第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神10
屡衣は唄子を見つめている。
小柄で柔らかな髪を持つ童顔の可愛らしい少女。
自分とは対極にある少女。
ずっとずっと咲人が気にかけてきた奇跡を呼んでくれた少女を――。
「……くまの、にごったいしき……はちにいれた」
「そんな事まで、わかるの……」
「おうみが……はちをうごかしてる……さみしいから……」
唄子は生気のない目で屡衣の右手を見ていた。
彼女に付いた血は護孔の雨に流されて、ぬるりと腹へと流れ落ち、ヘソのピアスを汚している。
ピアスの形がエンゲージリングに似ている、と綾女は思った。
(お姉さまはテントを燃やしてからも、結婚式ごっこをしてきたのかもしれない)
咲人と幸せになる儀式をし続けてきたのかもしれない。独りで。
「おうみ。恋で、みかどを、あやつりたいという思いがつまったもの。でも、さみしくて、みかどほんにん
をほしがった。それが、このひと」
唄子は屡衣を指さし、そして……。
「唄子っ」
英利の腕の中で意識を失った。
「ふっ、死ねばいいわ。みんな。紀田なんて全て壊れればいいわ」
大きな羽音が崖の上から聞こえてくる。
子供を食い散らした女王蜂が、炎の羽根をばたつかせて屡衣の前に降りてきた。
主と同じ大きさになった蜂は、人間の澱みを取り込んだからか、痩せた人の手足を持っている。
「そこのやつら、殺して」
姉が右手を口に寄せて、蜂に命令する。
青白く蜂が輝き、羽根の炎が四方に放射された。
炎が全員を取り囲む。
『王魅、光華粉砕』
蜂の腹から姉の声がし、青い光が真っ直ぐに綾女を狙ってきた。
「成吾さん、行きます!」
体勢を低くして鬼の斧を地から天へ振り上げる。
鬼の斧の霧は光を切り裂き、突き進む。
狙いは蜂の腹の筒器、王魅の粒。
あれを切り離せば、蜂の力は筒卵だけだ。
『王魅、郭大』
「え!」
女王蜂の腹を破って青い粒が飛び出す!
綾女の迷いが鬼の斧に伝わり、刃が女王蜂に届かない。
炎の壁の奥で精神の世界『心界』の力が広がるのを感じた。
姉が王魅の粒を一つにまとめ、防御壁を作ったのだ。
(わたくしを知り尽くされている……)
綾女は歯を食いしばった。
天壺の技に関しては、彼女の右に出る者はいない。
だが、これまで綾女は筒器を扱ったことがなかった。しかも、その筒器は、最強の鬼の斧だ。
鬼の斧の力が強大でも、それを引き出せる術を綾女は知らない。
筒獣一匹で足りる、と判断したのだろう。
頼りになる英利も、唄子を庇って援護が出来ない。
二人は火の粉が混ざった熱風に追われている。
「成吾さん……」
『――鬼の斧は、もう死にたくないんだって。だから死のうとしない人を選んだんだって』
前に聞いた言葉が、頭の中に蘇る。
(意志を引き継がなければ。あの人の想いを私が引き継がなければ。生きて、生きて、生き続けなければ。みんなで)
蜂が腹を動かし、針から炎の礫を放出する。
筒獣にとって、綾女と唄子は格好の餌だ。
身体に心界の力をたっぷりと含んでいる。
「生きて帰る!」
成吾の顔を思い浮かべて綾女は叫ぶ。
鬼の斧を両手で回転させ、炎を叩き落とす。
次の攻撃が開始される一寸の隙をつき、蜂に向かって駆ける。
このまま斬れれば助かる。
――しかし、考えが甘かった。
蜂が炎の両羽の先端を分裂させ、手のように綾女を押しつぶそうとする。
(逃げられない!)
前方で蜂の針が赤く滾っていた。
そして、散弾銃のように一気に炎の礫が撃ち出される。
死にたくない――目を閉じかけたその時、
「飛べ。筒卵を探せっ」
英利の声が届いた。
綾女は鬼の斧と共に上空へ舞い上がる。
炎がぐるぐると脚に巻き付きながら、スカートの中へ侵入する。
「……ぐぅっ」
足首から太股の肉が焼かれていく激痛。
おもわず手が緩み、鬼の斧の柄を離してしまう。
鬼の斧が落下する。
綾女はすぐに手を伸ばすが届かない。
脚が炎に縛られて、空中で身動きがとれなくなっていた。
「ぅ……っ」
全身を緊張させることで痛みを堪え、女王蜂を睨む。
蜂の内部に濁った天水の存在を感じるが、場所は特定できない。
護孔の雨と、筒獣の炎で空気は煮えたぎっていた。
視界が悪い上に、汗が吹き出て眼球を刺激する。
それでも、諦めない、生きることを諦めない。
極限の状況だったとしても、未来に続く場所を探す。
「天壺、柄杓、泰一円陣!」
綾女の手の中に天壺が出現する。
渦の力で筒卵を引っぱり出せれば。
この距離なら狙えそうだ。
蜂は炎の手で綾女を引っ張り、自分の針で突き刺そうとしている。
炎を蓄えた針は、溶岩のように赤黒い。
「柄杓、泰一円陣!」
天壺の中で渦が生じ、筒獣から筒卵を吸い込もうとする。
(天壺に筒卵を入れさえすればっ)
女王蜂の複眼が近づく。
蜂が紀田を食らおうと口を開く。
獣のような牙と人間のような歯が見えた。
針が、綾女の下腹部を突き刺そうとしていた。
「お嬢っ!」
唄子を抱いたまま、英利が突進してくる。
自滅してしまう。みんな死んでしまう。




