第4章 覚悟ノ女王と鬼ノ斧ノ少年2
唄子は、バリアに小さな手を伸ばしている。
手の平がペタリとバリアに窪みをつけた。
「しなないで」
唄子がバリアの奥に向かって言う。
「さくと……きれいなひと……しなないで」
バリアは畏怖を感じるほど強烈に輝きだした。
輝きの波頭が、ガラスの破片に見える……。
「屡衣、止めろ!」
英利の叫号で、成吾は気付く。
バリアの向こう側、唄子を狙う影がある。
「鬼の斧、変化して唄子を」
『間に合わん』
それよりも、と鬼の斧の思念が飛んでくる。
いつもは表面に出てこない……たくさんの鬼の斧の所有者だった者達の声だ。
『敵を殺せ』『八つ裂きだ』『仲間を守るために』『敵を全滅にしろ』
鬼の斧にこめられていった怨念の声。
大切な人を守るために死んでいった者達の声。
『殺せ』
「うるっせーっ」
成吾は半焼した太い樹木の幹を蹴り、バリアに向かって飛んだ。
バリアは半円状になっている。ならば、その弧を描く膨らみを切り裂いてやる。
「鬼の斧、煙の風だぁぁぁっ」
雄叫びをして斧を振るう。
斧の刃先から煙の風がうち出される。
バリアの膨らみを真っ直ぐ斬り、唄子と屡衣の間に煙の壁を作る。
刹那の防御壁。
単純な目くらましだが、今はこれしかない。
成吾の企みを寸時に察した英利が、唄子をかっさらうように抱き上げ、横へ飛んだ。
同時に、太く青い光が唄子がいた場所に向かって放たれた。
「ぎりぎりせーふ」
成吾が着地すると、直ぐ側に綾女が駆け込んできた。
「唄子の守りは英利がします。わたくしたちだけで、お姉さまを何とかしなければなりません」
口調は硬いが、見ると目が潤んでいた。
「すみません」と表情に出ている。
彼女は、成吾を巻き添えにしたくないのだ。
「いいんだよ、オレがここで戦うって決めてるんだから」
「成吾さん……」
「オレは自分の意思でいるんだし、気にしないで」
彼女のためにも、自分のためにも、相手を殺さずに戦いを収めたかった。
この身体におさまっている刃物は、人を傷つけるための道具ではなく、人を守るための道具であると信じたい。
(オレの身体にある限り、鬼の斧には誰も殺させない)
殺さなくても良いのだと、鬼の斧に入っている今までの主達に伝えたい。
戦乱は終わったのだ。
死ぬのも殺すのも美徳ではないのだ。
死は、誰かを悲しませるだけにすぎない。
「お姉さんの手から王魅を奪う方法ってないのかな」
それができたら安全に戦える。だが綾女は首を横に振った。
『筒卵は一つ』
いきなり心臓から声がした。
いつも聞こえてくる鬼の斧の声だった。
『何千になろうと何万になろうと、王魅に宿る筒卵は、たった一つなのだ』
鬼の斧の言葉を聞きながら成吾は思い出した。
綾女の方に目を向け、小声で説明を始める。
「この前の戦いで、お姉さんに会ったんだ。お姉さんは小さな玉を持っていて、そこに玉の動きの指示を出していた」
「きっと、それが筒卵の入った王魅の核ですわ」
『それを天壺に入れてしまえ。筒器だろうと、筒獣だろうと、筒卵が天壺に入れば動きが封じられて終わりだ』
それなら綾女の天壺の技でなんとかやれる。
勝利の可能性がある。
しかも誰も死なない。
成吾が鬼の斧の言葉を全て伝えると、綾女の目に希望の光が宿った。
「ねぇ……咲人のことが心配なら、こっちに来なさいよ。寺出唄子」
屡衣の声が朗々と響き渡る。
シュッとバリアが消え、屡衣は背筋が傾いただらしない姿勢で立っていた。
顔は青白く、目元に疲れがみえる。
目が赤くて頬が光っている。……泣いていたのだろうか。
「さぁ、英利から離れて、こっちにきなさいっ」
屡衣は胸の谷間に数珠型の王魅を埋めるようにして言う。
その王魅は攻撃の青い光を蓄えていた。
「天壺、柄杓、泰一円陣!」
直ぐに綾女は天壺の技を仕掛けた。
「そんな技ごときで、この王魅が」
屡衣は王魅を持ったまま両腕を伸ばし、唄子から綾女に攻撃対象を切りかえる。
躊躇いもなく青い光線が綾女を狙う。天磐山に落雷のような音が響き渡った。
鬼の斧の刃が王魅の光線を受け止めたのだ。
「柄杓、泰一円陣!」
腹の底から押し上げるような綾女の声が、天壺の渦を加速させる。
その前方を成吾は駆けていく。
鋭い刃を光らせた鬼の斧を高々と持ち、屡衣に向かって――狙いを定める。
「王魅、光華粉砕っ」
屡衣は王魅を分裂させ、宙に配置し、全方位から成吾を攻撃しようとした。
それを見届けて成吾は立ち止まる。




