第3章 立チ上ガル少女と戦サノ女神4
葉の舟が導いた場所は、炎の最前線だった。
朝靄のように森林を包み込む大量の煙。
その後ろに立ち上がる炎の柱。
炎は次から次と幹や蔦をからめ取り、天へと昇っていく。
「お前達は撤退しろ!」
遠くから英利の声が聞こえてくる。
竹村の者達が消火活動にあたっているらしい。
「筒獣がいる。隊長クラスは皆を引き連れてここから去れ!」
「英利様はっ?」
「俺は族長の護衛役だ。ここから離れられるか!」
綾女は成吾の手を取って、英利の声がする方へ向かった。
竹村と紀田は一心同体だ。
紀田は筒獣と戦い、竹村が紀田を護る。
それは竹村一族を筒獣から護ることにも繋がる。
防御力が高いとはいえ竹村もまた、紀田の家系の者……筒獣に狙われる存在だからだ。
「カノエっ」
赤いオオカミが綾女の気配を察して駆け寄ってきた。
そこに白い狼のシンの姿はない。
すぐに綾女は状況の厳しさを悟った。
「……シンが筒獣についていってしまったのですわ」
「感化されたの?」
成吾の問いに綾女は頷く。
「シンは、働かせ方を間違えればとても危険な子なのです。感応能力の高さゆえに、心が筒獣と同化してしまいます」
――シンは、産まれてはならない存在だ。
綾女は過去の大人達の言葉を思い出す。
――シンだけ残して殺してしまえばいい。
大人達を止めたのは英利だった。
高い感応能力には使いようがある、と頑固に言い続け、結果シンを自分直属のオオカミにした。
この防御戦をシンが邪魔したら英利が罪を問われるだろう。
紀田にも竹村にも、「子供だから」という考えがない。
(英利まで罰を受けるとなると、護孔内部が手薄になりますわ)
未来を案じる自分に気付き、綾女は軽く口端を上げる。
自分を駄目にする家族なら捨てていい、と唄子が言っていた。
今の姉は、自分も紀田も駄目にしてしまう。
紀田という『家族』の中から姉を追い出さねばならない。
(救えぬなら……心を鬼にしよう)
一族のために、そして戦いに巻き込んでしまった成吾のために。
乾いた緑を踏みしめる音がした。
視界を隠そうとする煙の中、近づく人影が見えてくる。
「やっと来たか」
英利の声だった。
「お嬢、この炎は完全に心界の力だ。普通の水では消えないが、護孔の水では消える。お嬢は護孔に命令しろっ」
どちらが上なのか分からぬ口調で英利が言う。
「護孔、天磐山に雨を!」
綾女が天空に手を伸ばして叫んだ。
すると地上から天空に向かって無数の水滴が飛んできた。
――逆さ雨だ。
水滴が木々の根っこの隙間から、水の中の水泡のように昇っていく。
「シンが炎の中へ走っていった。その方角に筒獣の本体がいると思う」
水蒸気と煙で噎せ返る空気の中、浴衣姿で現れた英利が言う。
しかし、綾女も成吾も彼の言葉など聞いていられなかった。
「――なんで、唄子がここに」
成吾が、英利にお姫様だっこされた少女の姿を見て唖然としていた。
「きちゃった♪」
「おんぶしようとしたら、尻を触るだとか騒ぐから、こういう形になった」
ハイキングにでも来たかのように唄子と英利が言う。
成吾も綾女も言葉がなかった。
「………………逃げ遅れましたの?」
「学校にいたから連れてきた」
無表情で唄子を地に下ろして英利が答える。
「危険だろっ」
怒りで顔を赤くした成吾が、英利の胸ぐらを掴む。
「その前に、回復おめでとう、だろ。友達くん」
「唄子は狙われているんだぞ、女の子なんだぞ、傷でもついたらどうするんだよっ」
怒りに反応したのか、成吾の右腕が一瞬で鬼の斧の形に変わる。
英利がそれを見て、わざとらしい溜息をついた。
「唄子くんが傷物になったら責任をとるから安心しろ。全身が爛れていても俺は構わない」
真顔で言い切ってから、成吾の腕を振り落とす。
唄子は「爛れて」の言葉に顔を思いっきり歪めた。
味方内に敵を作る飼い主にカノエが頭突きを繰り返している。
「カノエが、馬鹿話は良いからシンをなんとかしろ。この腐れ。……と言っているようですわね」
綾女は言って、頬に張り付く濡れた髪を両手で背に追いやる。
「ハッ、お嬢、立ち直ってるのか。そりゃ有り難くて涙が出るな」
英利が横目で綾女を見た。
「わたくしが落ち込んでいる方が良かったのかしら?」
軽口を返しつつ、綾女は懐かしいと感じた。
姉が出て行ってから三ヶ月、咲人が裏切ってからは一ヶ月も経っていない。
それ以前の自分が遠く遠く感じてしまうほど、時は流れていないのに……。
「お嬢が落ち込んでいると、戦力が減退するから困る。だから助かったよ」
幼なじみは現実的な考えを返してよこした。
「なぁ、唄子を護孔の中へ入れられないかな?」
成吾が護孔から出てきた方角を見て口を開く。
「それは……」
できます、と言いかけて綾女はやめた。
英利が連れてきたからには理由があるはずだ。
それを成吾に説明しても、成吾は首を縦に振らないだろう。
(成吾さんにとって、唄子はわたくしよりも大切ですもの)
ふと、そんな風に、そんな風に……考えてしまった。
綾女は胸を押さえて成吾から顔を背けた。
「無理かぁ」
綾女の態度を見て成吾が勘違いする。
事実を知っている英利も否定しない。
「言っておくけど。わたし、コレと一緒にいるから」
唄子が、背後にいる英利を親指でグッと指さした。
「わたしなりに、ちょっくら知りたいことがあるのよ。コレが協力してくれるんだって」
「コレって……唄子。竹村が嫌いでも名前で呼んでやれば?」
「あーセイ、いいのよ、コレは。ふざけたことばっかり言いやがって、腹が立ってくるから、コレはコレ。利用するらしいから、わたしも利用するの。うんとこき使ってやる、クソコレが」
「唄子くん、内容が大きく変わったように感じるのは気のせいだろうか」
「いーい、2人とも。コレ、わたし専用だから。セイもアヤもわたしの無事なんか気にしなくて良いからさ~」
唄子が日常会話のように断言した。
唄子専用コレは、やや不機嫌な表情を見せたが追求はしてこない。
仲良くないはずなのに、嫌っているはずだったのに、どこかで協定のようなものを結んできたらしい。




