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【完結】史上最強プラス ~鬼神のロジック~  作者: 前田留依


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第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神11

 ――その時、白い突風が綾女の前を駆け抜けた。

 鬼の斧が、炎の手ごと女王蜂の腹を裂く。

 解放された綾女の身体がドサリと地に落ちる。

 焼けて(ただ)れた皮膚に土が付き、綾女は小さく呻いた。


『立って』


 綾女の頭上から、一番聞きたかった人の声がおりてくる。

 泣きそうな声だった。

 驚いて顔を上げると、女王蜂と彼女の間に鬼の斧が立っていた。


『綾女さん、立って』

「……成吾さん」


 手を伸ばし、鬼の斧の柄を握りしめる。

 人肌のような暖かさがある。まるで、鬼の斧そのものが生きているよう……。


「あ……」


 ――綾女は直感した。


「成吾さん、生きて、まだ生きておりますのねっ」


 柄に、とくんとくんと人の脈を感じる。

 (さっ)するに、鬼の斧は成吾を生かすため、彼の肉体を完全に取り込んだのだ。

 鬼の斧の中には筒卵(つつらん)がある。

 肉体内の筒卵を奪わない限り筒獣(つつじゅう)が死なないように、鬼の斧と同化すれば成吾も死ないのだ。


(よかった……)


 鬼の斧を握ると身体に力が(みなぎ)ってきた。

 綾女は立ち上がると同時に飛び跳ねて、筒獣から距離を離す。


『あの蜂の筒獣の中に筒卵はないよ。綾女さんのお姉さんは、よどんだ天水を蜂に与えたんだ。筒卵という物質に結晶化する前の天水を飲ませたんだよ』


 天水が結晶化すると、筒卵となる。

 人はそちらの方が使い勝手が良いから、筒卵を使用するが……大量にいるものに与えるとしたら液体であった方が楽なのだ。


「天水を飲ませていた、と。では、あの蜂全てを封じなければなりませんのね」

「では、切り刻めばいい」


 突進しないですんだ英利が、簡単に言い退けた。

 彼が守っている唄子も無事だ。


(――みんな生きている)


「護孔の雨が天水の澱みを流す。違うか、お嬢?」

「その通りですわ」


 安心感が、心に冷静さを呼び起こした。まだ戦える。


『オレを手にとって。そうしたら鬼の斧は思い通りに動くから』

「分かりました」

『それと……目覚めるの遅くてごめんね』


 綾女は首を横に振った。

 諦めなくて、生きていて、よかった。

 明るい未来が心を照らし出す。

 わき上がる気力が自分を強くする。


 綾女は両手で鬼の斧を握りしめ、女王蜂を見た。

 蜂は裂けた腹部を再生していた。

 傷口から滴り落ちる濁った水が自らの意思で蜂の内部へ戻っていく。

 あれは天水だ。

 斬ったぐらいでは死なないのだ。

 水のままだろうが、結晶になったものだろうが、心界の効能は同じらしい。


『行くよ』

「はいっ」


 手の平から成吾の鼓動が伝わってくる。

 温かくて優しい力。自分を守ってくれる力。

 頼る人がいるから強くなれるなんて思いもしなかった。

 人に寄りかかれば駄目になるとばかり思っていた。


 腹部を再生させた蜂が、炎の羽根を広げて飛び立つ。

 無言で英利が唄子を地へおろし、蜂に向かって突進する。

 竹村一族の武器は肉体そのものだ。

 致命傷(ちめいしょう)は与えられなくとも、筒獣を足止めすることならできる。

 英利は自ら(おとり)になるつもりだ。

 綾女は幼なじみの判断を受け止め、切り株を踏み台にして天高く飛び跳ねる。

 炎の羽根が届かない距離まで――。


(火傷を負っているのに、身体がさっきよりもずっと軽い――成吾さんのお陰だわ)


 筒獣は、真っ正面から向かってくる英利に炎の礫を飛ばした。

 英利は礫を全身で受け止め、拳を握る。

 あの蜂は再生にやや時間がかかる、と彼は読んだのだ。

 それは綾女も同じだった。


 炎に焼かれながら、英利が拳で蜂の腹部をえぐる。

 深く深く彼の腕が蜂の内部に突き刺さる。

 上空から焼かれていく幼なじみを見て、綾女は落下した。


 失神したのではない。好機なのだ。

 蜂は、倒れない英利に恐れを感じている。

 筒獣にとって、自分の力がほとんど効かない竹村は、一生理解できない存在だろう。


『まずは真っ二つに』


 地表を前にして成吾の声がする。

 英利と目があった瞬間、彼は蜂から飛び退いた。

 綾女は宙で細身をねじり、体勢を整える。

 そして斧を肥大した蜂の頭部にプンッと振り下ろした。

 不気味に膨れた身が二つに割れ、炎の羽根が地へ落ちる。

 (にご)った大量の天水が、虫の体液と混ざりながら地に広がっていく。


『すぐに、首、腹、脚』


 指示の通り、綾女は斧を残酷なまでに振り回した。

 巨大な虫が切り刻まれていく。


『顔、腕、肩、出来るだけ……細かく』


 だんだんと成吾の声が弱まっていく。

 鬼の斧を使えば使うほど彼も疲労するのだろうか。

 綾女は鬼の斧を使うのを止め、両足で蜂の死骸を踏み回った。

 所々焼けただれている英利も綾女に従って蜂を踏んだ。


「護孔! ここに大量の水を!」


 手を伸ばし、護孔(ごこう)に命令する。

 近くの岩が割れ、そこから水が噴射された。

 女王蜂の死骸が水の勢いで砕けていく。あとは護孔が濁った天水を集めてくれるだろう。


「……はぁはぁ。せいご、せいごさん」


 綾女は鬼の斧をさすりながら成吾に呼びかけた。

 しかし、なにも反応はない。


「成吾さんっ」


 ゆっくりと……彼女の目の前で鬼の斧の輪郭(りんかく)がぼやけていく。

 (きりが)が刃先からにじみ出し、どんどん姿が小さくなる。

 このままでは、鬼の斧と共に成吾が消えていってしまう……。


「いや。いやです。成吾さんっ、成吾さんっ」


 綾女は一回り縮んだ柄を握りしめて呼びかけた。

 生きていてくれた、と思っていたのに……また失ってしまう。


 彼女の前で、密な白い煙が噴き出す護孔の水にむかって流れ、渦を巻き、一つの固まりになった。


「……も、むり。虫嫌い、グロい」


 裸の成吾が霧の中に蹲っている。

 護孔の水を浴びながら頭を抱えて「おえぇ」と吐き気をもよおしていた。

 綾女は成吾に駆け寄って抱きついた。

 ちゃんと体温がある。成吾は生きている。


「すみませんでした。こんな目に遭わせて、すみませんでしたっ」

「はじめっから、オレが守るつもりだったし。気にしないでよ。それより……」

「わたくし、成吾さんを盾にしてしまいました。ほんとうに、お詫びのしようもありませんっ」

「あのさ」

「生きててくれて、よかった。せいごさん」


 大好き、と心の中で呟いてから身体を離す。

 眼鏡がない成吾の顔は可愛いけれど、内側から滲み出る性質が男らしく感じさせた。


「だ、だからぁっ」


 成吾が体育座りになってぎゅっと身を縮ませる。


「お嬢、そいつ素っ裸」

「きゃああぁっ」


 戦いの時とは違った綾女の叫び声が、天磐山に響き渡った。


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