第4章 覚悟ノ女王と鬼ノ斧ノ少年3
「鬼の斧、全部、斬っちまえ」
つむじ風のように回転して、成吾は王魅の粒と攻撃を撃破する。
ここまでは予定通りだ。
成吾達が狙っているのは、屡衣が持つ、王魅の核だけだ。
「柄杓、泰一円陣!」
天壺の渦が、周囲の光景を溶かしながら屡衣に向かって進んでいく。
屡衣の右手にある王魅の核を捕らえるために。
「……王魅、大……」
屡衣は粉砕された粒を回収し、再び一つにしようとする。
「させない!」
成吾は、屡衣の真上から攻撃した。
斧ではなく蹴りである。
口元にある右手を蹴飛ばそうとしたが、屡衣は飛び退いて攻撃をかわした。
それでよかった。
核に命令をさせる暇を与えなければいいのだ。
心臓に、鬼の斧の核――筒卵が入っているためか、成吾はやたらと敏捷に動き回れた。
しかし屡衣は王魅が無くとも強い。
蹴りも拳も空振っていく。
殴るフリをし、鬼の斧の柄で屡衣の足下を掬って転ばす。
屡衣は転んだ瞬間、跳ね上がって成吾の腹に頭突きを食らわしてきた。
「この、異形がっ」
血痰を吐き出して、屡衣が毒気づく。
「お陰さまでがんばれてます」
毒を毒で返して、よろめきながら腹を撫でる。
腹が鉄のように硬い。
肉に溶け込んだ鬼の斧の一部が咄嗟に防御したのだろう。
「柄杓、泰一円陣っっ」
綾女の声にあわせて、強く激しい渦が屡衣に迫っていた。
王魅の粒を離すまいと屡衣が右手を握りしめ、左手で右手の拳を胸の谷間に押しつける。
――渦の力は強い。
成吾は立っていられなくなり、渦に引っ張られるように屡衣から離れる。
「柄杓、泰一円陣、王魅筒卵!」
そのとき、綾女が標的を確定した。
屡衣は王魅の核を抱きしめ、身を丸めて叫ぶ。
「王魅、大珠っ」
粉々になっていた粒が、また一つに戻ろうと動き始める。
「鬼の斧、阻止っ」
αを描くように鬼の斧を動かす。
鬼の斧が大きな旗のようになって、王魅の粉が粒に戻ろうとするのを邪魔する。
筒器同士の力と力が小競り合いをする。
白い霧がたちこめ、内部で青い火花が散った。
王魅の粉が鬼の斧に触れるたび、屡衣の声が頭に響いてきた。
――力を――
――誰よりも強い力を――
声は次第に明瞭となり、蹲っている屡衣の姿が脳裏に浮かび始める。
自分達には、世界を支配する力がある。
なぜ、日陰の者で居なければならないのか。
なぜ、自分達は命を懸けてまで戦い続けなければならないのか。
『屡衣は英利と子をなせ。竹村の血で、濃く成りすぎた血を制御するのだ』
なぜ、未来すら自分で決められないのか。
『咲人は綾女と子をなせ。二人の子を次の族長と定める』
このままでは、私は孤独だ。
ならば――いっそ。
寂寥で項垂れる屡衣の姿に、どこかの光景が重なった。
……時代は平安か、奈良か。
睦言を口に乗せ、絡み合う男女の姿が見える。
位の高そうな服を着た人々だ。
愛している、という女の声が浮かぶ。
寂しい、という声が浮かぶ。
権力が欲しい、という声が浮かぶ。
全てを変える力が欲しい、力が。力、力、力、力――
女の欲望の中心に、王魅が見えた。
今のような尻に似た割れ目はない。先端が尖っているだけの青い玉だ。
『如意宝珠』
鬼の斧が呟き、同時に情報が成吾の脳に入ってくる。
菩薩や地蔵が持っている珠で、全ての願いを叶えてくれるらしい。
混じり合う男女の前で、如意宝珠に小石のような筒卵が降りてくる。
筒卵が宝珠に入ると、縦に皹が入って尻のような割れ目になる。
成吾がかいま見ているのは、権力と愛情を求める筒器の誕生の瞬間だった。
――力を――
――力を――
まとわりつく屡衣の声が耳障りだ。鬼の斧の動きが鈍る。
「柄杓、泰一円陣、王魅筒卵!」
清涼な綾女の声が、屡衣の意識と重なりつつあった成吾を現実に引っぱり出す。
ふっと屡衣の声が消え、体が軽くなった。
真横に、周囲の光景を溶かしてかき混ぜる巨大な渦があった。
その先で、屡衣が呻いている。
彼女の手から血が噴き出している。
左手の甲には丸い腫瘍のような固まりが見えた。
綾女の呪文によって、王魅の核が屡衣の手を突き破って、天壺に入ろうとしているのだ。
「紀田屡衣、王魅を離しなさい」
天壺の技を完成させた綾女が、姉に話しかけてくる。
気丈な顔をしているが、声は微かに震えていた。
「王魅があったとしても、お姉さまは、なにも変えられませんわ」
声よ、姉へ届け、と綾女は祈っているように思えた。
「孤独が嫌なら、愛が欲しいなら、未来を変えたいと思うなら、他のやり方があったはずです。告白もしていない癖に」
屡衣が驚いたように、目を剥いて妹を見た。
「そうでしょう。お姉さまのことですもの。プライドが邪魔をして告白もしていないのでしょう?」
姉の手から王魅の核が転がり落ちた。
核は渦に巻き込まれ、強い吸引力で天壺におさまる。
「天壺、筒卵封印」
綾女が胸の前に天壺を引き寄せると、蓋が出現して王魅の核を封印した。
周囲で青金石の粒がパタパタと落ちていった。
これで屡衣には武器が無くなった。
屡衣は覚悟を決めた眼差しで綾女を見つめている。
そして、ゆっくりと唇を動かした。
「綾女、私を殺しなさい」
綾女が首を振る。




