第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神9
蜂の巣が半分焼けて内部が見えた。
でっぷりとした一匹のスズメバチが、仲間のスズメバチを食い荒らしている。
これが女王蜂だろう。
生まれたての卵も、白肌の幼虫も、働き蜂も、長い手で捕らえては、鋭い歯で引きちぎる。
食えば食うほど、女王蜂は炎と一体化していく。
(……こんな状態に)
綾女は息をのんでから、隣に視線を走らせた。
「英利は唄子と一緒に、護孔の中へ」
「俺なら平気だ。怪我ぐらい、いつもしている」
そう言って、英利が唄子を背に庇った。彼女の盾になるつもりだ。
「唄子をここから離してください。英利……お願いですから」
「ダメだ。唄子くんは必要だ」
誰よりも仕事を優先してしまう少年が、友情事をばっさりと切り捨てる。
『うたこ、あの寺出唄子ね…――英利、あなたは本当に』
巣から姉の声が聞こえた。
女王蜂の腹が青く光っている。
命令をきかせるために王魅の粒を飲ませているのだ。
『私を怒らせるのが、上手いのね』
青い光が広がり岩が爆発した。
どぉぉっと土砂と爆風が三人を飲み込む。
不意打ちの攻撃に、綾女達は一瞬だけ判断に遅れる。
それでも、英利は唄子を抱いて後方へ飛び、綾女はその前で鬼の斧を振り回す。
刃先から円状の霧がきらめく。
鬼の斧の力は、光線と瓦礫を粉砕して地にばらまいた。
護孔の逆さ雨が、土砂の粉を泥水にして流していく。
「……目の前で、灰になるのを見届けてあげる」
崩れた岩をさらりと飛び越えて、屡衣が外へ出てきた。
アーミー柄のシャツに、長い脚が剥き出しになったショートパンツをはいている。
太い革ベルトの上にからヘソがみえた。
ヘソに、指輪型のダイヤのピアスが輝いている。
(そんなところにピアスをしているなんて……)
穴を開けたばかりには見えない。
誰にも言わないで、そっと開けたのだろう。
綾女は姉の息苦しさを目の当たりにした気分になった。
「きっと、出てくると思った」
表情を引き締めて英利が言う。
「これが、寺出唄子?」
屡衣は、英利の腕に人形のように寄りかかっている少女を指さす。
唄子は背を英利の胸に預けた姿勢で、屡衣を見つめていた。
「これが、紀田の末端でいるのにも関わらず、力を持っている子?」
追求するように屡衣が言う。
英利が無言で頷くと、屡衣の表情に苛立ちが表れた。
「こんなに幼い顔立ちの、小柄な……こんなのが……」
すると、唄子がゆっくりと腕を上げて、細い指先で屡衣を指さす。
「……これが、さびしいもの」
「なんですって」
「力は、みぎて。さびしい、力、みぎて」
幼子のように舌っ足らずの声で、唄子が言う。
「唄子……あなた」
綾女の呼吸が止まりそうになる。
以前、唄子を襲った筒獣を見事に倒してみせた咲人。
なぜ戦闘の経験値もない咲人が、一人で筒獣を倒せたのか……。
なぜ唄子が執拗に筒獣だった熊の意識に狙われているのか。
そして咲人が唄子の存在をごく少数の者にしか知らせようとしなかったのか。
唄子は、紀田でも稀なほど的確に、筒卵の位置や澱みの理由が分かるのだ。
「これは、力がほしくて、もがいているの。愛されたくて、さびしいの。そこ」
どんどん屡衣の表情が険しくなる。
「お前が、そんな力を持ったから忘れられないのよ。忘れられないから、見に行ってしまうのよ。咲人の心に残ってしまうのよ」
上擦った声を出して屡衣は近づいてくる。
王魅の光で照らされた右手が……赤く濡れていた。
よく見ると、彼女の服や肌に放射状の血痕があった。
(返り血の痕……)
姉は、正面から誰かを攻撃したのだ――。
「まさか……、咲人さま……っ」
「屡衣っ、咲人は!」
屡衣は血でぐっしょりと濡れた右手を胸に押しつけ、引きつったような笑顔になった。
近距離で叫びながら攻撃したのだろう、歯列まで血で淡い桜色に染まっている。
「護孔を壊せば、なんとかなると思っていたわ。長老さえいなくなれば、皆は私の元に来るでしょうから。紀田の婚姻システム変えるには、それしかなかったのよ」
「咲人さまを騙しましたのね」
咲人は力を欲していた。
咲人は長老方を嫌っていた。
咲人はなかなか自分を認めようとしなかった一族を嫌っていた。
だから、筒獣で天下を取るなどという戯れ言で、姉は咲人を味方に付けたのだ。
「お姉さまは、自分の想いを叶えるだけの為に――好きな人まで騙しましたのね?」
問いかけたが、声は届いていなかった。




