第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神6
白と黒と、そして紅……。
霧と炭になった木々という墨絵のような光景に、赤い光が点在していた。
筒獣の炎だ。
蓮花のように火の花びらを開き、揺らめきながら浮かんでいる。
そこからブゥーンという耳障りなノイズが至るところで聞こえた。
『綾女、護孔を使いこなしているじゃない』
姉の声が炎の点から聞こえてくる。
嘲笑っている感じはしない。
男に媚びをうるような響きもない。
綾女が尊敬している姉の声だった。
『驚いたわ。咲人ではなく貴女が族長に選ばれたと聞いたときは、耳を疑ったけれど……。長老方は思っているほど馬鹿ではないのね』
率直に人を誉め、そして自らを反省する。
これが本来の紀田屡衣だ。
「お姉さま。わたくし、今日はお姉さまと戦いに来ましたの」
動き出そうとする炎の気配を感じ取りながら話しかける。
「説得はやめましたの。だってお姉さまは……真っ直ぐな人ですから。決めたことを変えたりはしませんでしょう?」
あれほど才能にも頭にも恵まれた人なのに、悲しいくらい愚直なのだ。
だから長老方と真っ正面からぶつかり合ってしまう。
『その通りよ。やっと分かったのね』
大輪の炎花が、奥の方から次々に飛んでくる。
「戦いましょう。お姉さま」
殺さない方法をとっていたら負けるかもしれない。
それでも、ぎりぎりまで……その方法で家族を取り戻す。
綾女は指で四角を作り天壺の印を結んだ。
「柄杓、泰一、円陣!」
『王魅、光華粉砕』
綾女の指の間に天壺が現れる。
天壺は心界の力を渦で吸引し、筒卵を捕獲するものだ。
綾女は天壺の技が紀田の誰よりも優れている。
ただの道具を武器として使用できるほど。
「柄杓、泰一円陣!」
炎花が襲いかかる。
綾女は天壺の渦を糸のように細くし、投げ網のように広げた。
『王魅、光華粉砕。天壺、破壊!』
炎が渦を避けながら近づく。
「この炎は……っ」
英利の声が鋭く響く。
天壺の渦に衝突して炎花が散る。
その芯にあるのは王魅の青い粒だった。
それに一匹のスズメバチがしがみついている。
「――なんてことを。蜂の群れに筒卵を入れましたのね」
どうやってこんな大量の蜂に筒卵を入れたのだろう?
筒卵を砕いたのだろうか?
でも筒卵が割れれば天水に還るはずだ。
しかし方法は分からなくとも、蜂が筒卵をもっていると肌で感じされる。
そして多分、王魅で蜂を魅了し、操作しているのだ。
筒器と合体した筒獣の大量誕生……。
(こんな厄介な化け物を考えつくなんて……)
炎の中心から青い光線が散弾銃のように放たれる。
前のように、放つ前に青く光る、という事がない。
炎の被り物が攻撃の前触れを隠している。
「綾女さんっ」
脇にいた成吾が鬼の斧で光線を跳ね返す。
目線で礼を言い、綾女は自分のたった一つの武器に集中する。
「柄杓、泰一円陣。円陣七位!」
細い渦が七つに分かれて炎を消す。
それでも間に合わない。
王魅は砕けても砕けても、姉が持っている本体の方へ帰っていくのだ。
(無理にでも、王手を仕掛けないと終わらない……っ)
「先行くぞっ」
唄子を抱いた英利が炎の動きを読みながら突進する。
彼には彼の考えがあると分かっていても、綾女の頬には冷や汗が滲んだ。
大切な友人が、あまりにも無防備だった。
「竹村!」
成吾も同じ気持ちなのだろう、綾女の腕を掴んで飛ぶように走り出す。
彼の鬼の斧が傘のように広がって炎と光線から身を守る。
無限自在に形を変化させる鬼の斧の姿に、綾女は族長として驚嘆した。
(鬼の斧が、このように動くなんて……)
斧というより生き物のようだった。
成吾と合体することで得た力なのだろうか。
眠っていた頃の鬼の斧は、ただ斧として機能していた。
見返りを求めず、巨大な力を発揮していた。
(元々、鬼の斧はこういう使い方をする筒器だったとしたら……)
今までの主が死んだのは、使い方を誤っていたのか。
それとも、鬼の斧自身が新たな方法を見いだしたのか。
綾女の思案は短かった。
確信が、一つの答えを後押ししていた。
(成吾さんが、鬼の斧を変えたんですわ)
成吾はは死にたくない人だから、誰も殺したくない人だから。
そんな彼を主に迎えた鬼の斧が、変化に対応していったのだ。
(史上最強だった鬼の斧が……もっと強くなるなんて……)




