第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神8
『坊やがいなければ鬼の斧の使い手はいない。いるとすれば、私ただ一人……』
姉の傲慢な声が、綾女の頭をぶん殴る。
「お姉さまの思い通りにはさせません!」
綾女は自分の背よりも長くなった鬼の斧をギュッと握りしめて立ち上がる。
そして、決意した目を姉に向けて成吾だったものを構えた。
「もし、反乱の原因が、この度の暴走が、婚姻関係にあるならば……」
王魅の炎花よりも、激しく綾女の心が燃えさかる。
己の喉を焼いて出る言葉は、怒りと呪い、そして復讐の誓いだ。
「お姉さま、あなたは、とても哀れですわ!」
坂の上の炎花が回転を始めた。
蜂の羽音が、我が儘を言う子供の泣き声のようにうるさく響く。
『……綾女には鬼の斧を使いこなせないわ。長老方の意見を鵜呑みにして、自分で立ち上がろうとしない子に何ができるというの。鬼の斧は自らが犠牲になってでも運命を切り開く者のために存在するのよ』
綾女は大きくかぶりを振った。
「いいえっ、鬼の斧は生きたいと願う者達のために存在するのです」
それは成吾が教えてくれた。
成吾は他人の死も自分の死も軽んじない。
「紀田の族長として、わたくしは紀田屡衣を裁きます!」
炎花で坂が燃え上がる。姉の高笑いが炎と共に押し寄せる。
「アヤ、セイは、セイはっセイはぁぁッ……」
背後から、狂乱する友人の声がした。
人質に取られる可能性もあるので、置いて行くわけにもいかない。
「英利、彼女だけは守って。守り通して連れてきて。わたくしが炎を斬ります!」
命令して飛ぶように坂を駆け上がる。
綾女は斧の柄を強く握りしめ、坂の頂点ごと吹き飛ばす勢いで鬼の斧を左右へ振るう。
シュル、と軽い風音。
弧となった白霧が坂を駆け上がる。
炎花の流れ一撃でが切り裂かれ、蜂の羽音が停止する。
『――まさか、綾女が鬼の……』
姉の呟きを無視して綾女は駆け上がった。
秘密基地へ、婚礼の場へ。
「あ!」
洞窟が閉ざされていた。
大きな岩が幾重にも重なって入り口を塞いでいる。
その前にシンが倒れていた。
シンの心臓に穴が開いている……。
カノエがシンの身体を必死に舐め、そして首をそらして遠吠えをした。
「……シンも死んだ」
唄子を抱いて走ってきた英利が、そこまでいって黙った。
岩の隙間には王魅の粒が詰まっている。
王魅の粒は光を放って岩を防護しているのだ。
岩に触れれば攻撃する。
筒獣に共感しすぎたシンは、自分は仲間だから大丈夫だと感じて岩に近づいたのだろう。
無言になった英利が、泣き叫びすぎてぐったりとしている唄子を木の根に座らせる。
いまや唄子は放心していた。
あんな状況を目の当たりにしたから無理もない。
動いている自分達が異端なのだ。
狂っているのだ。
(わたくしたちは、人としておかしい……)
英利はカノエと一緒にシンを引っ張って茂みの中へ連れていった。
シンの血が泥に波模様を描いた。
シンを失っても、英利とカノエは淡々としていた。
泣き叫びたくても戦闘中という事態が、冷静さを呼び起こすのだった。
竹田と紀田の血が、そうさせる。
非人間の精神を作り出している。
そして成吾を失ったばかりというのに、綾女の中の血が筒卵を察知して動き出した。
仰ぎ見ると、切り立った崖上の出っ張りに、直径一メートルはある丸いスズメバチの巣がつり下がっている。
内部に炎を背負う蜂がいるのか、スズメバチの巣特有の茶色いマーブル模様が炎の朱色と混ざっていた。
(これは……罠)
筒獣を斧か天壺の技で攻撃すれば、岩が崩れて粒が攻撃する。
それに天壺の渦をあの高さまで伸ばすのは強いエネルギーがいる。
筒獣だけならまだしも、その後には姉と戦わなければならない。
(エネルギーの大きな消費はさけたいけれど)
筒獣を容易く天壺に閉じこめるなら、岩を昇らなくてはならない。
鬼の斧を握っている限り、綾女の体は軽い。
しかし、巣まで飛べば岩に詰まった粒が邪魔をするだろう。
(きっと見えない罠も仕掛けられているはず……)
姉は鬼の斧を狙っている。
実はさっきも成吾だけを狙っていたのだろう。
わざと綾女と英利を名指しして、ミスリーディングさせたのだ。
鬼の斧は、護孔を壊すために必要だった。
鬼の斧なら、護孔の守りを崩し、確実に護孔の筒卵を斬れる。
そうすれば、長老方はこの世からいなくなる。
――あの姉を縛っていたものが消え失せるのだ。
「声は聞こえているか?」
英利が唄子の頬を軽く叩く。
唄子は綿の抜けた人形のように項垂れ、地に四肢を放り出していた。
「おいっ」
英利が強く呼ぶと、機械人形のような動作で唄子が静かに顔を上げ、うつろな目で綾女の方を見た。
「――いる」
ガラス玉のような目を綾女に向けたまま、唄子が続ける。
「そこに、めざめるもの」
「……どうしたの?」
名を呼んでも唄子は人形のような表情のままだった。
彼女は視線を上げて巣を見ると、また口を開く。
「これは、こわがるもの。火にかこまれて、いのち失ったもの」
唄子の柔らかな髪が、風でも吹いているように岩へと引っ張られていた。
「おくにいるのは、さびしいもの」
「おい、唄子くんっ、しかっかりしろ唄子くんっ」
突如、巣が炎に包まれた。
まるで唄子の名に反応したように。
熊の意識が、いまだ筒卵を支配しているらしい。
(唄子を守らなきゃ……)と、鬼の斧の思いを手から感じる。生前の成吾の念だろうか。
「――えぇ、守りましょう。成吾さん、いきますわよ」
綾女は鬼の斧に語りかけ、柄を握りしめなおして巣と向かい合う。




