


「よっ、セイ来てたの。たった一週間で脱獄(だつごく)できたんだ?」


 小柄な少女が成吾の隣に並び、朝っぱらから笑えない言葉をかけてきた。

 愛嬌(あいきょう)たっぷりの丸顔で、幼児体型が悩みの種のクラスメイト、寺出唄子(てらでうたこ)だ。

 気さくな上に家が向かいということもあって気軽に話せる相手だった。


「脱獄とかいうか」


 むっとして言い返すと、唄子は小さな歯列を見せて笑う。


「入院って刑務所と似てるじゃない。味気(あじけ)ない食事、制限された行動、決まった消灯時間……思い出すだけで鳥肌たつ~」

「入院したことあるんだ?」


 唄子はふぅと細い溜息をついて、アンニュイな顔で外を眺める。


「子供んとき、(くま)に襲われてさぁ」

「熊!」

「引っ越してきたアンタは知らないだろうけど、昔は住宅地より山林の方が多かったの。あの付近は良く出たんだぞ」

「熊のきぐるみを着たオッサンじゃないの?」


 本物の熊なら、無事でいられるはずがない。


「本物ですぅ。二メートルぐらいあったし、動きは機敏だったし」

「……それってヒグマじゃ」

「これでも低い値で言ってんの。子供の時の目線だからさ。ほんとは、十メートルぐらいって言いたいんだから。わたしってば、なんて控えめなのかしら」

「その熊に勝ったの? 唄子が?」


 ファイティングポーズを取ると、唄子は成吾の股間を膝蹴(ひざげ)りする真似(まね)をした。


「んなわけないでしょ。通りすがりの人が助けてくれたの」


 奇特(きとく)な人がいたものだ。


「わたしのことはいいからさ。セイの寝言はどうなったの?」

「寝言?」

「アンタのお母さんが言ってたんだけど。事故った時に頭打って、へんな夢を語っているらしいじゃないの。医者も、事故のせいだって言ってるってのに」

「……夢かなぁ」

「数珠で背を撃たれたとか、斧で切ったとか切られたとか。夢以外の何でもないわよ。アンタ、無傷じゃない」

「背中に傷はあるぞ」

「自転車で横転して、ガードレールで擦ったアトでしょ。水膨れができただけで、綺麗に治ったって聞いたぞ」

「あそこにガードレールなんかない。お前だって知ってるだろ。駅裏からの近道だよ」

「発見現場は、国道脇のトンネルでしょ。頭打って幻覚でも見た?」


 医者と同じセリフを唄子が言った。

 成吾以外の全員が、成吾の記憶を否定する。

 記憶と言っても、焼き(そん)じた写真のように薄くてまだらなものだった。

 それでも幻覚や夢と言い切るには、あまりにも生々しいのだ。

 与えられた痛みを皮膚(ひふ)が覚えている。


 しかし、だ。


 自転車から横転(おうてん)して綾女(あやめ)達が来るまでは現実的だったが、その後が非現実すぎた。

 成吾は、綾女達が来た後に自分は気を失ったんじゃないか、と考えている。

 意識を手放す感覚は、自転車に乗っている時点からあった。あり得ない話じゃない。


(きっと後半は全て夢だ……)


 だから前半の記憶が最も鮮明(せんめい)で、だんだんと薄くなり、綾女が(おの)を握りしめた時点から記憶が途絶(とだ)えているのだ。

 それを唄子に説明しようとしかけたが、相手はもう成吾の方など見ていなかった。


「あーん。湿気(しっけ)で髪が広がってきちゃった」


 彼女は窓ガラスに自分の姿を映して、(なげ)いていた。

 天然パーマのボブヘアーが、いつもよりふわふわしている。

 目鼻立ちのハッキリとしたきつめの顔立ちが緩和(かんわ)されて可愛い、と成吾は思う。

 このまま口さえ開かなければ、唄子はアイドルにだってなれそうだ。


「もう、いやんなる。雲みたいになる前にヘアピンで留めてこないと」


 唄子はスカートのポケットを探りながら成吾に背を向けた。

 トイレに行って念入りに直すつもりだ。

 天パはウィークポイントだと本人は思いこんでいる。

 成吾が、この方が可愛いと言っても納得しないだろう。


「やっぱ、矯正パーマかけようかなぁ」


 小鳥のくちばしみたいに唇を尖らせて歩き出す。

 もう成吾のことなど眼中にもない。自分のことに夢中だ。

 そこが彼女の短所かもしれないが、成吾には長所に感じる。


 幼児期の事件を知っても、事故のことを聞かされても、唄子は哀れまない。

 決して口先だけの同情を言わない。

 日常会話の一部として流す。


 しかし成吾が事件を思い出して倒れると、率先(そっせん)して保健室へ連れていってくれるのだ。

 唄子は教室の出入り口の前で立ち止まり、大股で戻ってきた。


「なんだよ?」

「交通禁止になってるっ」

「廊下が?」


 目をやると、廊下側の窓ガラス越しに紀田綾女(きだあやめ)の姿が見えた。

 彼女の振り袖姿が脳裏(のうり)を漂っていく。


(これは現実の映像だと思うんだけどな……)


 成吾は軽く背中を撫でてから、誰かに話しかけている綾女の姿を眺めた。

 話し相手は教室の戸に邪魔(じゃま)されて見えない。

 綾女は耳上の髪をきちっと後頭部でまとめ、細長いバレッタで留めている。

 それだけで充分美しい。

 黒髪の一本一本が光沢をもっている。

 髪を染めたりしない分だけ、きめ細かい白い肌が際だつ。

 そして肌が白い分だけ、優しいカーブの眉毛や、長いまつげ、口角のあがったピンク色の唇が、(つや)やかに見えるのだ。


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